明るいニューフェイス
「これは奇遇ですね」
誠が廊下の先を見ると、そこに立っていたのはアメリカ海軍の夏服を着たロナルド、岡部、そして初めて見るみる浅黒い肌の将校と、長いブロンドの髪をなびかせている眼鏡の女性の将校だった。
「こいつか?昨日、神前が見たって言う……」
失礼なのをわかっていてかなめがロナルド達を指差す。
「そう言うことなら話は早い。西園寺中尉、お初にお目にかかります。私は……」
ロナルドの言葉にかなめのタレ目がすぐに殺気を帯びる。その迫力に思わずロナルドは口を噤んでしまった。
「おい!誰が中尉だ!アタシは大尉だ!」
戸惑っているロナルドだが、かなめは急に襟首に伸ばそうとした右手を止めて静かにロナルドを見つめた。いつもならすぐに殴るか蹴るか関節を極めに行く彼女が不意に手を止めたことが誠には少しばかり不自然に見えた。ロナルドは苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。
「失礼、では西園寺大尉とお呼びするべきなんですね。そして第二小隊隊長、カウラ・ベルガー大尉。運用艦『高雄』副長アイシャ・クラウゼ少佐。私が……」
「オメエ、パイロット上がりじゃねえな」
ロナルドの言葉をさえぎって、不敵な笑いを浮かべながらかなめがそう言った。
「なぜそう思うんです?」
まるでその言葉を予想していたように、ロナルドも頬の辺りに笑みを湛えている。誠にはかなめの言葉の意味がわからなかった。岡部と隣の軽そうな雰囲気の髭の将校とロナルドの雰囲気の違いなど誠にはわからなかった。だが得意げにかなめは話を続ける。
「なに、匂いだよ。カウラやうちのチビ隊長みたいに正規任務だけをこなしてきた人間にゃあつかない匂いだ。海軍ってことは『シールチーム』か?」
一呼吸置こう、そう考えているとでも言う様に、ロナルドは呼吸を置いて話し始めた。『シールチーム』アメリカ海軍の特殊部隊。誠も話は聞いていた。敵深くに軽装備で潜入して調査、探索、誘導などを主任務とする部隊の隊員として知られている。それぐらいの知識は誠にもあった。だがロナルドは相変わらず社交辞令のような笑みを絶やそうとはしない。
「それについては否定も肯定もしませんよ。規則上私の口からは言えないのでね。なんなら吉田少佐にでも調べてもらったらどうですか?彼のテクニックならペンタゴンのホストマシンに介入するくらいの芸当は出来るでしょうから」
特殊部隊上がりによく見られる態度だ。誠は以前部隊に配属された初日に警備部部長のマリア・シュバーキナに感じた違和感を思い出してようやくロナルドに感じて納得がいった。
「まあ、その口ぶりではっきり分かったわ。どことは言わんが非正規戦部隊出身の特務大尉殿か」
「旦那!俺等のわかるように話してくださいよ!」
ラテン系と思われる髭を生やした中背の中尉がロナルドの脇をつつく。そして岡部の脇からチョコチョコと眼鏡をかけたブロンドの女性将校が誠を見ている。誠が微笑みかけると、逃げるように岡部の後ろに隠れた。そこで岡部が一歩足を踏み出して誠達を見回す。
「自分が……」
「俺がフェデロ・マルケス海軍中尉。合衆国海軍強襲戦術集団出身で……」
岡部を押しのけて自己紹介を開始したフェデロだが、しらけた雰囲気に言葉を飲み込んだ。
「フェデロ。もう少し余裕を持て。それと彼がジョージ・岡部中尉だ。このフェデロとは強襲戦術集団のパイロット時代からの同期だ」
ロナルドがそう言うと静かに歩み出た岡部がかなめに向かって握手を求める。
「ジョージでいいです。まあ、このうるさいのとは強襲戦術集団の頃からの腐れ縁で……」
「腐れ縁ってなんだよ!いつもお前の無茶に付き合わされてた俺の身にもなってみろ」
小柄なフェデロはそう言うと岡部の手を引っ張る。
「それならお前が馬鹿やった席の尻拭いをさせられた回数を教えてもらいたいものだね」
にらみ合う二人。
「あのー」
そう言って話しかけてきた眼鏡の女性将校を見て、かなめの動きが止まった。
「でけえな」
かなめは一言そう言った。確かにそれは海軍の制服を着ていても分かるくらいの大きさの胸だった。隊のかなめとマリアは大きい方だが、メガネの将校の胸は何かと邪魔になるだろうと心配してしまうような大きさだった。かなめはそれを確認すると、緑のキャミソールを着ているカウラの胸に視線を持っていった。
「平たいな」
「おい、西園寺。何が言いたいんだ?」
カウラはさすがにすぐに気がついてこぶしを固めてかなめをにらみ付ける。
「カウラさん落ち着いて!」
誠が思わず二人の間に入る。眼鏡の女性将校はおびえてしまい、また岡部の後ろに下がろうとする。
「シンプソン中尉。そんなに怯えなくてもいいですよ」
ロナルドのその言葉で落ち着いたシンプソンと呼ばれた女性将校がおずおずと前に出た。
「私がレベッカ・シンプソン技術中尉です。よろしくお願いします」
レベッカは消え入るような声でそう言うと頭を下げる。かなめ、カウラ、アイシャの視線が彼女の胸に集中する。
「そんな……見られると……私……」
「外人だ!」
とつぜんのシャムの甲高い叫び声で、一同は入り口のほうを振り向いた。麦藁帽子、戦隊ヒーローの絵柄がプリントされた子供用のタンクトップを着てデニムのスカートを身にまとっている。その隣では涼しげな藍色の小袖を纏った家村春子と白いワンピースに麦わら帽子の娘の家村小夏の姿があった。
「凄いよ!外人さんだよ!ほら金髪の人!」
「おい、シャム。この眼鏡が外人ならオメエは宇宙人じゃねえか!」
かなめは冷たくはき捨てる。誠もかなめの言う通りなので苦笑いを浮かべるしかない。
「金髪ならマリアお姉さんとかエンゲルバーグとか居るでしょz?」
「でも私、この人たち会ったことないよ?」
アイシャのその言葉も、シャムには届いていない。
「もしかして……あなたがあの遼南青銅騎士団団長のナンバルゲニア中尉ですか!」
そう叫んだのはレベッカだった。彼女はそのままシャムのところまで近づくと。頭をなで始めた。
「この人、日本語うまいね」
「生まれが長崎なんですよ私」
全員がこの奇妙な組み合わせを眺めていた。
「生まれは長崎っと。それでスリーサイズは?」
シャムを押しのけていつの間にか隣に立っていた島田とキムを見てレベッカは思わず飛びのいた。
「島田ちゃん。レディーにつまらない質問するとサラに言いつけるわよ」
「それは勘弁してください。つい出来心で……」
アイシャの冷たい視線を浴びて二人は引き下がる。島田がいかにも残念そうな顔をしている。それに対して再びレベッカの前に立ったシャムは興味深そうに金髪のレベッカを観察していた。
「でも本当におっぱい大きいね!」
そう言うと手を伸ばそうとするシャムだが、かなめがその手を叩き落とす。
「シャム、餓鬼かテメエは。三馬鹿を喜ばすようなこと言うんじゃねえ!それよりオメエさんら、ただ顔見せに来たってわけか?ご苦労なこった」
せせら笑うようなかなめのいつもの表情にもロナルドはうろたえることもなかった。
「まあ嵯峨大佐にとりあえず会ってくれと言われましてね。もし馬が合わないようならそのまま遼南の海軍基地に帰ってもかまわないと言うことでしたが」
嵯峨らしい配慮である。誠はあの間抜けな顔をした部隊長がめんどくさそうに画像通信をしている場面を思い浮かべた。
「それでどうするつもりだ?帰るなら早いほうがいいぞ」
かなめがサングラスをずらして上目遣いに誠より一回り大きく見えるロナルドを見上げた。
「いえいえ、帰るなんて。なかなかいい環境のようじゃないですか。それに海軍で事前に聞いていたほど、お馬鹿な集まりじゃないと分かりましたし」
そんなロナルドの言葉にかなめは複雑な顔で黙り込む。
「そうよねえ、馬鹿なのはこの三人とかなめちゃんだけだもんね」
アイシャはそう言って島田、キム、誠を眺めている。
「アイシャ……本当にいっぺん死んで見るか?」
かなめがこぶしを握り締めてアイシャをにらみつける。アイシャはいつものようにすばやくかなめから遠ざかると誠の陰に隠れてかなめを覗き見るふりをした。
「ロナルド・スミス・Jr特務大尉……」
「ロナルドでいいですよ。カウラさん」
穏やかにロナルドからファーストネームで呼ばれたカウラが顔を赤くして下を向いた。ロナルドの余裕のある態度。それを見てカウラも気丈に長身の彼を見上げてみせる。
「ああそうだロナルド、そろそろ出かけないと出頭予定時刻に遅れるぞ!」
頑丈そうな腕で岡部がロナルドの肩をたたく。ロナルドは髪を両手で撫で付けた後静かに手を振る。
「そうだな。では本部でお会いしましょう」
ロナルドはそう言うと、軽く敬礼をして部下達を連れてロビーへと急ぐ。
「隊の形ができたってことか」
「そうか?あのラティーナにしてもただ馬鹿が増えたとしか思えねえけど」
カウラの言葉にかなめはめんどくさそうにそう答えてロナルド達が去っていったロビーへと歩いていく。
「置いてくぞ!」
振り返ったかなめの言葉に一同はようやく我に返ってロビーへ続く廊下を進んだ。




