序章
全力で魔法を放ったはずなんだ。
空が割れ、大地が裂け、山は崩れ川が干上がり、マグマが吹き出してくるぐらいには。
そのはずなのに、それらの現象は何一つ起こっていない。
なぜか灰色の高い建物が乱立する場所に立っている。
いや、この場合、『浮いている』が正しいが。
山もなく、川もない。匂いもあまり良くないな。
音は低音がゴォーっと響いている。風鳴りのようだ。
どこだここは。俺の世界でこんな所は見たことがない!
「魔王よ、腹が減っては何とやらだ。
とりあえず休戦して、飯でも食べようじゃないか。」
ハハハと、ついさっきまで私と死闘を繰り広げていた女勇者が笑った。
「お前…本当にそれでいいのか?
俺はお前を殺そうとしているんだぞ。その上こんな所に…」
声を出して気づく。
いつもよりも声が高い。それもかなりの高さだ。
少年時代…いや、それ以上前に聞いていたような気もする。
慌てて自分を確認してをみる。信じられないぐらい、いたるところが『むちぷに』だ。
「勇者よ…」
「どうした、魔王。」
「お前に確認するのも嫌なのだが、背に腹は変えられん。
もしかして俺は今、
………幼児か?」
「私にはそう見えるな。人間で言うところの2、3歳ぐらい?じゃないか?」
ボキリッ
心が折れる音がした。結構太いものが折れた。
今置かれている状況がわからない。
とりあえず元の世界に戻りたい…ドコナノココ、コワイ…。
こんな状況に対応できる、アドリブ力なんて持ち合わせていないよ…。
これから考えなければいけないことが山のようにあることを、何となくお察ししてしまったせいで
魔法を打つために浮遊していた体に5倍の重力がかかっているような気がする。
重い、折れた心にはこの重力、支えられない。
思わず着地して、血迷った言葉を女勇者に投げかけた。
「勇者よ…やっぱり飯…食おうか…」
「おう!それじゃ、飯屋でも探すか!
なぁーに、どこに行こうが食えるものは何かあるさ!
なければ自分で作ればいいしな!
材料すら無かったら、その時は私のとっておきを分けてやるよ!」
ハハハと、女勇者がまた笑った。
さすが勇者、たくましいな。いや、さすがとか思っちゃダメなんだけどさ…。
ズザザッザザッ
そうだ、忘れていた。
大人の時の服のまま移動しようとしていたせいで
大きな布をそのまま引きずって移動しそうになっていた。
危ない危ない、こんなんじゃいつでも背後を取られてしまう。
勇者に殺してくれと言っているようなものだ。
でもなぁー…浮遊きついんだよなぁー。
魔力をちょろちょろ流し続けるって言うのもそうなんだけど、
なんかここ、魔力の質が違うのか、吸収するにも粘土みたいで力使っちゃうんだよなー。はぁ。
「そんなんじゃ、いつまでたっても移動できん。
ほら、どっこいしょっっと」
「うわーこらおい何を!」
ぽふほわぁーん
視界が急に高い位置になったかと思うと
例えようのないあったかくて柔らかくてふかふかなものに包まれた。
俺はこれを知っている。大好物です。ありがとうございます。そうみんな大好き
おっぱいだあああああああああああああああ!
俺、今、多分、おっぱいに浮いているよね!
抱きかかえられてるよね!おっぱいに!乗ってるよね!抱きかかえられてるよねぇええええ?!
「プハッ!何だ!お前にこんなことを頼んだ覚えはないぞ!
敵を抱きかかえるとは、何事だ!下ろせ!」
下ろさないでください!
とは流石に言えないので、全力で虚勢を張ってみた。
おっぱいは勿体無いが、魔王としてのプライドもあるのだ。
女勇者に抱きかかえられて移動するなんて、プライドが許さない。
…本当にもったいないけどね…。
「そうは言ってもなぁ、下ろすとなると移動が面倒だぞ?」
「そこはちゃんと考えがある。いいから下ろせ」
可愛いから別にいいのにと、ぶつくさ言う女勇者を横目に
俺は移動用に魔物を召喚することにした。
一回召喚してしまえば、その後魔力も必要ない。
魔法陣を書き、そこへ魔力を注ぐ。
親指を噛み、血液を魔法陣の中心へ垂らす。
「我と共にある、我と共に壊す者。
黒き四肢、猛き角、異界の門を破り我の名に従え
ーーーーーーーーーー出でよ!バフォメット!」
ゴォオオオオっと音を立てて魔法陣から煙が上がる。
召喚魔法は無事発動したようだ。
魔力の質が違うから不安だったが、何事もなく召喚できそうで何よりだ。
ドンッという爆発音と共に姿を現した生き物がいた。
煙が少しずつ晴れていく。
「メェエエ!(魔王様!ご無事で!)」
「????」
「なるほど!羊に乗って移動するのか!魔王は小さくても頭がいいな!」
何かにとても感心している女勇者はこの際置いておこう。
ヤギ…?羊…?えーっと?バフォメット…なのかな?
え、でもさ、俺一応魔王だからさ、魔法陣とか間違えないし、
仮に間違えていてもバフォちゃんとは結構長い付き合いだから出てきてくれると思うんだよね。
というか多分、この羊?ヤギ?は、中身多分バフォちゃんだよね、きっと。
さっきなんか喋って?いたような気がするし。
「えーっと…?バフォちゃん…?」
「メェ!メェエエエエメェエエ!(はいっ!なぜかこんな姿ですが、バフォメットでございます!」
「バフォちゃん!おおおおああああ!言葉が何となくわかるよ!よかった!ほんとバフォちゃんでよかったよー!待ってろよ!今普通に喋れるようにしてやるからなあああ!ちゃんと召喚できなくてごめんよおおお!」
「おー!さすが魔王、そんなこともできるのか。芸達者だなー!」
引き続き感心している女勇者は、再度置いておこう。
とにかくバフォちゃんに、再度魔法をかけ喋ることができるようにした。
何で召喚に失敗したのか、…考えてみても答えは出ない。まぁ、たぶん魔力の質のせいだ。
まぁいい、無事(?)召喚は出来た。バフォメット(羊)はここにいるのだ。もふもふだ。
だが今は、それよりも何よりもとりあえず今は…
「腹が減ったな…。勇者よ。飯、食いに行くか。」
「おうよ!うまい飯を食って全部それからだ!」
「魔王様!さっ私の背中に!」
こうして、二人と一匹の飯を求めて彷徨う旅は始まっ…たのか?
俺、元の世界に戻りたいんだけなんだけどなー…