栄光のレンジャー章
「まあ良いや。それよりシャム。遼南のレンジャー訓練、今年は行かなくていいのか?」
かなめがシャムに話を振る。誠や島田、そしてサラがようやく空気が変わって安心したようにため息をついた。工場の入り口のゲートを見つめていたシャムが身を乗り出してかなめをのぞきこむ。
「今年からちゃんとアタシの弟子が付いてくれてるから大丈夫だよ。それに隊の予定が空いたら俊平と訓練課程のチェックに行くから大丈夫。それに何かあっても俊平がどうにかしてくれるよ」
遼南陸軍レンジャー資格訓練。銀河で最も過酷と言われる内容は誠も知っていた。最低限の装備をつけたまま高高度降下後、一ヶ月にわたりサバイバルナイフ一本で糊口をしのぐ。そして与えられた演習科目をこなしていく特殊訓練は地獄と呼ばれた。
高度なサバイバル知識と手持ちの武器を扱う技量無しでは突破できない難関として知られていて、東和軍でもその課程を乗り越えたものはレンジャー特技章をつけることが許されることになる。それは東和軍ではエリートの証として一目置かれるには必要不可欠な資格だった。
「そう言えば遼南レンジャーの訓練課程って、ナンバルゲニア中尉が作ったんですよね」
誠がいつも笑っているシャムに尋ねた。自分の顔がまるでシャムを信じていないような表情を浮かべているだろうとは思っていたが、それが事実だからどうすることも出来なかった。
「そうだよ!俊平に助けてもらいながら作ったの!」
シャムの相棒、吉田俊平少佐。かなめよりも電子戦に特化した義体を持つ食えない上官がシャムの思い付きを具体化したのかと想像するとさすがの誠も納得できた。
「サバイバル知識が売りだって言うけど、オメエが野生化すれば超えられるってことで作ったメニューなんだろ?」
かなめがおもわず突っ込みを入れた。ようやくこの言葉でカウラやサラも和んだ表情を浮かべる。
車は産業道路から駅前の大通りに向かう近道の路地に乗り入れた。
「遼南レンジャー章って、ナンバルゲニア中尉以外持ってる人、隊に居ましたっけ?」
かなめに話をさせると面倒なことになると思った誠が必死に話題を振る。
「シュバーキナ少佐とシン主計大尉。それに隊長が持っているんじゃないか?」
カウラはとりあえず誠に話をあわせてくれた。
「叔父貴?持ってねえよ。そんな面倒なことあのおっさんがするわけないじゃん」
確かにあの中年男がそんな面倒なことはするわけがない。実家の剣道場で寝食を共にしたこともある誠にもかなめの言うことはよく理解できた。
「でも凄いですよ、シャムさん」
話題を変えて誠は珍しくシャムを本心から褒めてみた。そんな彼を中間の座席から身を乗り出して見つめてくるシャム。
「そう?照れちゃうな!」
もう慣れ過ぎて気にならなくなった猫耳を揺らしながらシャムがつぶやく。
「なんだ。神前、オメエはレンジャー希望か?」
「そんな事ないですけど、先々そっちの資格が必要になる事も……」
ここでかなめが大きなため息をついた。
「安心しろ。オメエに勤まるはずねえから。それよりシャム。何で水着を買わないのに来てるんだ?どうせオメエはいつも通りスク水だろ?水着は」
かなめの言葉に全員の視線がシャムに集中する。確かについてくるとは言ったがシャムは水着を買うとは言っていなかった。それ以前に彼女の幼児体系だと他の面々のそれぞれにアピールしたいような水着とは売り場が違う子供向けの売り場で選ぶしかないのは誰にでもわかる。だが突然注目されてシャムはかなめの言葉が理解できないというように不思議そうな表情を浮かべる。
「なんで?デパートなら食玩の売り場もあるでしょ?それ買うのはいけないことなの?今日は金曜日だから何か新発売があると思うからいいの」
後ろをちらちら見ながら運転しているパーラがシャムの言葉に思わず噴き出した。
「また大人買いするのか?」
「そうだよ!」
カウラの言葉にシャムが目を輝かせる。誠やアイシャに付き合うことが多くなったカウラはようやく『大人買い』の意味がわかったので使いたくて仕方ないのだろうと誠は苦笑いを浮かべる。
「シャムちゃんよく言ったわね。私も忘れるところだったわ。でも積めるかなあ……誠ちゃんも買うんでしょ?」
対向車をやり過ごしてほっとしていたパーラの隣から顔を出してアイシャが振り向いてそう言った。
「今月ちょっとプラモ買いすぎて金欠なんですよ」
「確かに。寮でも神前が出かけると必ず山のようにプラモを抱えて帰ってくるの有名だからな」
島田はそう言うと誠の方を見た。誠のプラモは一部のガンマニアの隊員のエアガンと並んでやたらと増え始めた玩具として寮では良く話題に上がった。
「そんないつもじゃないですよ!菰田先輩とか西が勝手に広めてるだけです!」
誠はそう言い切った。だが、アイシャもカウラもかなめもまるで信じていないと言うように生暖かい視線で誠を見つめてくる。
「そう言えば誠ちゃん、ガレージキットで05式乙型出てたわよ」
アイシャがそう言うと、プラモマニアである誠は自然と前のめりにならざるを得ない。それも自分の愛機の話となれば誠としては当然のことだった。
「ガレキですか?高いからなあ。イタリアとかのメーカーが出すまで待ちますよ」
そう言いつつ自分の頬が緩んでいるのを誠は自覚していた。
「本当にオメエはマニアだな。イタリアのプラモっていいのか?」
かなめが珍しくこんなネタに食いついてきたので、少し誠は意外に思った。それと同時にこれは語らなければと言うマニア魂に火がつく。入り組んだ路地に大型車で乗り込んだことを少し後悔しているパーラも時々ちらちらと誠達を振り返る。
「まあ売れ線なら日本のメーカーが出すんですけどね。でも05式は地球ではシンガポール以外は採用予定は無いみたいで、売れそうに無いですから。こういうのはマニアックな品揃えのイタリアかロシアのメーカーの発表待ちになるんですよ」
「よく知ってるな。そう言えば西がレシプロ戦闘機のプラモ作ってるな」
島田は最年少ながら技術部の新星として期待されている西高志伍長のことを思い出していた。島田のそんな言葉にも当然のように誠は食いつく。
「渋いですねえ。僕はどちらかと言うと戦闘機より戦車のほうが好きなんですよ」
あたりは夏の長い日のおかげで赤く染まっていた。渋滞で有名な三叉路を迂回したサングラスをかけたパーラだったが、その大型の四駆は今度は駅ターミナルに向かう渋滞に巻き込まれていた。
「いつも混むわねこの道。都市計画間違ってんじゃないかしら?」
「アイシャ、愚痴るなよ。駅前のマルヨは夜10時まで営業だぜ」
普段なら一番にぶちきれるかなめがアイシャをたしなめている。かなめは誠の隣の席で鼻歌交じりに窓の外を眺めていた。
「何か見えるの?」
そんな誠にシャムが声をかけてくる。
「別に……」
「そんなこと言ってみんなに似合う水着でも考えているんでしょ!」
「はっはははは……」
子供のようなシャムに図星を突かれて誠はただ乾いた笑いを浮かべるしかなかった。