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急展開で三人が

「叔父貴!下士官寮に空き部屋あったろ!」 


 急にかなめが頭を突き出してくる。それに思わず嵯峨はのけぞった。


「いきなりでかい声出すなよ!ああ、あるにはあるがどうしたんだ?」 


 タバコに火をつけようとしたところに大声を出された嵯峨がおっかなびっくり声の主であるかなめの顔を伺っている。


「アタシが護衛に付く」 


 全員の目が点になった。


「護衛?」 


 カウラとアイシャが顔を見合わせる。


「護衛……護衛?」 


 誠はまだ状況を把握できないでいた。


「隊長、それなら私も護衛につきます!」 


 言い出したのはアイシャだった。宣言した後、アイシャはかなめをにらみつける。


「一人だけ良いカッコなんてさせないわよ」


 珍しく対抗心むき出しのアイシャに誠はただあきれていた。


「私も護衛に付く」 


 カウラの言葉にかなめとアイシャの動きが止まった。


「カウラちゃんが?」


「ベルガー!気は確かか?」


 アイシャとかなめがまじまじとカウラの顔を見つめた。カウラは動じることなく自分を納得させているかのようにうなづいてた。


「そうかその手があったか」 


 嵯峨はそう言うと手を叩いた。しかしその表情はむしろしてやったりといった感じに誠には見えた。


「隊長!」 


 誠の声に泣き声が混じる。女っ気が増えるとあって寮長の島田は大歓迎するだろう。その他の島田派の面々は有給とってでも引越しの手伝いに走り回るのはわかっている。


 部隊の人員でもっとも多くのものが所属しているのが技術部である。その神として敬われている女帝、許明華大佐の一言で部隊の方針が決まることすら珍しくない。その地位は神格化され、技術部では別格の存在とされていた。一方でほとんど一人でピザやソーセージを食べながら法術関連の作業を続けているヨハン・シュペルター中尉は部内での人望は0に等しかった。必然的に整備全般を担当する島田正人准尉が事実上の技術部の最高実力者と呼ばれるようになっていた。


 変わって部隊の第二の勢力と言える管理部だが、こちらは規律第一の『虎』の二つ名を持つ猛将、アブドゥール・シャー・シン大尉が部長をしている。管理部部長と言う職務の関係上、同盟本部での予算関連の会議のため留守にすることが多いことから主計曹長菰田邦弘がまとめ役についている。


 ノリで生きている島田と思い込みで動く菰田。数で勝る島田派だが、菰田派はカウラを女神としてあがめ奉る宗教団体『ヒンヌー教』を興し、その厳格な教義の元、結束の強い信者と島田に個人的な恨みに燃える一部技術部員を巻き込み、勢力は拮抗していた。


 寮に三人が入るとなれば、必然的に寮長である島田の株が上がることになる。さらに風呂場の使用時間などの全権を握っている島田が暴走を始めればヒンヌー教徒の妨害工作が行われることは間違いない。


「どうしたの?もっとうれしい顔したらどう?こんな綺麗なお姉さんが三人も来るっていうのよ?」 


 アイシャがそう言って誠に絡み付こうとしてかなめに肩を押さえつけられる。寮での島田派、菰田派の確執はここにいる士官達の知ることではない。


「じゃあとりあえずそう言うことで」 


 そう言うと嵯峨は出て行けとでも言うように電話の受話器を上げた。


「そうですわね。私も引越しの準備がありますのでこれで」 


 そう言うとさっさと茜は部屋を出た。


「置いてくぞ!神前!」 


 かなめが叫ぶ。カウラ、アイシャ、そしてなぜかいるレベッカはすでに隊長室の扉を出た後だった。


「たぶん島田がまだいるだろうから挨拶して行くか?」 


「そうだな。一応、奴が寮長だからな」 


「確かに、レベッカさん、M10の搬入はいつになるの?」 


「とりあえず検査が今度の月曜にあるのでそれ以降の予定です」 


 心配する誠を置いて歩き出す女性陣。頭を抱えながら誠はその後に続いた。


 管理部ではまだシンの菰田への説教が続いていた。飛び火を恐れて皆で静かに階段を降りてハンガーに向かう。話題の人、島田准尉は当番の整備員達を並ばせて説教をしているところだった。


「おう、島田。サラはどうしたんだ」 


 かなめの突然の声に島田は驚いたように振り向いた。


「止めてくださいよ、西園寺さん。俺にも面子ってもんがあるんですから」 


 そう言って頭を掻く。整列されていた島田の部下達の顔にうっすらと笑みが浮かんでいるのが見える。島田は苦々しげに彼らに向き直った。もうすでに島田には威厳のかけらも無い。


「とりあえず報告は常に手短にな!それじゃあ解散!」 


 整備員達は敬礼しながら、一階奥にある宿直室に走っていく。


「サラ達なら帰りましたよ。もしかするとお姉さん達とあまさき屋で飲んでるかも知れませんが……」 


 そう言って足元の荷物を取ろうとした島田にアイシャが走り寄って手を握り締めた。


「島田君ね。良いニュースがあるのよ」 


 アイシャの良いニュースが島田にとって良いニュースであったことは、誠が知る限りほとんど無い。いつものように面倒を押し付けられると思った島田が苦い顔をしながらアイシャを見つめている。


「ああ、アタシ等オメエのところに世話になることになったから」 


「よろしく頼む」 


 島田はまずかなめの顔を見た。何度と無くだまされたことがあるのだろう。島田は表情を変えない。次に島田はカウラの顔を見た。カウラは必要なことしか言わないことは島田も知っている。そこで表情が変わり、目を輝かせて島田を見ているアイシャを見た。


「それって寮に来るってことですか?」 


「そうに決まってるじゃない!」 


 アイシャの叫びを聞くと島田はもう一度かなめを見る。その視線がきつくなっているのを感じてすぐにカウラに目を移す。


「よろしく……頼む」 


 照れながらカウラが頭を下げる。


「ちょっと、どういうことですか……神前。説明しろ」 


「それは……」


 とても考えが及ばない事態に喜べばいいのか悲しめばいいのかわからず慌てている島田に誠はどういう言葉をかけるべきか迷う。 


「あのね島田君。私達は今度、誠君と結婚することにしたの!それで……」 


 アイシャの軽口に島田はぽかんと口を開ける。


「ふざけんな!この嘘つきが!」 


 かなめのチョップがアイシャを撃つ。痛みに頭を抱えてアイシャはしゃがみこんだ。


「冗談に決まってるじゃないの……」 


 頭をさする。かなめのチョップは本気に近かったのだろう、アイシャの目からは涙が流れていた。


「お前ではだめだ。神前!説明しろ」 


 そう言うカウラの顔を見てアイシャは仕方なく引き下がる。 


「三人は僕の護衛のために寮に引っ越してきてくれるんですよ」 


 島田は全員の顔を見た。そして首をひねる。もう一度全員の顔を見回した後、ようやく口を開いた。


「隊長の許可は?」 


「叔父貴はOKだと」 


 かなめの言葉を反芻するように頷いた島田がまた全員の顔を眺める。


「まだわからねえのか?」 


「つまり、三人が寮に入るってことですよね?」 


「さっきからそう言っているだろ!」 


 さすがに同じことを繰り返している島田にカウラが切れた。そこでようやく島田も状況を理解したようだった。


「でも、まとまって空いてるのは三階の西側だけだったと思いますよ。良いんすか?」 


 携帯端末を取り出し、その画面を見つめながら島田が確認する。


「神前の安全のためだ、仕方ねえだろ?」 


 かなめがそう言ってうつむく。


「何よ、照れてるの?」 


「アイシャ、グーでぶたれたいか?」 


 かなめは向き直ってアイシャにこぶしを見せる。その有様を見つめながら島田は手にした通信端末でメールを打ち始める。


「明日は掃除で、次の日に荷物搬入ってな日程で良いですよね?」 


「私は良いがアイシャが……」 


 カウラはそう言うとかなめにヘッドロックされているアイシャを見る。


「無理よ!荷物だって結構あるんだから」 


「あのなあ、お前のコレクション全部運べってわけじゃねえんだよ」 


 そう言って脇に挟んだアイシャの頭をかなめはねじり続ける。


「送信っと」 


 島田は二人の様子を確認しながら携帯電話の画面を見つめている。


「あのー」 


 全員が忘れていた声の主に気づいて振り向いた。レベッカが携帯を持って立っている。


「なんだよ、オメエ」 


 アイシャがギブアップを示すために自分のわき腹を叩いているのを無視しながらかなめが怒鳴る。怯えながら、ようやく決心が付いたと言うようにレベッカが口を開いた。


「神前さんの機体の写真、撮って良いですか?」 


「好きなだけ撮れよ!」 


 そう言うとかなめはようやくアイシャを解放した。不安そうな顔から笑顔に変わったレベッカは、早速誠の機体の周りを歩きながら構図を考えているように見えた。


「じゃあ、アタシ等帰るわ」 


 かなめはそう言うと誠の手をつかんだ。


「カウラ、車を回せ!」 


「わかった」 


「じゃあ私はジュース買ってくるわ」 


「カウラはメロンソーダだぞ!」 


「知ってるわよ!」 


 誠はこうなったら何を言っても無駄だとあきらめることをこの一月で学んでいた。


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