男子下士官寮の顔役達
「飯の用意できたぞ!来いよ」
部屋を見回している誠達に向けて食事当番のヨハン・シュペルター中尉が声をかけに来た。
「アタシ等のはあるか?」
「ああ、島田と菰田の分を回したから大丈夫ですよ」
「中尉……そんな……」
島田ががっくりとうなだれる。
「自業自得だ。コンビニ弁当でも買って食え」
そう言うとヨハンは食堂に向かった。
「そんな金ねえっての!」
「サラに買ってきてもらえば?」
アイシャの言葉を聴くと、島田は携帯を持ってそのまま消えていく。
「すまんなあ菰田。アタシ等は飯食ってくるから掃除の段取りとか考えといてくれや」
うなだれる菰田の肩を叩きながらかなめ率いる一行は食堂を目指した。
「飯付きか……やっぱ良いよな。ヨハン、当然ウィンナー出るんだろ?」
「朝食はリゾットです。軽く食べれるのが良いんですよ」
巨漢を震わせながらヨハンが笑う。かなめは絶望したと言うように肩を落とす。
「シュペルター中尉のリゾットは結構旨いのよ。アンタも食べてみれば目からうろこが落ちるわよ」
そう言うとアイシャはヨハンの肉に埋もれた肩を叩いた。だがかなめは思い出したようにきつい視線でアイシャをにらみつける。
「おいアイシャ、いつの間にこいつの料理を食ったんだ?」
「コミケの準備の時、時々誠ちゃんのところにお邪魔してね。その時、夜食で作ってもらったのよ」
「なんだと!」
誠が振り向くと、カウラが叫んでいるところだった。カウラはアイシャの襟首にすばやく手を伸ばそうとする。かなめが気を利かせてその手を止める。
「そいつはアタシの役目なんだ。アイシャ。もしかしたら誠の部屋に泊まったとか言わねえよな」
「そうだけど何か?」
今度はかなめが殴りかかろうとしたのをカウラが止める。
「ああ、サラとパーラも一緒よ。まったく二人して何やってんだか」
そう言うとアイシャはさっさと食堂に入った。殺気立っているかなめとカウラを刺激しないようにしながら誠も入ってくる。ヤコブ、ソンと言ったヒンヌー教徒からの痛い視線を避けてカウラは通路を歩く。
「いい身分じゃねえか、うらやましいねえ」
トレーを手にしながら立つかなめの姿がタレ目を際立たせる。彼女が食堂中を見回るが、多くの隊員は三人を珍しそうに眺めている。
「それにしても……むさくるしいところねえ」
そういいながらまんざらでもない表情のアイシャが厨房の前のトレーを手にする。そして椀に粥を取るとピクルスを瓶からトレーに移す。
「ったく朝から精進料理かよ、アブドゥール・シャー・シンの旦那でも呼ぶつもりか?」
一汁一菜と言った風情の食事をかなめはしみじみと眺める。
「必要なカロリーは計算されているはずだ、不満だったらそれこそコンビニで買ってくれば良い」
すべてをとり終えたカウラがそのまま近くの席に座る。自然に誠がカウラの隣に座ったとたん、一斉に視線が誠に突き刺さってくる。さらにアイシャが正面に、反対側にはかなめが座った。
三人とも別に気にすることも無く黙々と食事を始めた。誠は周りからの視線に首をすくめながら、トレーに入れた粥をすくった。
「いい身分だな」
コンビニの弁当を下げた菰田が食堂に入ってくる。誠は苦手な先任曹長から目を逸らす。管理部は豊川支部でも異質な存在である。隊舎の電球の交換から隊員の給与計算。はたまた所轄の下請けでやっている駐車禁止の切符切りの時にかなめが乱闘で壊した車の請求書の整理まで、その活動範囲が広い割にあまり他の隊員との接触が無い。
さらにいつもカウラと一緒に行動していると言うことで、島田やキムから関わらないように言われていることもあって菰田にはヒンヌー教の教祖と言う以外のイメージがわいてこない。
「リゾットねえ、確かにシュペルター中尉のそれは絶品なんだよな」
菰田はそのままコンビニの袋から握り飯を取り出して包装を破る。
「そうだな。これはなかなか捨てたものじゃない」
「そうでしょベルガー大尉!」
我がことのようにカウラを見つめて菰田が叫ぶ。だがすぐにカウラの顔が誠を見ていることに気づいて視線を落とす。
「シーチキンかよ。男ならそこで梅干じゃねえのか?」
かなめは菰田の買ってきたコンビニの握り飯を指差す。
「西園寺さんが食べるわけじゃないでしょ?好きだから仕方が無いんですよ」
そう言って自棄になったように菰田は握り飯にかぶりつく。
「残りは明太子と高菜ねえ、いまいちぱっとしないわね」
「クラウゼ少佐。余計なお世話です」
アイシャの茶々をかわすと菰田はテーブルに置かれたやかんから番茶をコップに注いだ。
「そう言えば部屋なんですけど、三つのうちどこにしますか?」
明らかにアイシャとかなめを無視して菰田はカウラに話しかける。
「私は別にこだわりは無いが」
「それじゃあお前が一番奥の部屋な」
そう言ってかなめは粥を口に運ぶ。その表情は明らかに量が足りないと言う不機嫌なものだった。
「じゃあ私が手前の……」
「テメエだといつ誠を襲うかわからねえだろ?アタシがそこに……」
「それはやめるべきだな。アイシャより西園寺の方が危ない」
「どういう意味だ!ベルガー!」
完全に菰田のことを忘れてカウラとかなめがにらみ合う。
「やめましょうよ。食事中ですし」
誠のその言葉で二人はおとなしく座った。誠の言うことはカウラとかなめは聞くという事実が食堂中に知れ渡る。痛い視線を感じて振り返った誠の目の前に、嫉妬に狂うとはどういうことかと言う見本のような菰田の顔があった。
「おいおい、新人いじめるなんて。先任曹長だろ?一応は。見苦しいねえ」
そこに入ってきたのはキム・ジュンヒ少尉だった。続いてエダ・ラクール少尉が食堂に入る。キムは小火器管理責任者で隊の二番狙撃手でもある。そして一応は少尉と言うことで寮ではなく近くのアパートで暮らしている。島田とは馬が合うので寮で人手が必要になるとこうして現れることが多かった。
「余計なお世話だ」
そう言いながら菰田は高菜の握り飯に手をつけた。
「神前君、いじめられなかった?」
エダが正面に座り、その隣にキムが座る。島田派と言われるキムの登場でヒンヌー教徒の刺すような視線が止んで誠は一息ついた。
「いいっすねえ、お三方とも。部屋代かなり浮きますよ。俺もここに住みたいんですが口実が無くってねえ」
そう言いながらキムはコンビニの袋からサンドイッチを取り出す。それにあわせてエダがコーラのボトルを取り出した。
「そうよねえ。この部屋の賃料なら近くにロッカールーム借りても今の半分の値段だもの」
アイシャはゆっくりとリゾットをすする。
「しかし、島田の奴。将校に昇進したくせに何でここを出ないんですかね」
「それは俺へのあてつけか?」
隣のテーブルにはいつの間にかヨハンが座っていた。
「シュペルター中尉は良いんですよ。ほっとくとどこまでも太るんで」
キムはそのまま誠達に向き直る。
「おい、キム。何しに来たんだ?」
高菜の握り飯を手にする菰田は明らかに不機嫌そうに見えた。
「決まってるじゃないですか。島田の馬鹿が手を貸せっていうもんで来たんですよ」
「島田ねえ……」
そう言いながら菰田が高菜の握り飯を口に運ぶ。
「そういえばグリファン少尉が来てないですね」
「サラか?あいつは低血圧だからな」
いつの間に気に入ったのかかなめはリゾットを満足げに食べていた。携帯をいじっているアイシャはサラとパーラに連絡をつけるつもりだろう。周りを見れば当番の隊員達が食器を戻している。
「キム、また有給か?残りあるのかよ」
「西園寺さんに心配されるほどじゃないですよ」
そう言うとキムはほおばっていたサンドイッチをコーラで胃に流し込んだ。
「サラとパーラなら駐車場まで来てるって。島田の馬鹿がメンチカツ弁当じゃなきゃ嫌だとか言ったもんで5軒もコンビニ回って見つけてきたって怒ってたわよ」
「奴らしいや」
キムがそう言って笑う。とりあえず誠も場の流れに従うようにして笑みを作って見せた。




