にぎやかな面々とそうめん
「お昼だよ、神前君」
突然目の前にサラが現れた。そしてその後ろを覗いて見るとパーラがかなめにヘッドロックを食らっている。
「昼って、どこか食べに行くんですか?」
「ちげーよ!あまさき屋の女将が来てるんだ。海に連れてってくれたお礼だってよ。なんでも夏らしい昼飯を作ると言うことらしいぞ」
そう言うとかなめはギブアップしたパーラから手を離す。
「結局、かなめちゃんは手伝わなかったわね」
「そこがかなめさんらしい、ところですわ」
雑巾とバケツを持ったアイシャがつぶやくとサラの後ろから出てきた茜が恨めしそうな目でかなめを見ている。
「最初から期待されてないんだからやらないほうが自然だろ?」
かなめはそう言うと大きくタバコをふかした。
「まったくかなめちゃんは……」
さすがのアイシャもあきれ果てたというようにそうつぶやいていた。
「正人!カウラ!ご飯よ!」
サラの声がフロアーに響く。掃除をしていた面々が一斉に立ち上がった。
「じゃあ行くぞ!」
そう言うと機嫌よくかなめは先頭に立って歩き出す。頭を押さえているパーラが食って掛かろうとするのをアイシャが両手でなだめている。そんな様を楽しそうにに茜が眺めていた。
食堂には菰田達がすでに座って番茶をすすっていた。
「オメエ等、何してたんだ?」
かなめの剣幕に首をすくめながら、菰田達はいかにも下品そうな笑いを浮かべる。
「どうせ二階でエロゲでも隠してたんじゃないの?」
アイシャは近くの湯飲みを取ると、ソンからやかんを取り上げて番茶を注いだ。
「なんだ、菰田達。いたのか」
そっけなく言ったカウラの言葉にヒンヌー教徒は身悶えんばかりの顔をした。
「あなた達ちょっとキモイわよ」
そう言うとアイシャは隣のテーブルに座った。その隣にかなめが座り、その視線は誠に注がれている。選択の余地が無いというように誠はかなめの正面に座った。その隣に座ろうとするカウラをにらみつけるかなめだが、カウラは気にせず誠のとなりに当然のように座った。
「お待たせしました!やっぱり今日みたいな日はそうめんでしょ!」
そう言うと春子と小夏の親子がそうめんを入れた土鍋を持ってくる。
「女将さん、それじゃあ鍋でもやるみたいじゃないですか?」
「ちょうどいい大きさの器が無くって、ボールじゃあ味気ないし、すぐあったまっちゃうでしょ?」
かなめの言葉に春子は聞き分けの無い子供にでも言うような口調で語る。
「黙って食え!外道!」
小夏が叩きつけるようにめんつゆをかなめの前に置く。そしてそれにこたえるようにかなめも小夏をにらみつける。
「すいません!遅れました……ってそうめんですか!いいっすねえ」
機械油がしみこんだ手で額を拭いながら島田が現れる。続いてサラとパーラが大きなボトル入りのジュースを何本か抱えて入ってくる。
「じゃあこれは私達でいただきますね」
茜はそう言うと一番大きな鍋を持って島田とサラ、そしてパーラが着いたテーブルにそれを置いた。
「薬味はミョウガか。買ったのか?」
カウラは感心したようにつゆにみょうがのかけらを入れる。
「ああ、それなら裏にいくらでも生えてますから」
島田がつゆの入ったコップに多量のねりがらしを入れている。
「島田さんそれじゃあ入れすぎ……」
心配そうに茜は島田を見守る。
「大丈夫よ、正人は辛いの好き……」
そう言いかけたサラの島田を見ていた目の色が変わる。島田が突然身悶えながらのけぞった。そのまま察したサラの差し出した番茶を受け取ると島田は一息でそれを飲み干した。
「馬鹿が、からしを入れすぎだったんだろ?おい!麺つゆの瓶よこせよ」
その様子を見ながらかなめはそう言うと菰田につゆを取らせた。
「塩辛くならないか?」
どぶどぶと原液のめんつゆを小鉢にそそぐかなめを見ながらカウラはそうめんの鍋に手を伸ばす。
「そんなだからいつも血圧高いのよ」
そう言ってアイシャは少なめにとったそうめんを小鉢にゆったりと浸してすする。かなめは二人の言葉を無視して濃いめのつゆを作り終わると鍋の中のそうめんに手をつけた。
「いいねえ、夏ってかんじでさ」
かなめは鍋の中のそうめんを箸で器用につまむ。誠は遠慮がちに箸を伸ばす。
「飲み物あるわよ」
パーラがそう言うとコーラのボトルを開けた。
「ラビロフ中尉!オレンジジュースお願いします!」
「じゃあ俺はコーラで良いや」
「ジンジャーエール!」
菰田、ヤコブ、ソンの三人が手を上げている。
「アタシは番茶でいいぜ。誠はどうするよ」
「僕も番茶で」
かなめが一口でそうめんを飲み下すとまた鍋に手を伸ばす。誠はたっぷりとつゆをつけた後で静かにそうめんをすすった。
「私も番茶で良い。甘いものはそうめんには合わない」
「そう?私コーラが欲しいんだけど」
カウラがゆっくりとそうめんをかみ締めるのを見ながらアイシャは手にしたコップをパーラに渡す。
「じゃあ俺はオレンジジュースをもらおうかな」
島田は菰田に対するあてつけとでも言うようにパーラが菰田のために注いだばかりのオレンジジュースを取り上げた。むっとした菰田を無視して島田はそれに口をつける。サラが気を利かせてすぐさまオレンジジュースをコップに注ぐと菰田達のところにジュースを運んだ。
「ここ数日は本当に夏らしいわねえ」
少なくなった鍋の中のそうめんをかき集めながらアイシャがしみじみとそう言った。その言葉でなんとなく一同は同意する意味を込めて黙り込んだ。夏らしい気分と先日の海の思い出をそれぞれに反芻しているようにも見えた。
「そう言えば荷物とかは良いんですか?」
誠は食べ終わったというように番茶を飲んでいるかなめに尋ねた。
「まあ、アタシはベッドと布団くらいかな、持ってくるのは。それより、こいつはどうするんだ?」
かなめが指差した先、そうめんをすすっているアイシャがいた。
「まあ、一度には無理っぽいし、トランクルームとか借りるつもりだから。テレビがらみの一式と漫画くらいかなあ、とりあえず持ってこなきゃならないのは」
「おい、あの量の漫画を運ぶ気か?床抜けるぞ」
冷やかすかなめだがアイシャは表情を変えずに言葉を続ける。
「私は漫画が無いと寝れないのよ。それに全部持ってくるつもりも無いし」
そう言うとアイシャはめんつゆを飲み干した。
「ご馳走様。ちょっとパーラ、コーラまだ?」
黙ってパーラがアイシャにコーラを渡す。アイシャは何も言わずに受け取ると、一息でコーラを飲み干し、空いたグラスをパーラに向ける。
「あのね、アイシャ。私まだ食べてないんだけど」
恨みがましい目でパーラはアイシャを見つめた。
「大丈夫よ、そうめんならまだあるから」
箸を置く春子の優雅な姿を見とれていた誠だったが、わき腹をかなめに小突かれて我に返った。
「俺はもう良いや。パーラさんもっと食べてくださいよ」
オレンジジュースを飲みながら島田も箸を置いた。
「そうね、あのアイシャの部屋を片付けに行くんだものね。それなりの覚悟と体力が必要だわ」
サラはそう言うとニコニコしながら急いで麺をすすっているパーラを眺める。
「なによその言い方。まるでアタシの部屋が汚いみたいじゃないの!」
「汚いのは部屋じゃなくてオメエの頭の中だもんな」
濃い目のつゆを飲みながらかなめが言ったその言葉に、思わずアイシャが向き直った。
「あなたの部屋なんて、どうせ銃とか手榴弾が転がってるんでしょ?そっちの方がよっぽど問題なん
じゃない?」
アイシャの言葉にかなめはまったく反応しない。そのまま口直しの番茶の入った湯のみを口元に運ぶ。
「それは無い。ただ灰皿が無数に転がっていただけだ」
同じように番茶をすすっていたカウラの言葉に驚いたようにかなめはお茶を噴出す。
「らしいわね。まるで女の子の部屋じゃ無いみたい」
「そう言うアイシャの部屋の漫画もほとんど誠ちゃんの部屋のとかわらない……」
サラが言葉を呑んだのはアイシャの頬が口を出すなと言っているように震えているのを見つけたからだ。
「はい、皆さん食べ終わったみたいだから、片付け手伝って頂戴」
春子が気を利かせて立ち上がる。黙って聞き耳を立てていた菰田達もその言葉に素直に従って空いた鍋につゆを入れていたコップを放り込む。
「島田。何もしなかったんだからテーブルくらい拭けよ」
そう言うと菰田は鍋を持って厨房に消えた。
「どうせあいつも何もしてねえんじゃないのか?まあいいや、サラ。そこにある布巾とってくれるか?」
サラから布巾を受け取った島田はサラと一緒にテーブルを拭き始める。
「おい、神前」
かなめの言葉に誠は振り向いた。そこには珍しくまじめな顔をしたかなめがいた。
「ちょっと荷物まとめるの手伝ってくれよ」
そう言うとそのまま頬を染めてうつむくかなめの姿に、誠は違和感を感じていた。
「そう言うことなのね」
黙って様子を見ていた茜が口にした言葉に、かなめは顔を上げてみるものの、何も言わずにまたうつむいた。そしてすぐに思い出したようにテーブルを拭いている島田に声をかけた。
「そう言やキムとエダの二人はどうしたんだ?」
「ごまかそうっていうの?あの二人なら私がトランクルーム借りる交渉に行ってくれてるのよ。もういくつか目星はつけてるんだけど、私のコレクションを収納するのにふさわしいところじゃなくっちゃね」
アイシャはそう言って胸を張る。ただ一同はその言葉に苦笑いを浮かべるだけだった。




