引っ越しそばと監視
「なんでオメエがいるんだよ。カウラ」
かなめは喫煙所のソファーに身を任せる。そして一言そう吐き捨てるように言うとタバコに火を点す。そのまま大きく息を飲み込み、天井に向けて煙を吐いた。
「私がいるとまずいことでもあるのか?」
そんなかなめの態度に苛立ちながらカウラがかなめの前に立った。
「ああ、目障りだね」
そう言いながらまたタバコを口にくわえる。明らかに不機嫌になるカウラに誠はおどおどしながらどうすれば間を取り持てるか考えていた。
「あの、良いですか?」
にらみ合う二人に声をかけたのはレベッカだった。後ろにはロナルド、岡部、フェデロが立っていた。
「何だよ。タバコを止めろとか言うのは止めとけよ」
「違います。嵯峨隊長にこれをもってくるように言われたので」
そう言ってレベッカがスーパーのレジ袋を差し出した。とりあえず誠がそれを受け取って中身を見る。
手打ちそばが入っていた。よく見ればロナルドがねぎを、岡部がめんつゆを持っている。
「本部で嵯峨隊長にこれをみんなで食えって渡されたんだが。そのまま帰っちゃって……あの人は一体、何しに本部まで来てるんだ?」
ロナルドがカウラの方に目をやる。
「昨日言ってた引越しそばだな。誠、パーラを呼んでくれないか」
カウラの言葉に誠はそのままアイシャの部屋の前に向かった。キムをはじめ、手伝っていた面々はダンボールから漫画を取り出して読んでいた。
「パーラさんいますか?」
「何?」
部屋の中からパーラが顔を出す。当然、彼女の手にも少女マンガが握られていた。
「なんか隊長がそば打ったってことで、レベッカさん達が来てるんですけど」
パーラは呆れたようにすぐに大きなため息をつく。
「隊長はこういうことだけはきっちりしてるからね。アイシャ!後は自分でやってよ」
そう言うと漫画をダンボールに戻してパーラは立ち上がった。
「エダ、サラ、それに西君。ちょっとそば茹でるの手伝ってよ」
パーラの言葉に漫画を読みふけっていたサラ達は重い腰を上げた。パーラは一路、食堂へと向かった。
「シンプソン中尉!それにスミス大尉。こっちです」
喫煙所前でたむろしていたロナルド達に声をかけると、パーラはそのまま食堂へ向かった。
「そばか、いいねえ」
タバコを吸い終えたかなめがいる。
「手伝うことも有るかも知れないな」
そう言うとカウラは食堂へ向かう。
「何言ってんだか。どうせ邪魔にされるのが落ちだぜ」
かなめはあざ笑うようにそう言うとそのまま自分の部屋へと帰っていった。誠は取り残されるのも嫌なので、そのまま厨房に入った。
「パーラさん。こっちの大鍋の方が良いんじゃないですか?」
奥の戸棚を漁っている西の高い音程の叫び声が響く。
「しかし良い所じゃないか。本部から近いしこうして食事まで出る」
「建物はぼろいですけどね」
ロナルドに声をかけられて、誠は本音を漏らした。カウラがきつい視線を送ってくるのを感じて、誠はそのまま厨房に入った。
「誠君。竹のざるってある?」
「無いですね。それに海苔の買い置きって味付けしか無いですよ」
誠は食器棚を漁っているパーラに答えた。
「わさびはあるわ。それにミョウガも昨日とって来たのがあるわよ」
「グリファン少尉。あんまりそばの薬味にはミョウガを使わないと思うんですけど。ネギがあるからそれだけで十分ですよ!」
「だから冗談よ!」
西に突っ込まれて、サラは微妙な表情をしながら冷蔵庫から冷えた水を取り出した。
「まだ早いわよ。じゃあ金ざるで代用するから。あと神前君は手伝うつもりが無かったら外で待っててくれない?」
パーラは慣れた調子で大なべに火をつけた。邪魔になるのもなんだと思い直して誠は食堂に戻った。
「はいはい!邪魔ですよ!」
今度はサラがそばを手に食堂に腰かけようとしていた誠を追い立てる。
「追い出されたのか?」
何度も食堂の中を振り返りつつ誠が渋々廊下に出た。廊下と階段の間の喫煙所でタバコを吸うわけでもなくロナルドが笑っていた。岡部もフェデロも微笑みながら誠を見ている。
「とりあえずお水を」
食堂からお盆を持って出てきたレベッカから岡部は冷えた水を受け取った。
「しかしあれだな。このご時世喫煙者はキツくって」
そう言うとフェデロが胸のポケットからタバコを取り出す。それを見たレベッカが顔をしかめつつ少し距離をとった。
「早速こうだ」
そう言うとフェデロは困ったような顔をしてタバコに火をつける。
「へえ、アメちゃんにもまだ喫煙者はいるのかい」
誠が顔を上げるとそこにはもうニコチン切れを起こしたような表情のかなめが立っていた。
「まあな。タバコは軍にいるあいだだけにしておくつもりだけどな。何しろ一般企業じゃ禁煙強制が普通のご時世だ」
「ちげえねえ」
かなめは満足したようにタバコをくゆらせる。
「あの……突然ですけどいいですか?」
口を押さえつつレベッカがかなめに近づく。その明らかにかなめの煙を避けているような態度に苛立ちながらかなめはレベッカを睨みつけた。
「私は司法局には漫画研究会があるって聞いたんですけど……」
おどおどとレベッカが話を切り出した。
「いよいよ私の出番かしら!」
レベッカが話を終える間もなくアイシャが紺色のシャツの袖をまくって階段を駆け下りてくる。
「来たよ、ややこしい奴が」
かなめの吐き捨てた言葉を無視してアイシャは悠々と喫煙所のソファーに腰掛ける。
「レベッカさん、歓迎しますよ。何といっても神前誠君は絵師でもあるんだから、後で私が原作の漫画を読ませてあげるわね」
満面の笑みのアイシャにレベッカは自分の言ったことに少し後悔したような愛想笑いを浮かべる。
「止めといた方が良いぞ。コイツは脳みそ腐ってるから」
「そう言うかなめちゃんだって、昨日、レベッカちゃんの胸揉んでたじゃないの」
「レベルの低い言い争いは止めろ。頭が痛くなる」
誠がどう声をかけようか迷っているところにカウラのつぶやきと彼女が中華なべをおたまで叩く音が食堂に響き渡った。
「はい!茹で上がりましたよ!」
パーラの一声でとりあえず悶着は起きずに済んで誠は胸をなでおろした。一同は食堂に向かった。西とエダ、そしてこちらの喧騒にかかわらないように厨房に侵入していたキムが、手にそばの入った金属製のざるにそばを入れたものを運んできた。
「はい!めんつゆですよ!ねぎはたくさんありますから、好きなだけ入れてくださいね!」
サラはそう言いながらつゆを配っていく。
「サラ!アタシは濃いのにしてくれよ」
「そんなことばかり言ってるから気が短いんじゃないのか?」
いつものように再びかなめとカウラがにらみ合う。誠は呆れながら渡された箸を配って回った。
「じゃあ食うぞ!」
そう叫んだかなめは大量のチューブ入りのわさびをつゆに落とす。明らかに勢いの良すぎるその様子に誠は眉を顰める。
「大丈夫なんですか?そんなに入れて」
「なんだよ、絡むじゃねえか。このくらいわさびを入れて、ねぎは当然多め。それをゆっくりとかき混ぜて……」
「薀蓄はいい。それにそんなに薬味を入れたらそばの香が消える」
そう言うとカウラは静かに一掴みのそばを取った。そのまま軽く薬味を入れていないつゆにつけてすすりこむ。
「そう言えばカウラはそば通だもんね。休みの日はほとんど手打ちそばめぐりに使ってるって話だけど」
アイシャも遅れまいととばかりざるの中のそばに手を伸ばす。その言葉に誠はカウラの顔に視線を移した。
「ええと、ベルガー大尉。そば好きだったんですか?」
「まあ隊長みたいに自分で打つほどではないがな。それに娯楽としては非常に効率が良い。値段も安いしそれなりに暇もつぶれる」
カウラは再びそばに手を伸ばす。そして今度も少しつゆをつけただけですばやく飲み込む。
「なるほど、良い食べっぷりですねえ」
岡部も同じような食べ方をしていた。
「そういやネイビーの旦那達。隣の公団住宅の駐車場に止まっている外国籍ナンバーはアンタ等の連れか?」
かなめがつぶやいた言葉に一気に場の雰囲気が緊張感のあるものに変容する。かなめは荒事に関わる時に見せる鉛色の濁った眼付きでロナルドを見据える。
「俺も見たが……海軍じゃないな。そもそもあのごついドライバーは役人には見えない。海兵隊とも雰囲気が違う。これはあくまで俺の勘だがあれは陸軍の連中だな」
それだけ言うとロナルドは器用に少ない量のそばを取るとひたひたとつゆにくぐらせる。
「初の法術発動者神前誠曹長の観察記録でも取ろうってのか?迷惑な話だな」
かなめはそう言うとわさびで染まっためんつゆを薄めもせずに飲み干した。隣でサラがそのわさびの味を想像したのか顔をしかめて目を伏せる。
「まあ、観察日記をつけるかどうかは別としてだ。陸軍の連中は嵯峨隊長には深い遺恨があるからな」
ロナルドがそう言うとつゆのしみこんだそばを口に放り込んだ。
法術、『近藤事件』で誠が示したその力に関するニュースが全銀河を駆け抜けた翌日には、アメリカ陸軍のスポークスマンが法術研究においてアメリカ陸軍が他国を引き離す情報を握っていることを公表した。
存在を否定し、情報を操作してまで隠し続けていた法術師研究は、法術師としての適正者のある者の数で地球諸国を圧倒している遼州星系各国のそれと比べてはるかに進んでいた。そして明言こそしなかったものの、アメリカ陸軍はその種の戦争状況に対応するマニュアルを持ち、そのマニュアルの元に行動する特殊部隊を保持していることが他国の軍関係者の間でささやかれたていた。
「嵯峨隊長の次は神前曹長か。つくづく司法局はアメリカ陸軍とは因縁があるらしい」
そう言ってロナルドはそばをすすった。同じざるからそばを取っているフェデロが、一度に大量のそばを持っていく。ロナルドは思わずそれを見て眼を飛ばしてけん制しながら箸を進める。
「どうも今日はそれだけではないらしいがな」
そうつぶやきながらかなめはそばをすすった。
「と言うと?」
誠の問いにかなめは額を指さした。
「勘だ……」
「女の勘?かなめちゃんのがアテになるの?」
「うるせえ!アイシャ!黙って食ってろ!」
アイシャのツッコミにかなめは立ち上がると叫びつつ汁の入った小鉢をテーブルに叩きつける。
「割れたらどうするのよ本当に」
パーラが困った顔でかなめ達を見つめる。
「そんときはお前が片付けろ」
「いつもそうなんだから……ジュン君もなんか言ってよ」
エダに脇をつつかれてそばを吹き出しかけたキム・ジュンヒ少尉が照れながら立ち上がる。
「じゃあ俺が確認に……」
全員が白け切った顔を向けたあとそれぞれにそばに集中する。
「やめとけ……うちの仕事じゃない」
「令状無しじゃ手を出せないわね」
「そもそも何の嫌疑なんだよ」
かなめ、アイシャ、カウラの一言にキムはよたよたと座り込んだ。
「監視か……」
誠はただ不安を感じながらそばの味に浸ることにした。




