9話
剣と拳がぶつかり合いそうになる寸前、
奴隷の男は目の前で対峙している無駄に強い覇気を醸し出している男と目が会う度に何でこうなってしまったのかと酷く後悔していた。
...どうしよう、すごく逃げたいんですけど。
もし自分一人だけがこの場にいる状況であれば土下座でもして相手の戦意を失わせた瞬間にダッシュで逃げる、きっとそんな事をしていたのだろうが今回はそうは行かない。
男は自分の背後にいる護るべき少女の顔を目にする。
…うわぁ、めちゃくちゃ信頼してますよって顔してるじゃ無いですかぁ〜お嬢様。
くそうっ、何でこんな事になってんだよぉ〜
全ては自分が蒔いた種である、だというのにそんな事を思ってしまうのはきっと重度の引きこもりであった為なのかも知れないと思いながらこの逃げる事が出来無い状況まで来てしまった経緯を思い出し始めた。
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『お嬢様…逃げて下さ い』
『奴隷さんっ‼︎』
うん、これはダメだ生半端な覚悟じゃ殺されるわ…
ていうか、もう死にかけてんだけどね?
そんな事を思いながら自分の意識が途切れて行くのを感じていたらお嬢さまが治癒魔法をかけているのに気が付いた。
『【活性】【活性】【活性】!』
ちょっ、早く逃げて!
そんな思いは少女に届かず治癒魔法を掛け続けている
『【活性】...【活 せい】【かっ....
疲れてるじゃないですかぁ、ほら俺の事は置いて早く逃げてー
しかし彼もその旨を伝えたいのは山々なのだが傷が深いからか声が出なかった。
これも全て少女に傷はおろか他人の血で汚す事さえさせない、などとありもしない騎士道精神に狩られたからである。
前の俺の馬鹿やろぉぉっ!!
心の叫びは彼女に通じる訳がなく彼は唯、念じ続けていた。
"逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ"
彼の思いが通じたのか彼女は遂に自分から離れる事になった。
奴隷商が彼女の前に現れたのだ。
『お嬢さま..
おっ?彼氏さん登場じゃないですか、早くこんな汚い男はほっといて連れて逃げたってくださ...い
って、誰が汚い男や‼︎
奴隷商の無視できない言葉に少しイラっと来るが身体が動かないので黙って話を聞いていると、どうやらこの二人が付き合っていない事が分かった。
…というか少女が逃げ出した理由では無いか、と男は気がついた。
これ、狙えるんじゃね?
などと考えていると手枷を嵌められた少女が遂に逃げ出した。
お嬢さまそれでいいのです、私を置いてにげ..て
何故か今まで気を失う事は無かったが少女が逃げた事で遂に意識を手放す.....
事は無かった。
あれ?気を失えない...どころか身体動く様になったんですけど
身体が動く様になった為か少し心に余裕が出来たので自分の置かれている状況を整理していると一筋の不安が走った。
この状態で彼女一人で行かせてよかったのか....
うん、駄目だわ。
直ぐに彼女の元に行かなければと、起き上がろうとした時に彼は気づいでしまう。
自分の周りにまだ奴隷商や男の軍勢が立ち止まり何かを話している。
未だ自分が生きている事を連中は気づいていないが彼女の元へ行こうとすれば、バレる事は確実であった。
つまり生きている事がバレれば集団リンチにあってしまうでは無いか。
こちらは手負いで相手は無傷しかも多勢と来た勝てる訳がない。
ここで行かなければ男では無い、だが自分は元引き篭もり。
そんな事が出来ると言うのであれば我が家という外骨格で社会の荒波に避ける様な男である筈が無かった。
俺は、彼女の元に行かないと駄目なのか……………
彼は自分の取るべき選択肢について必死に悩む。
それは彼の薄い人生の中で最大級に値する選択であった。
頭が痛い...こんなのは最後にやったギャルゲーの最終選択肢ぐらい分かんないわ
超難関ギャルゲーの最終選択肢と彼女を助けに行く
か行かないか、この二者が同等などと思う程度に薄っぺらい人生観しか無い男は悩む。
そして彼は選択する。
…取り敢えず皆移動してないし彼女は無事だろうから状況に変化が出るまで寝とくか
第三者から見ればかっこいい決心までしてするのがそれか、と白い目で見られるであろうがそれが功を成した。
少女が調教された男に連れ戻されて来たのだ。
あ、戻って来た...動かないといけないけど……もうちょっと様子見とこう
彼は引き篭もり時ギャルゲーをやっていた人間、その為分かっていたのだ。
もうちょっと、後で出た方が彼女の好感度に響きそうだしな、うん。
そんなクソな理由で二人の話を盗み聞きしていると
奴隷商は彼女を絶望させる様に仕向け彼女はそれに嵌ってしまっていた。
男の言葉は確かに真実だった、だからこそ彼女の綺麗な心には猛毒でしかなく致命傷になり掛けていた。
このままではいけない、彼女が壊れてしまう
流石に彼の良心が痛み出したので動こうとしたのだが問題が現れた。
…どうやって、このクソ重い会話に入ればええんやろう
この男、結局は引き篭もりで余り他人と接してないのだギャルゲーでは選択肢が出て選ぶ事が出来るがこの場はリアル、選択肢などある訳がない。
よく言えば選択肢が無限大、わるく言えば未来が無限大すぎて無理ゲー。
この状態でベストアンサーを選ぶ事なんて引き篭もりに出来る訳がなく彼はギャルゲーのセリフまんま言えばいいかと結論告げた。
総選択肢三万パターンの倍速、スキップ、クイックセーブ、不可能の無理ゲーを全クリ寸前まで行った俺を舐めるなよ今使えそうなそれっぽいキザなセリフは殆ど覚えてるぜっ!!
この時の彼は間違い無く今まで 一番輝いていて、興奮していた。
だからこそ訳が分から無くなり、やってしまったのだ
「お嬢様...そんな事する必要は無いですよ」
「俺はこの身で貴女を護ると絶対の盾となり、この自慢の剣で貴女の障害となる全てを切り裂いて見せましょう』
まるで騎士と女王がたった二人で多勢の軍と渡り合うそんな妄想を抱きドヤ顔で唱えた。
きっと、思い出せば悶えてしまうのだろうが今はそんな事関係が無かった。
しかしそんなハイテンションも奴隷商の一声で終わりを迎える。
『逃すと思うか……やっちまえ‼︎』
この言葉で彼は闘う事になった奴隷商の群勢に囲まれて今更冷静を取り戻したのだが今度は反対に自分が闇堕ちしそうになる。
…グスッ、何してんだろぉ..俺、あんな恥ずかしいセリフ言ってみたのはいいけど、この数じゃ逃げる事もできないよぅ
って言うかなんだよ!この自慢の剣で貴女の障害となる全てを切り裂くって…このボロ短刀で出来るんなら苦労しないわっ!!
彼の心情など気にせず敵は襲い掛かかる寸前の絶対絶命の中奇跡が起きた。
彼の自分への怒りと恥ずかしさ、情け無さこの三つの感情が入り混じった瞳には
自分への怒りによる現れた
【熱量】
恥ずかしさにより敵と目が合わせられなくなり何処見ているか分からない事により
【焦点が合わなくなった】
情け無さから目から汗が光と反射した事による
【一筋の光】
この三つの現象が同時に起こした不気味か瞳に彼らは圧倒されてしまった。
…もう一度言おう圧倒されてしまったのだ。
こうして闘う事は無く沢山いた群勢を退けた彼に少女が絶対的信頼をかけられ、反対に何かを勘違いしたのか一人残った男に目を付けられてしまうと言うこの状況に陥ってしまったのだった。
こうして今この場に彼の事を理解した人間は居らず全員が勘違いしたまま戦闘が始まっていく事になる。
彼自身、この結末がまさかあんな事になるとは思いもよらないまま…