1話
カッポカポカポ
カッポカッポカッポ
バフォちゃんの足音が響く。
見たことのない景色の中を、女勇者とバフォちゃんと並んで共に歩いている。
俺の中では、信じられない光景だ。
だが、女勇者はそんなことよりも、周りの景色にはしゃいでいる。
「なぁ、魔王!何食おうか!見たことないものがたくさんで、どこから手をつけるか迷うなぁ!
魔王は気になったものはあるか?あるなら言ってくれ!ここは私が奢ろうじゃないか!」
順応性の高いやつだ。まぁ浮かれるのも多少は理解できる。
前の世界と同じであるなら辺りはほぼ真っ暗なので、おそらくは夜だと思われるのに、街は明るく活気がある。
店がかなりの数並んでいるが、先程いたところとは違い高い建物がない。
少し脆そうな低い建物が並び、一軒一軒店主?が何かを作り、売っている。
いい匂いがする。確実に食べ物だ。
元いた世界でも似たような光景は何度か見ている。祭りというものだろう。
「魔王魔王!こっちきてみろ!この焼きそばという食べ物はとてもうまいぞ!ほら!バフォちゃんも!」
「魔王!これ美味しいです!すごい!美味しいです!こんなの食べたことないですよ!」
バフォちゃんもすっかり場に馴染み、もうすでに何かを食べている。
焼きそば…と言ったか?この香ばしい匂い。食欲をそそる。
ん?焼きそば?
「勇者お前、言葉がわかるのか?」
俺にはさっきから街の人間が何を話しているのかわからなかった。もちろん、文字も読めない。
だから何という食べ物なのかもわかっていなかったのに、勇者は今料理の名前を言ったのだ。
悩む俺の前で、モフハフごきゅんと、女勇者が喉を鳴らす。
恍惚とした顔で、次の一口を食べたそうにしながらこちらを見た。
「私の肩書きは勇者だ。勇者はどんなに国を跨ごうと、道具屋へ行き、宿屋へ泊まる。
そこで言語の壁があっては、先へ進むのに何年もかかってしまうだろう?だから私の特殊能力として、言語の壁を壊せるというものがあるのさ。こうやって魔王と言葉がかわせるのも、その能力のおかげなんだ!どうだ、素晴らしいだろう!というわけで、もう食っていいか!いやもう食う!すまん!」
そう言い終わると、勢いよく焼きそばなるものを食べすすめた。
ぐぅううううう
合わせるように勢いよく俺の腹がなる。
正直、俺も限界だ。腹が減った。ヤキソバクイタイ。オレ、ヤキソバ、クウ。
「勇者、それ、俺にもくれ。」
「当然だ!よし待っていろ!熱々をオヤジさんに頼もうじゃないか!」
何やら女勇者と、店の店主のやりとりが始まった。
ぐるるるるるぅぅっと俺の腹がなる。ほんと、限界なんで、早くしてくれ。勇者よ。
横目でちらっとバフォちゃんを見る。
旨そうに食うなぁー。思わず凝視してしまう。
「魔王様には悪いですが、これは私のものですよ。」
バフォちゃんの意地悪。くれたっていいじゃない。
その時、香ばしい香りが鼻先をかすめた。
女勇者が俺の焼きそばを持って帰ってきた。ついについに…熱々焼きそばが俺の手に!
「ほら、たんと食え!まだまだあるぞ!お前が魔王なんだと話をしたら目玉焼きというものもつけてくれたぞ!魔王すごいな!」
ありがとう、とりあえずそれを俺にくれとジェスチャーして見せる。
一刻も早く、腹に収めたいのだ。
女勇者から手渡されたそれは、薄い木でできた船の形の皿に盛られていて
テラテラしている。焼きそばと目玉焼きなる食べ物から湯気が上がっていた。焼きそばの上に青ノリと言うものと紅ショウガというものも乗っている。赤、緑、黄色、白、茶色となんとも色鮮やかでずーっと見ていたくなるほどだ。うんうん、これは美しい、確実にウマイ食べ物だ。
「何をしている魔王!冷めるから早く食え!」
わかったと、頷きつつ二本の棒で焼きそばを一口頬張る。
「こっこれは……!」
やはり美味いな!!!!!!俺の見立てに狂いはなかった!!!!
そこからはあっという間だった。
口の中に広がるソースというものの焦げた香ばしい香りが、鼻に抜ける。はふはふっ。
熱い、いやしかしこれは熱いうちに食べる方が美味しいはずだ!
前の世界では考えられない複雑な味に、俺は一瞬で夢中になり、頬張り続ける。
この青ノリの香りは何ともいいアクセントになっているな。青ノリの香りの後から、焼きそばの旨味が押し寄せてくる。シャキシャキとした食感の葉は何だろうか?後で勇者に聞いてみよう。これは肉かな。何の肉かわからんが、脂の甘みが最高にこの料理にマッチしている!元の世界と同じならば、豚肉だと思うのだが、この世界にもあるんだろうか?前の世界では丸のまま焼いていたからな。さらに若干匂いもあった気がするが、この、ソースというのが、全体をまとめるのにひと役買っているのだろう。
そして
「いやーうまかった!なんてうまい料理なんだ!さぞかし、高級な料理なのだろう!勇者よ!すまない!」
「いやいや喜んでもらえて何よりだ!時に、魔王よ。奢る件なんだがな…
……私専用の万国共通コインが使えなかったのだ。このコインはな、同じ世界なら必ずどこでも使えるコインとして女神から頂いているものなのだ。言えば、魔物の道具屋にも使えるぞ。と言うことは、だ。察するにおそらくここは異世界なのだろう…………どうする?魔王。焼きそば食っちゃったな…うまかった、いやーうまかったな」
えぇーーーーーーーー!!!!!ええええええええぇぇぇーーー!
これだけガラリと世界が変わっているのに、気づいてなかったんだ…?と言うかむしろ、気づいた上で買い物してて、さらにオヤジさんと仲良くなったと思ってたんだけど…ってぁぁぁぁぁぁ!オヤジさんからの殺気すっごぉーーーい☆
ハッと我に帰る。
まずいまずい、取り乱した。冷静沈着、冷酷無比が、魔王としてのツトメ…ここはひとつ腹もいっぱいになったことだし。
「この街ごと、滅ぼしとくか。」
「いや、それはさせん。」
ガシッと腕を掴まれる。女勇者はニコニコと優しそうな笑顔だ。
投げかけられる笑顔とは裏腹に、鬱血していく俺の腕。
ばちばちと飛び散る火花。
何だ何だと、群がってくる群衆。
『なんだぁー?派手な親子ゲンカだなぁー?』
『羊!おかーさん!羊がいるよ!』
『あの格好、すごいわね…筋肉も。さすが人に見られる仕事は違うわぁ』
あれ?なんか勘違いしてる?
俺今世界滅ぼそうとしてて、女勇者はそれを止めてるところなんだけど…?
すると、女勇者も集まってくる群衆に気づいたのか、手の力を緩め、コソコソと作戦を振ってきた。
「どうやら、私たちが珍しいようだし、ここは少しだけ魔法を使って芸をしよう。
元の世界ではそれで金をもらったりもしていたんだ。きっとここでも同じことが起こるはずだ。
そうすれば、争わず、金も得られて一石二鳥だろう?もちろん協力するよな?魔王?」
ギチミチっと一度緩めたはずの手を締めてくる。
これは協力しないと、腕が持っていかれるな、多分。腕の回復にもこの世界ではかなり時間がかかりそうだ。…しょうがない。のってやるか。
「焼きそばは美味かった。だから、今回だけだ。」
「ありがとう、魔王。流れは私に任せろ。ちなみに魔王、名前は?」
「………アンゲロス…アンでいい。」
「そうか!改めてよろしくな!アン!私の名はセイレムだ!さぁやるぞー!」
セイレムは持っていた火薬玉を宙に投げると、それをすべて魔法の矢で射抜いた。
炸裂する火薬玉から、もうもうと煙が立ち込め、そこから私とバフォちゃんが再度登場する。
と、同時に火花を散らし、光る魔法陣をいくつか展開した。
その魔法陣からは周囲にいた鳥を召喚し、その鳥に光のベールを引っ張ってもらう。
周りからは、わぁ!という歓声とともに拍手が起こった。
少ない魔力で、最大限の効果を出すなんて、さすが私だ。
最後にバフォちゃんがセイレムの帽子を咥えて、観客の前を通る。
投げ込まれる紙のようなものとコイン。どうやらこの世界での金にあたるものらしい。
ショーが一通り終わると、セイレムが、焼きそばを売っていたオヤジさんに金を払っていた。
一件落着したようだ。
「一時はどうなることかと思ったが、うまくいったな!アンっ!」
「コラー!魔王様を気安く呼ぶな!全くもって馴れ馴れしい!」
「…………バフォちゃん、いいんだ。これは俺が許可した。」
がーんという顔でバフォちゃんがこっちを見ている。
そりゃ驚くよな、俺も実際驚いている。名前を呼ばれること自体、何年ぶりなのか思い出せない。
でも不思議と悪い気はしない。
きっと焼きそばのおかげだな。うまかったもんなぁー。
「まっ魔王様!お顔が!」
「アンは笑うと可愛いな!ずーっと笑っていればいいのに!」
笑うとは何だろうか?わからないが、いいものなのだろう。
そして私はバフォちゃんに飛び乗る。
「セイレム!次の場所に移動するぞ!私は元の世界に帰りたいのだ!
帰る為の方法を探さねば!」
「おう!次の場所でも美味いものが食えるといいな!」
「私も、それには同意見です!魔王様に、美味なるものを!このバフォメットが!」
セイレム。悪くない名前だ。音は美しい。
美しいからな、しばらく飽きるまでは呼んでやろう。
そんなことを考えながら、次の場所へ向かった。