記憶の欠片
「おねぇちゃん…」
辺りは真夜中みたいに真っ暗だった。
「おねぇちゃん!」
静寂が痛いくらいに耳を貫く。
「どこにいるの、おねぇちゃん!」
まだ5歳の、幼い私は 暗いところが怖かった。
「うぅ。」
ただ、泣いていることしかできず しゃがんでいた。
「おねぇちゃん」
ママは毎日、暴力を振るってくる。
パパは、もういない。
おねぇちゃんだけが、味方だった。
「おねぇちゃん…」
暗い、闇夜が広がっている。
「どうしました?お嬢さん」
真上から、声が聞こえる。
おねぇちゃんの声じゃない。
男の、少し低い声だ。
「誰?」
上を見ても、真っ暗だった。
「さぁ? それでどうされました?」
声だけが、聞こえる。
「あのね。1人なの。真っ暗なの。 おねぇちゃんは、どこ?」
私は縋るように、その人に聞いた。
「真っ暗? なるほど 迷子なのですね。いつから、真っ暗になったのですか?」
いつから?
いつだろう。
いつだったろうか。
さっきまでは、明るかった。
そう、そうだ。ぬいぐるみで遊んでいた。
そしたら、ママに取られたのだ。
それで、おねぇちゃんが来て…それで……
その後、暗くなったのだ。
「ぬいぐるみをママが取ったの。それで、おねぇちゃんが来てね、それでね。暗くなったの。」
その人は、うーんと唸ってから言った。
「あなたは、記憶が欠けているのかもしれません。近くで微かに光っているものが見えませんか?」
光っているもの。
目を凝らして、よく見てみる。
確かにほんのり、光が見える。
「見えるよ」
「その光を集めるのです。記憶の欠片が集まれば、あなたを戻しましょう。
ここに危ないものはございませんので、大丈夫ですよ」
「わかった」
宝探しは、好きだ。
「何かありましたら、お声かけください。」
「うん!」
もう、怖さはあまりなくなっていた。
私は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
微かに光っているものに、近づいていくと眩しさで目が痛い。
それでも、手で掴んでみた。
パッと辺りが白くなり、目を瞑った。
今日もぬいぐるみで遊んでいた。
ずっと前にパパが買ってくれたものだ。
パパは、どこへ行ったのだろう。
あれから帰って来ていない。
おねぇちゃんの部屋にいるのは、ママが怖いからだ。
おねぇちゃんはぶかつ?というものをしているそうで、帰りは遅い。
それでも、おねぇちゃんは私を守ってくれる。
お腹が空いて、背中にくっつきそうだ。
でも、おねぇちゃんが帰ってくるまで リビングにはいけない。
トントンとこっちに向かってくる足音がする。
誰だろう?
何か、見えた気がする。
いや、これは間違いなく私の記憶だ。
さっきまでの私の記憶だ。
まだ、あと2つ光っているものがある。
私はまた歩き出し、2つ目に触れた。
トントンとこっちに向かってきた人は、
ママだった。
ママは、包丁を持っていた。
私は怖くなり、机の下に潜る。
助けて、助けておねぇちゃん。
涙が出てくるのを必死に堪えていた。
包丁を持ってくるのは、これで2度目だった。
ママは怒っている。
ママ「…………………」
ママが何かを言っている。
怖い怖い怖い。
ママが私を机から引きずり出し、包丁を刺そうとしてくる。
私が避けると、包丁は目に当たり 赤く、そして真っ暗になった。
「はぁ、はぁ」
そうだ。私は…
涙が溢れ出てくる。思い出したくない。
あんな怖いこと、もう嫌だ。
私はさっきの人のところまで行く。
でも、真っ暗でどこにいるのかわからない。
「どこにいるの?」
手を前に突き出しながら、歩いて行く。
「おや、どうされました?」
手は何かにぶつかる。たぶん、さっきの人だ。
「あのね。もう、思い出したくないの」
私は涙目で、そう言った。
「なるほど。怖くなりましたか。それでも、受け入れるためにも記憶は必要なのです。
記憶は、思い出さない限り 死んでしまいます」
「うぅ。ひっく」
もう、涙が溢れ出ていた。
「おねぇさんに会いたいならば、集めなきゃいけませんよ。あと1つです。」
そうだ。おねぇちゃんに会わなきゃ。
おねぇちゃんに会いたい。
私はコクリと頷きながら、最後の1つの光っているものの所まで辿り着いた。
少し、躊躇いながらそっと触れる。
パッと白くなり、そして暗くなる。
「やめて!義母さん!」
声しか、聞こえない。
「何よ。私1人で2人も育てられるわけないでしょう!!」
「だからって。絶対に許さない。」
「だから、何よ?」
ガサゴソという音が聞こえた。
「な、何するつもり?」
その後すぐに、ドンとぶつかった音がしてドタンという音が聞こえ、そしてママの腕が足に触れた。
「死ね!」
グサッと音がして、グチャという音が響く。
おねぇちゃんがママを刺している。
何かでママを殺している。
「はぁ、はぁ」
という息遣いが聞こえ、おねぇちゃんは私の頭を優しく撫でた。
「ごめんね。ごめんね。もう大丈夫だからね。」
おねぇちゃんは、泣いていた。
「うぅ。ひっく。 おねぇちゃん…」
「戻しましょう。 覚えていれば、記憶も人も死にません。」
さっきの人は、私の頭を優しく撫でた。
暗く、そして白く そしてまた暗くなる。
「受け入れるためにも記憶は必要なのです。
記憶は、思い出さない限り 死んでしまいます」
受け入れろと言うのか。
こんな、幼い私に。
あんなにも、恐ろしい過去を。記憶を。
私は、ずっと覚えているだろう。
目が見えずとも。
暗い闇夜も白い白昼も全て覚えているだろう。
鬱ホラー?