たなばた
風が強い。
来週は七夕だけど、例年通りに星は見えないらしい。
...とはいえ、星のことなんて分かりもしないけれど。
『七夕はね、離れていた恋人と会う日なんですよ。
だから僕も今年は爽子さんに会いに行きますよ。』
あいつは電話ごしに、変わらないのんびりした調子で言う。
あたしの恋人…諒は上海にいる。
社会人になってから知り合ったけれど、付き合い初めてすぐに上海支部を任された。
あたしも仕事があったし、毎日会うような仲ではなかったから、あまり変わらなかったけれど。
恋愛に淡白な私とは違って、諒は週に一度必ず連絡をくれる。
マメな彼氏だからこそ、こうして四年も続いてるんだろうと思う。
いつもの電話の中で、思いついたように七夕の話をしたのは、付き合って二年目の時。
「…そうだっけ? そんなライトな日なんだ?」
『まぁ間違ってはいないでしょう?
これから毎年、七夕の日だけはお互い仕事の都合をつけて、楽しい夕食を食べませんか?』
だから七夕の日に、諒は必ず日本へ帰ってきてくれる。
内心嬉しいけど、照れくさいから言わない事にしている。
残念ながら七夕はだいたい天気が悪かったりで、あまり星空が見えない。
せっかく諒が来るのに、いつも天気は悪い。
『僕は雨男なのかもしれませんね』
来週の七夕はまた天気が悪いと電話で伝えると、苦笑する諒。
仕事終わり、スマホ越しに話しながらスーパーへ寄っていた。
「でも毎年そうだよね。
たぶん七夕ってさ、梅雨時だし。
恋人が会うにはあまり向いてないかもね」
『そんなことありませんよ』
慰めるように出た私の言葉に、諒は珍しく少し強めに言い返してきた。
その態度に脳内の献立シミュレーションが一瞬停まる。
「そうかな?」
『そうですよ。
星の織姫と彦星だって、下にいる僕達へ見えないように雲のカーテンをひいてるんじゃないですか。
星も月にも見られない夜なんて、大胆になっても恥ずかしくないでしょう?』
考えなしの無邪気な発言。
諒の方が大胆じゃない。
あたしがそう言うと、電話向こうも笑っていた。
「ロマンチスト。
言ってて恥ずかしくない?」
『爽子さんにだけですから、恥ずかしくありませんよ。
...じゃあそろそろ。日本に着く前にまたライン送ります。』
「あ、いつもの店でいい?
あたし、予約しておこうか?」
『…いえ、』
買い物も終わり、スーパーを出る。
マンションまでのいつもの道を、歩いていく。
『ちょっと大胆になりたいので、今年は爽子さん家にお邪魔したいです』
ええ、と声を上げる。
『もちろん料理は僕が作りますよ。
お邪魔するのですから、それくらいさせてください。
一緒に作ってもいいですが、僕、作るの好きなんですよ』
「ん…まぁ、それなら」
よかった、と諒は言う。
たぶん笑ってるんだろう。
意図はよくわからないけれど、いつもと違ってるし、楽しそう。
諒のご飯、何作るのかな。
『それでは、また』
「うん、またね」
通話を切る。
空を見上げると、梅雨時らしく厚い雲が立ちこめていた。
「...大胆、ねぇ」
そして、七夕の日...。
諒が言っていた真意が、明かされる。
「うわ、おいしー。本格中華って感じがする。
これ、豆板醤とかの香辛料が本場で美味しいのかな?」
諒が振る舞ってくれたのは、中華料理。
麻婆豆腐が美味しい。
一緒にスーパーで買ったはずなのに、味が違う気がするのはなんでだろう。
「香辛料も日本のものですよ。
味付けの仕方が違うだけで、残念ながら本場の物は何も入ってません。
でも、爽子さんに喜んでいただけて嬉しいです」
最後に出された杏仁豆腐に舌鼓を打っていたら、爽子さん、と改められた。
なに?と首を傾げてみせる。
「...僕、もう次の七夕まで待てなくなってしまいまして」
顔を赤くしながら彼が持ってきたのは、手のひらに収まるほどの小さな箱に入った
....婚約指輪だった。
「...えっ」
思わず言葉が止まる。
諒はそんな私を見て、少し笑っている。
「本当は素敵なお店を予約すべきなのでしょうが...
でも、それはこれからたくさん一緒に行きましょう。
それに爽子さん、そういう形式ばったの好きじゃないでしょう?
ここなら、少し大胆になっても恥ずかしくないですから」
言いながら、床に膝をついて私を見上げる。
「大胆って..」
「爽子さん」
いつもの優しい諒の目が、心臓を掴むように
熱い。
「僕と結婚して下さい」
七夕の夜に、まるで彦星みたいなプロポーズをされました。
書いてるこっちが恥ずかしい。。