偉人になった高校生
初めて書いた作品です。
まだ至らないところが多いですが、ぜひ楽しんでいただけたら、幸いです。
「ん?」
玄関のポストには、新聞以外に、見慣れない封筒が入っていた。
宛名をみると、
『石川 洋 様』
と書かれている。
俺宛だ。その場で中を開けてみると、コンピュータで打たれた無機質な文字でこう綴られていた。
「先日の健康診断の結果でお伝えしたいことがあります。12/5(土)14:00に第一総合病院に起こし下さい。
ご予定がある場合は、事前にお知らせください。
非常に重要な事なので、ご家族と来られるかおひとりで来られるか、よくご考察のうえ、起こし下さい。」
非常に重要な事ならそっちが誰とくるか指定しろや、と思ったが、とりあえず親に余計な面倒をかけたくないので、1人で行くことにした。
12/5は明後日だ。受験生の大切な休日に呼び出すとは、随分まぁ無神経だなと思いながら、俺は家に戻っていった。
ちなみに、今の時代医療の進歩と共に、年齢に関わらずガンなどの病気の発症率が高くなった。だから、中学生と言えども定期的に健康診断を受けるのは当たり前のことなのだ。
いままでも呼び出された友人は何人かいたし、まぁ大丈夫だろう。
2日が過ぎた。
病院に行って、受付に言うと、直接医師のもとまで案内してくれた。なぜかそのとき、看護師さんはやけに気まずそうにしていた。
診察室に入り、用意された椅子に座ると、医師がいきなり口を開いた。まるで何かを決心したかのような口振りだった。
「落ち着いて聞いてください。…あなたは今、ガンに犯されています。抗がん剤治療、放射線治療を駆使して最大限の努力をしても、あなたに残された時間は、あと10年です。」
「え?」
その日、俺は、生まれて初めて、やけに長い余命宣告をされた。
それからのことはよく覚えてない。
家に帰って、親にその事を話し、そのまま寝てしまったのだと、あとから親から聞いた。
落ち着いて考えてみると、『余命宣告』という人生初体験に惑わされていただけで、そんなにショックを受けるほどのものでも無いかもしれない。
この先10年で死ぬのが確定しただけであって、別に明日交通事故で死ぬかもしれない。
特にこれまでの生活と変化はないだろう。ただ、ひとつ不思議に思ったのが、10年という時間の長さだ。確かに、今の時代日本人の平均寿命は90歳を超えた。それほど医療の発達が著しい。
ただ、余命10年なんて聞いたことがない。まぁ、医師にまた相談にでも行くか。
そんなことを考えていたら、夜になっていたので、風呂に入って眠りについた。
月曜日、俺はいつも通り学校に向かった。
親はかなりショックを受けていたようだが、特に入院とかも必要ないと病院から電話がかかってきたようだし、これまで通り接してくれるよう、両親のあいだで決められたらしい。
ただ、それでもやはりそのことはしばらく頭から離れそうにない。
ずっと同じようなことを考えながら歩いていると、だれかから声をかけられた。
いや、正確には声をかけられたような気がした。
「お兄さん、お兄さーん」
「なにか?」
振り向いて返事をすると、声の主はまったく別の人の方を向いていた。
あぁ、やらかした。
完全にやらかした。
人生でやってはいけないことランキング上位に食い込む行動をしてしまった。
もう恥ずかしいから具体的に言わなくてもわかるだろう。
「ん?あ、あなたじゃないですごめんなさい」
しかも最悪の返しをされた。
しかし、その声の主はこう続ける。
「いや、あなたでもいいかもしれませんね。ちょっと今お時間ありますか?」
勘違いの恥ずかしさから逆切れした俺は、
「見ればわかるでしょ。今学校に登校中なんだから時間なんてあるわけない。」
と。
「そうですか。しかし、あなたはなかなかいい力がありそうです。学校が終わるまで待ってるので、終わったらまたここまで来てください。」
そう言って、声の主は去っていった。
俺は、しばらくぽかんとしてから、再び学校へと歩き出した。
その日の授業は適当に流した。最近、頭を悩ませる種が多すぎる気がする。
まったく、もうすぐ高校受験だというのに。
放課後、別につるむ友達もいないので、普通に〝いつもの道〟を通って帰路につく。
別に、変な意味はなく、いつも通り帰るだけだ。うん。
次の角を曲がれば家まで残り半分くらい、という辺りで、例の〝声の主〟に会った。
「あ、やっぱり来てくれたんですね!」
「別に、ただいつも通りの道を通って帰ってきただけですから。」
「まぁなんでもいいです。少しお話を聞いていただけませんか?」
「宗教かなんかの勧誘ですか?」
「違いますよぉ〜。まぁこんなところで立ち話もなんですし、カフェにでも行きましょうか。」
言われるがままついて行った。ハナから断るつもりはなかった。
だって、、、その〝声の主〟はめちゃくちゃ可愛いから。
可愛い子にカフェに行こう、と言われて断る男子は男子ではない。
カフェにつくと、声の主は、ドリンクバーを頼んだので、俺も慌ててドリンクバーを頼む。
「まずは自己紹介をします。私は阿熊 朱音と言います。一応年齢的には学生ですが、色々事情があって学生生活は送っていません。あなたのお名前は?」
「…石川 洋です。」
色々な事情とやらが少し気になったが、ここでそれを聞くのは恐らく地雷だからやめておこうと思った。
「では、洋さんと呼びますね。さっそく本題に入ります。あなたの残りの人生を使って、なにか大きなことを成し遂げませんか?」
「大きなこと?」
「はい。100年後、歴史の教科書に載るようなことです。」
「つまり…偉人にでもなれと?」
「偉人。いい響きですね〜。それにしましょう。あなたの残りの人生を使って、歴史に名を残す偉人になりましょう。」
「それは…不可能ですね。」
「それを可能にするのが私の仕事です♪」
「いや、そういうことではなく…。この際話します。僕は残り10年しか生きることができないんです。10年で偉人なんて、無謀でしょう?」
彼女は、心底驚いていた。
「あの…ど、どうしてあと10年しか生きられないのですか…?」
「ガンです。最先端の治療をしてもあと10年が限界だそうです。」
「…くそ、またアイツらか…」
そう呟いた彼女の顔が一気に曇る。
「…は、はい?」
「いえ、なんでもありません。失礼しました。大丈夫です。でも、10年もあります。私の全身全霊をもって、あなたを偉人にさせてください。」
「そんな事言われても…」
…そうだ、可愛い子からここまで頼まれて、断るのは男じゃないとさっき豪語したばかりだ(心の中でだけどね)。
俺は少し考えてから宣言する。
「…自分に出来るかどうかわかりませんが、僕の全身全霊をもって、あなたの望みを叶えたいと思います。」
その瞬間、曇っていた彼女の顔が、晴れ渡った。
もしかしたら、この時俺は、恐ろしい選択をしてしまったのかもしれない。
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「それで、具体的になにをすればいいんですか?偉人なんてそう簡単にはなれないと思うんですが…」
「そうですね。まずは偉人をどう定義するかですが…とりあえず、〝世界の常識を発見する〟ことを偉人、と定義しましょう。」
「世界の常識?」
「はい。例えば、今は灯りを付けるのには電気を使います。字を書くのに、ペンを使います。そんな、当たり前の日常に溶け込んだものを作り出すのです。」
俺は言葉の意味をよく考えた上で返す。
「無理でしょ。」
「まぁやってみましょう。あなただけでは無理かもしれませんが、私がいるんです。きっとできますよ♪」
俺は、試しに少し聞いてみることにした。
「例えば何を見つけるの?」
彼女は、うーん…と考えてからこう言った。
「そうですねぇ…魔法、なんてどうですか?」
「魔法!?」
「はい♪」
そんな非科学的な単語が出てくるとは思わなかった。
彼女は続ける。
「どの時代も現実離れしたことを、見つけてきた人が偉人として名を残すのです。」
はぁ、と俺は思う。魔法なんてものは人が勝手に考え出したファンタジーの世界の産物だ。真剣に話をしていた俺は馬鹿だったのかもしれない。
そう思った瞬間、彼女の楽しそうだった顔が一変した。
「はぁ…あなたには力があるかと思いましたが」
なぜか彼女は、ひどく失望したように言う。
「…まぁいいです。今日はまだ用件を伝えるだけのつもりでしたので、この辺でお開きにしましょう。もし、私が今伝えた話にやる気を持ったらこちらにご連絡ください。」
そう言って彼女は俺に連絡先の書かれたメモを渡した。
受付で会計を済ませて、彼女は店を出ていった。当たり前ではあるが、その時の彼女の顔には、先程の満面の笑みは無くなっていた。
〝あなたには力があるかと思いましたが…〟
さっき彼女が発したこの言葉の意味はよく分からなかったが、なぜだか俺の胸に深く突き刺さったまま動こうとしなかった。
店を出ると、空は黒く染まっていた。
数日後、俺は彼女にメールを送った。
数日間、考えに考えた文章をそのままケータイに打ち込む。
『久しぶり。
数日間悩んだんだけど、この前の話受けようと思う。
魔法なんて存在しないと思うんだけどね(笑)
それでもやろうと思ったのは、まぁ、単なる好奇心かな。
ぜひ、今度詳しく話を聞かせてくれないかな?』
送信、と。
数分後、返信が返ってきた。
『そうですか。それはありがとうございます。
ですが、残念ですが、あなたは適正者ではありませんでした。
ですので、あの話はなかったことにしてください。
残りの人生、ぜひ自分のために使ってください。』
…え?
その返信を読んだ俺は、固まる。
なんで…
こうなった?
自分の送ったメールを見返してみる。
別に変なことは書いてない。
彼女から送られてきたメールを見返してみる。
〝あなたは適正者ではありませんでした〟
適正者?なんの適正者?
偉人になれるかどうかか?それとも彼女…阿熊朱音との相性の問題?
わからない。
多分、これまでの彼女と俺の会話の中に、手がかりは入っていると思う。
それを探して、この結果の答えを出さない限り、彼女は受け入れてくれない。
そんな気がした。
だから俺は、彼女と直接カフェで話していた時まで思い返す。
「…そう言えば、あのとき『くそ、またあいつらか』みたいなことを言ってた気がする。」
そう呟いた時、母が俺を呼ぶ。
「洋!ご飯できたよ!」
「分かった。すぐ行く。」
とりあえず、考え事はご飯を食べたあと、お風呂ででもゆっくりしよう。
そう思ったが、やはり考えずにはいられなかった。
アイツらって誰のことだ?そもそも…彼女は何者なんだ?どうして学生生活を送ってないんだ?
考えに夢中になりすぎて、箸で掴んでいたミニトマトを床に落とす。
俺はそれを拾おうと、床を見る。ところが、トマトは見当たらない。
父が、
「なにしてんだお前。ミニトマトなら皿の上に落ちたぞ?」
「え?いや、今確かに床に…いや、きのせいだったかもしれない。」
「おいおい、大丈夫か?」
「…うん。」
きっと、疲れたんだな。もう今日は早く寝よう。
風呂に入り、ベッドに潜り込んだ俺は、再び考え出す。
分からないことと不思議なことが多すぎるので、とりあえず彼女が俺を拒絶した理由から考えることにした。
例えば、彼女がなにかの組織に入っていたとする。
そうすると、俺が拒まれたのは彼女の意思ではなく、組織の意思、という可能性が生まれる。
でも、もし違ったら?
別に組織になんて入っていなかったら、俺のなにが彼女を拒ませたんだろう。
組織に入っていたとしても、俺のなにが不十分だったのだろう。
気づいたら…いや、気づかないうちに、俺は眠りについていた。