泳げない人々
「やっぱりアタシのクルーザー回せばよかったかなあ」
「西園寺さん、船も持ってるんですか?」
そんな誠の言葉に、珍しく裏も無くうれしそうな顔でかなめが向き直る。
「まあな、それほどたいしたことはねえけどさ」
沖を行く釣り船を見ながら自信たっぷりにかなめが言った。
「かなめちゃん!神前君!」
リアナののんびりした声に誠は振り返る。
「どうしたんですお姉さん。それに……」
隣にはアイシャの姿がある。
「なに?アタシがいるとおかしいの?」
「そうだな、テメエがいるとろくなことにならねえ」
かなめがそう言うと急にアイシャがしなを作る。
「怖いわ!誠ちゃん。このゴリラ女が!」
そのままアイシャは誠に抱きついてくる。
「アイシャ、やっぱお前死ねよ」
逃げる誠に抱きつこうとするアイシャをかなめが片腕で払いのける。
「貴様等、本当に楽しそうだな」
付いてきたカウラの姿が見えた。その表情はかなめの態度に呆れたような感じに見える。
「そうねえ。仲良しさんなのね」
満足げに笑うのはリアナだが、アイシャは思い切り首を横に振った。
「カウラいたのか、それとお姉さん変に勘ぐらないでくださいよ」
かなめはいつの間にかやってきていたカウラとリアナに泣き付く。かなめは砂球を作るとアイシャに投げつけた。
「誠君、見て。かなめったらアタシの顔を砂に投げつけたりするのよ」
「なんだ?今度はシャムとは反対に頭だけ砂に埋もれてみるか?」
「仲良くしましょうよ、ね?お願いしますから」
誠が割って入った。さすがにこれ以上暴れられたらたまらない。そして周りを見ると他に誰も知った顔はいなかった。
「健一さんや島田先輩達はどうしたんですか?」
三人しかいない状況を不思議に思って誠はリアナに尋ねる。
「健ちゃんと島田君達はお片づけしてくれるって。それとシャムちゃんと春子さん、それに小夏ちゃんは岩場のほうで遊んでくるって言ってたわ」
「小夏め、やっぱりあいつは餓鬼だなあ」
かなめは鼻で笑う。
「かなめちゃん。中学生と張り合ってるってあなたも餓鬼なんじゃないの?」
砂で団子を作ろうとしながらアイシャが呟いた。
「んだと!」
かなめはアイシャを見上げて伸び上がる。いつでもこぶしを打ち込めるように力をこめた肩の動きが誠の目に入る。
「落ち着いてくださいよ、二人とも!」
誠の言葉でかなめとアイシャはお互い少し呼吸を整えるようにして両手を下げた。
「かなめちゃんは泳げないのは知ってるけど、神前君はどうなの?泳ぎは」
リアナが肩にかけていたタオルをパラソルの下の荷物の上に置きながら言った。誠の額に油の汗が浮かぶ。
「まあ……どうなんでしょうねえ……」
誠の顔が引きつる。アイシャ、カウラがその煮え切らない語尾に惹かれるようにして誠を見つめる。
「泳げないのね」
「情けない」
アイシャとカウラの言葉。二人がつぶやく言葉に、誠はがっくりと頭をたれる。
「気が合うじゃないか、誠。ピーマンが嫌いで泳げない。やっぱり時代はかなづちだな」
「自慢になることか?任務では海上からの侵攻という作戦が展開……」
説教を始めようとするカウラをリアナがなんとか押しとどめる。
「カウラちゃんそのくらいにして、じゃあみんなで教えてあげましょうよ」
リアナはいいことを思いついたとでも言うように手を叩いた。
「お姉さん。アタシはそもそも水に浮かないんだけど……」
「じゃあアイシャちゃんがかなめちゃんに教えてあげて、カウラちゃんと私で神前君を……」
「人の話聞いてくださいよ!」
涙目でかなめがリアナに話しかけるが、自分の世界に入り込んだリアナの聞くところでは無かった。
「あのー私はどうすれば?」
急に声がしたので驚いてかなめと誠は振り向いた。その視線の先には申し訳なさそうに立っているレベッカがいた。
「そうだ!レベッカさん、アメリカ海軍出身ってことは泳げるわよね?じゃあカウラちゃんとレベッカさんで誠ちゃんに教えてあげて、私とアイシャちゃんでかなめちゃんに教えましょう」
「あのー、お姉さん。アタシは教えるとかそう言う問題じゃ無くって……」
まったく人の話を聞かないリアナに業を煮やして叫ぶかなめだが、声の大きさとリアナが人の話を聞くかは別の問題だった。
「かなめちゃん、いい物があるのよ」
そう言うとアイシャはシャムが残していった浮き輪をかなめにかぶせる。かなめの額から湯気でも出そうな雰囲気。誠はすぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていた。
「おい、アイシャ。やっぱ埋める!」
逃げ出すアイシャに立ち上がろうとしたかなめだが、砂に足を取られてそのまま顔面から砂浜に突っ込む。
「あら?砂にも潜っちゃうのかしら?」
「このアマ!」
アイシャを追ってかなめが走り出した。
「あいつは放っておこう。行くぞ誠」
そういつもの通り淡々と言うと、カウラはレベッカと誠を連れて海に向かった。
「神前曹長は泳げないんですか?」
まるで不思議な生き物でも見るようなレベッカの瞳に見られて、誠は思わず目を逸らしてしまった。
「泳げないと言うわけじゃなくて……息つぎが出来ないだけ……」
「それを泳げないと言うんだ」
波打ち際で中腰になって波を体に浴びせながらカウラが言う。
「とりあえず浅瀬でバタ足から行くぞ」
レベッカに手を取られて誠はそのままカウラの導くまま海の中に入る。
「大丈夫ですか?急に深くなったりしてないですよね」
誠は水の中で次第に恐怖が広がっていくのを感じていた。
「安心しろ、これだけ人がいればおぼれていても誰かが見つけてくれる」
誠の前を浮き輪をつけた小学生の女の子が父親に引かれて泳いでいる。とりあえず腰より少し深いくらいのところまで来ると、カウラは向き直った。その視線がレベッカに引っ張られている誠の左手に向いたとき、少しきつくなったのを感じて誠は思わず手を離す。
「それでは一度泳いでみろ」
「手を引いてくれるとか……」
「甘えるな!」
レベッカの胸と誠の顔を往復するカウラの視線。それを感じて仕方なく誠は水の中に頭から入った。
とりあえず海水に頭から入り、誠は足をばたばたさせる。次第にその体は浮力に打ち勝って体が沈み始める。息が苦しくなった誠はとりあえず立ち上がった。起き上がった誠の前にあきれているカウラの顔があった。それは完全に呆れると言うところを通り過ぎて表情が死んでいた。
「そんな顔されても仕方が無いじゃないですか。人には向き不向きがあるわけで……」
「神前……君。もう少し体の力を抜いてとにかく浮くことからはじめましょう」
突然、心を決めたとでも言うように強い口調で話し始めたレベッカを見て誠達は驚いた。レベッカはこれまでとは別人のやる気に満ちた表情を浮かべていた。
「そうだな、神前。とりあえず浮くだけでいい。やってみろ」
カウラはレベッカのあとをついで誠に指示する。
「浮くだけですか、バタ足とかは……」
「しなくて良い、浮くだけだ」
カウラのその言葉でとりあえず誠はまた海に入った。
動くなと言われても水に入ること自体を不自然に感じている誠の体に力が入る。力を抜けば浮くとは何度も言われてきたことだが、そう簡単に出来るものでもなく、次第に体が沈み始めたところで息が切れてまた立ち上がった。
「少し良くなりましたよ。それじゃあ私が手を引きますから今度は進んでみましょう」
レベッカが手を差し伸べてくる。これまでのシャイなレベッカを見慣れていたカウラはただ呆然と見つめていた。
「じゃあお願いします」
誠はただ流されるままにレベッカの手を握りまた水に入る。手で支えてもらっていると言うこともあり、力はそれほど入っていなかったようで、先ほどのように沈むことも無くそのまま息が続かなくなるまで水上を移動し続ける誠。
「良いじゃないですか、神前君。その息が切れたところで頭を水の上に出すんですよ」
「そうですか、本当に力が入るかどうかで浮くかどうかも決まるんですね」
これまで怯えたような、恥ずかしがるような顔しか見せなかったレベッカが笑っている。誠はつられて微笑んでいた。
「よう!楽しそうじゃねえか!」
背中の方でする声に誠は思わず顔が凍りついた。
「西園寺さん……」
振り返ると浮き輪を持ったかなめがこめかみを引きつらせて立っている。
「西園寺さん、神前君少しは浮くようになったんですよ」
レベッカのその言葉にさらにかなめの表情は曇る。
「ああ、オメエ等好きにしてな。アタシはどうせ泳げはしないんだから」
そう言うとかなめは浮き輪を誠に投げつけて浜辺へと向かった。




