第21話
マリー・マカロニは、バオの宿屋の受付を担当している。
赤いレンガの小路の中に、マリーの家はある。
1人暮らし歴6年。就職してから1人暮らしを始めた。
つまり、バオの宿屋に勤め始めて6年になる。
通勤は徒歩。
距離も近いし、まず街中にモンスターは現れない。
安心安全の通勤ルートだ。
朝5時半。マリーはバオの宿屋に出勤してきた。
事務室に裏口から入ると、夜勤のボッセ・バオが居た。
バオという名前の通り、この宿のオーナーの一人息子だ。
この宿の従業員は女性が多いが、ボッセだけが男性であった。
「おはようございます、マリーさん。」
「おはようございます、ボッセ・バオ様。」
「その、様をつけるのは、止めて頂けませんかねぇ?
いつも言ってるじゃ、ありませんか。僕は、お客じゃないんですから。」
ボッセは苦笑いしている。
「しかし、オーナー様から馴れ馴れしくしてはならないと言われております。
・・・・・・宿泊者様は、変わらず17名ですね。」
マリーは、宿泊者名簿を取り出した。
「もう1人増えれば給料が増えるんですけどねぇ。」
「日当96シルバー。有り難いお仕事です。」
ニコリともしないマリー。
淡々と事務作業をしている。
「ま、冒険者を支援するための補助金がありますからねぇ。」
バオの宿屋は、冒険者専用の宿として申告しているため
冒険税を支払った人のみが宿泊出来る。
宿泊の手続きをする際には、必ず支払証明書を確認する。
冒険者用の宿泊施設には、毎月補助金が出る。
この宿の場合は18部屋あるので
1部屋につき3ゴールドで月54ゴールドだ。
1日あたり180シルバー(1.8ゴールド)分の補助金。
「(補助金の全てがオーナーのポケットに入るんだけど)」
「では、マリーさん、頑張って下さい。」
ボッセが、事務室から出ていった。
6時。食堂を開ける時間だ。
事務室を出て食堂の戸をガラガラと開ける。
誰も居ないロビーでマリーは、ふぅ、とため息をついた。
そして事務室から宿泊者名簿を持ってきて、受付の中に入った。
トン、トン、トン。宿泊者が降りてきた。
205号室の客、タス・チャンである。
「宿泊の更新をしたいのだが。」
「おはようございます。35シルバーを頂戴致します。」
「拙者が無くした鍵。どうなったのか気になっている。」
前にタスは、商人広場で部屋の鍵を失くした。
その事を言っているのだ。
「商人広場に問い合わせたところ、見つかりましたので心配は要りません。
今度は失くさないよう、お気をつけ下さいませ。」
「そうか、迷惑をかけた。かたじけない。」
タスが食堂に向かって歩いて行った。
ぽつり、ぽつりと宿泊者がやって来ては、明日の宿泊の予約をしていく。
「明日、食事無しにできる?」
406号室のリンコ・バーバラが尋ねる。
「はい、可能です。」
「・・・・・・。」
405号室のヨル・ヒックが無言でシルバーを置く。
「宿泊の更新でございますね。」
「明日の宿泊の代金を払いに来ました。」
306号室のアラン・ケタブリルが来た。
「食事つきプランで、よろしいですか?」
「はい。」
7時になったので、1度事務室に入る。
館内放送をするために。
「皆様、おはようございます。
朝食のお時間になりました。食堂へお集まりください。」
スピーカーのスイッチを切るマリー。
このスピーカーは、良く出来ている。
マリーには仕組みがわからないが雷の魔力を利用しているらしい。
ふと、紛失物保管箱に目が行った。
落とし主が申告しない限り、増え続けていくので
適当なところで処分しなくてはいけない落とし物。
それなりに溜まっている。後で整理しよう。
自分の食事を配膳室に取りに行く。
マリーは、いつも宿泊者と同じメニューを食べている。
3食バランス良く食べられるのが、うれしい。
今日の調理担当のロクサーヌ・ボイセンから
トースト、ベーコンエッグ、大根サラダ、ポタージュ、イチゴ、
それらが乗ったオボンを受け取る。
「ロクサーヌ、ありがとう。」
「今日はカボチャのポタージュよ。」
マリーは事務室に持っていって、食事をする。
もぐもぐもぐ・・・。
チリーン。
呼び出しのベルの音がした。
今、食べてるのに。そう思いながら受付に向かう。
「明日の事なんだけど。」
206号室の、ロッキー・エフモンドだ。
いつみても、すごい髪型だと思う。
どうやってセットしているのだろう。
「はい、どうされましたか?」
「食事つきに変えようと思って。」
「なるほど。35シルバー頂戴します。」
食事つきの人数が増えれば、給料は増える。だから有り難い。
事務室に戻って食事の続きをする。
チリーン。
また、呼び出しのベルの音がした。
まだ食べてるのに。とりあえず受付に向かう。
「これ、拾ったの。」
201号室のムーエ・カリナが、そう言って1冊の本をマリーに渡した。
「どちらで拾われましたか?」
「浴場の入り口。」
「届けて頂き、ありがとうございます。」
ムーエが渡したのは『獣族と竜族と魔族と人間』というタイトルの本だった。
事務室に持っていき、紛失物リストに書いていく。
「備考欄・・・取得場所は浴場の入口。」
一通り書いてから、食べかけの食事を食べ始める。
すっかりポタージュが冷めてしまった。
一体、誰の落とした物なのだろうか?
名前が何処かに書いてある場合もある。食べ終えたら調べてみよう。
チリーン。
またまた、呼び出しのベルの音がした。
もうすぐ食べ終わるのに。少しイラッとしながら受付に向かった。
9時になると、ローラ・パピヨンが出勤してくる。
「おはようございます。ローラさん。」
「おはよう、マリー。」
ローラは、マリーが休みの日には受付業務をする。
しかし、基本的には掃除を担当している。
雑用に追われているうちに
あっという間に12時になってしまった。
昼食も食堂のメニュー。
バターロール、魚肉ソーセージ、オニオンスープ、ポテトサラダ、メロン。
食事を事務室に運んだところで『獣族と竜族と魔族と人間』が目に入った。
ああ、調べようと思っていたのに。忘れていた。
マリーは本を手に取った。
表紙に名前は書いていなかった。
中を開いてみる。
『竜族には、角と翼が生えるように。魔族には耳に特徴が出るように。
獣族にも特徴がある。獣族は必ず尻尾が生えている。』
『獣族と魔族は、明確に違うという事を書き記しておこうと思う。
第一に。魔族と違って獣族は人間を食べない。』
魔族って人間食べたっけ?
『第二に。魔族より獣族の方が賢い。
いや、竜族や人間と比べても獣族が1番である。』
『なんといっても、獣族のモフモフ感は素晴らしい。
パーンやハーピィなどの毛の生え方は邪道である。』
そんな内容が延々続いている本だった。
なんだこの本。
と、マリーは思いながら紛失物保管箱に戻した。
食べながらマリーは、考えていた。
誰が落とした本なのだろうか?
随分と獣族を賞賛した本で、その獣族について書かれた部分に線が引いてある。
獣族と関係ある人物なのだろうか?
考えたところで、持ち主が名乗らない事には、何もわからない。
マリーは考えるのを止め、食事を味わうのに集中する事にした。
ローラが事務室に入ってきた。
浮かない顔をしている。
「どうしたのですか?ローラさん。」
マリーは尋ねた。
「305号室と306号室の洗面所が、オレンジ色になっていて
落とすのが大変だったの。」
ローラの手にスポンジがあるが、確かに蛍光オレンジ色になっている。
「えーと、ケイト・ポリフェン様と、アラン・ケタブリル様ですね?」
アラン・ケタブリルには、前にも青く染めてしまった事があり注意したのだが。
また注意するのも、気が引ける。どうしようか。
「私から伝えておきましょうか?」
マリーは言った。
「それは、マリーに任せるわ。
ただ、記録は、つけておいたほうが良いのかも。」
「わかりました。」
宿泊者名簿を掴んで引き寄せるマリー。情報欄に記入していく。
13時。食堂を閉める時間。
マリーが食堂の中を覗くと、まだ食べている者がいた。
「ヨル・ヒック様。申し訳ありませんが続きはお部屋でお召し上がり下さい。」
「・・・・・・。わかった。」
ヨルがオボンを持って部屋に行く。
ガラガラガラ・・・と食堂の戸を閉めるマリー。
この時間は冒険者が居ないので、休憩出来る。
事務室の片隅に置いてあるコーヒーポットから
コーヒーを自分用のピンクのマグカップに注いだ。
ふぅ、と一息ついた瞬間だった。
チリーン。
またまたまた、呼び出しのベルの音がした。
今度は何なのと思いながら、受付に向かう。
呼び出したのは、さっき会ったばかりの、ヨル・ヒックであった。
「・・・・・・。」
「どうされましたか?」
「・・・・・・。なくし物、探してる。」
「どのような物ですか?」
「・・・・・・。本。」
マリーはピーンと来た。
きっと今朝、届けられた本に違いないと。
「タイトルは、わかりますか?」
「・・・・・・。ケモノとリュウとマモノとヒト。」
『獣族と竜族と魔族と人間』という本だが、まぁヨルの物で間違いないだろう。
「今、お持ちしますね。少々お待ち下さい。」
事務室の保管箱から本を取り、ヨルに渡した。
「・・・・・・。本読んだ?」
「お名前が書いてあるかもしれないので、拝見させて頂きました。」
「・・・・・・。そう、面白かった?」
「じっくり読んだわけでは無いので。」
「・・・・・・。」
ヨルは、部屋に戻って行った。
マリーも事務室に戻って行った。
15時頃になると、冒険者達が帰り始める。
受付に立って、出迎えるマリー。
「204号室のお客様おかえりなさいませ。」
ベイカ・モニークが会釈し、部屋へ上がっていく。
マリーの頭の中には、誰がどの部屋に泊まっているのか、ちゃんと入っている。
顔を見ただけで、その人物がどこの部屋なのか、言い当てる事が可能だ。
マリーは、すごいわ。よく間違えないわね。
と、ローラが褒めてくれたことがある。
しかし、マリーにとってみれば、実に簡単で当たり前に出来る事であった。
私は、この仕事が向いている。
マリーは確信していた。
21時。仕事は終わった。
茶色のアーガイル柄のニットに赤いスカートを履き、家に帰る。
21時になると商人広場は閉まっている。
何か買いたい物がある場合は、昼間のうちにローラに頼んで買ってきてもらう。
実は今日、ユキの餌を買ってきて貰っている。
ユキというのは、マリーのペットである。
商人広場の横を通り過ぎ、ずっと道なりに歩いて
赤いレンガの小路に入っていく。
レンガの小路を辿っていって家に着いた。
「ただいま、ユキ!」
水槽に近づくマリー。
中で、白いウーパールーパーがモソモソ動いている。
「今日も、お仕事頑張ってきたの、ユキ~。」
デレデレになるマリーであった。




