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甘いだけじゃないシリーズ

甘いのと優しいのでは意味が違いますの

作者: 陽向楽

擦りきれて、ボロボロになっていく心。

父に泣きつきたいと思ったこともあったけれど、父も母の肖像画を見ながら煽るように酒を飲み、なんとか睡眠をとるような状態。


だれか、助けて欲しい。

でも、この家に仕えてくれる者は皆ギリギリのところで耐えしのいでいる。

外の人達など、信用できない。


辛くて、苦しくて、寂しくて。

それでも、私に出来ることがあるならば…。




母が天に召されて一年が経った。

全くなかった訳ではないが、そろそろどうだとばかりに父に後妻を勧める貴族が増えた。ナクタリアージュ家の唯一の子供である私にも、このような女性なら母と呼ぶに相応しいだろうと、欲にまみれた態度で自分の愛人を勧める男達。

母という存在を、母との思い出を汚された気分だった。


私が母と呼ぶのは、私を産み、慈しんでくれた、私を庇って天に召された、あの母だけ。


そう恥も外聞も捨てて泣き叫び、怒鳴りつけたかった。

脳裏に浮かぶ母は、そんなことをしないと必死で取り繕ったけれど。



没落寸前の伯爵家だった頃は全く助けてくれなかった、きっと縁が切れてしまったのよと母が語っていた少し遠い親戚達。彼らは父が数日に一度程度しか帰らないと知ると我が物顔で屋敷に出入りし、自分に都合のよい縁談を私に持ってきて、勝手に使用人の雇い入れを行おうとした。


お父上は忙しい。私達が代わりに助けてあげよう。


優しいように聞こえる言葉は、侯爵家となったナクタリアージュ家をいいように動かしたいだけ。

私を甘やかそうとするのは、愛情などではなくて、次代も私を御して都合よくナクタリアージュ家を動かすため。


そんな薄汚い本性を隠せもしない者達に、靡くものか。

母の守ろうとした領地、領民、屋敷をそんな人達に好きにさせたくない。



ジリジリと先が無くなっていく気持ちで、私の手の届く範囲を守り、干渉や傀儡などの思惑は絶対に許さないと思いながら日々を重ねた。

昔から良くしてくれる使用人や専属の侍女などは休んでほしいと進言してくれたけれど、私は僅かな油断の間に欲まみれの悪意に絡め取られてしまうのではないかと怯えていた。



一通の手紙が届いたのは私も父も心身ともに限界なのではないか、と使用人達ですら考えていた頃だった、と後に聞いた。


家名や家紋などではなく、一輪の花をモチーフにした封蝋はかつて母がとても大切な友人からの手紙だと見せてくれたものと同じだった。


私に宛てたもので、母と知友の仲であり、母の葬儀の頃にはこの国を離れていたため会いに来れなかった、と簡潔にまとめられた手紙。

都合が悪ければ仕方ないが、良ければ別荘に来てほしいと日付が書かれていた。屋敷を離れる事を躊躇したが、使用人達の勧めと母を知る人に会いたいという気持ちから訪問することにした。


母が語った友人の好きな花束とお菓子を持って手紙の主の別荘に着くと初老の貴婦人が笑顔で出迎えてくれた。

この方が後の私の師匠にして、夫が若くして天に召されたため、十年という期間当主代行をやってのけた筆頭公爵家先々代公爵夫人だとは知りもしなかった。


不思議なことに、母の話をしているうちに心の中の葛藤や崩れそうな現状、将来の絶望についてまで話してしまった。

母が天に召されてから久しく流さなかった涙が止まることなく流れる間、ずっと私を抱き締め、母のように頭を撫でて、労ってくれた。


「よく、頑張りましたね。流石、マリーの娘ですわ」


抱き締めたまま、柔らかい声音で告げられた言葉は何よりも欲しかった言葉だった。



泣きつかれて寝てしまった、と理解したのは自分の部屋とは違う、品の良い部屋で目覚めてしばらく経ってからだった。


「よく眠れて?ああ、ご安心なさい。ナクタリアージュ侯爵家には使いを出して、貴方がここに泊まることを伝えました。あちらも問題なく機能しているから、ゆっくりしてきてほしいと皆口を揃えてたそうよ」



一年以上なかった、ぐっすり寝れた場所は、かの方の膝。

かの方は泣きながら寝てしまった私を、そのまま抱き上げて大きなソファーに移してくれた。掛け物を使用人が持ってきたから、一人でゆっくり寝かせようと離れたものの、私が眠りながらも愚図るので膝枕をしながら起きるのを待っててくれたそうだ。



食事をいただきながら明かされた、かの方の過去と母との交遊。

驚きのあまり固まった私に、かの方は言った。


「わたくしは貴方の後楯になってもよい、と思っています。貴方が望むのであればわたくしの持てるすべての人脈を使い、貴方の家を守れる殿方を与えましょう。高位貴族として変わらず責任は負わなければいけませんが、今ほど辛いことはないでしょう」


でも、と続けるかの方は私を見透かしているようだった。


「でも、きっと貴方は貴方自身の手で全てを守り、育てたいのでしょう。これまで以上に厳しいものになりますが、わたくしの十年間の職務で培ったものを全て教え込むこともできます。女として当主に立つことも、可能かもしれません。どうしますか?」





大陸初の女侯爵が師と仰ぐ女性は、隣国との戦争で夫を亡くし子供が育つまで筆頭公爵家を守り、力を伸ばした元公爵家当主代理の先々代公爵夫人だった。

かの女性は智略によって戦争の終止符を打ち、優秀な次代の公爵を育て、領地や公爵家を豊かにした。

その知識と手腕を受け継いだ女侯爵が大陸中の憧れの女性となる十数年前の話。


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