意外な闖入者
「クラウゼ少佐。技術部と警備部と管理部。参加希望者決まりましたけど」
メモ帳を片手に入ってくるのは技術部整備班長、島田正人技術准尉だった。アイシャは彼の手からすぐにその手帳をひったくる。
「ふうん、姐さん達は行かないのね。つまんないの。お姉さんは行くのになあ」
ページをめくりながらアイシャが本当につまらなそうな顔をしていた。
姐さん達とは技術部部長で司法局実働部隊の『女王』許明華大佐と警備部部長白兵戦の『鬼』と言われるマリア・シュバーキナ少佐のことだった。誠は何度となく部下を怒鳴りつける厳しい表情の二人を目にしてまさに『姐御』と言う言葉にぴったりだとひそかに思っていた。
そしてお姉さんと呼ばれているのは運用艦『高雄』艦長、鈴木リアナ中佐のことだ。しかし現在産休中のため誠はリアナにはまだ会ったことがなかった。
『リアナさんってどういう人なんだろう?』
そう誠が思いを巡らせているところに突然紺絣に濃い紫の帯の白銀の髪をなびかせる女性がドアを開いた。
「私は健ちゃんと一緒に行くわよ。ちゃんと席、用意しといてね!」
突然の訪問者の声、誠は彼女が鈴木リアナ中佐だと直ぐにわかった。おっとりとした丸い瞳が人懐っこく見える。彼女もまた造られた兵士であるはずだが、その笑顔は誠には普通のアラサー女性にしか見えなかった。
「あなたが誠ちゃんね!」
すぐにリアナは誠を見つけるとそのまま歩み寄ってきた。産休という割にはお腹が膨らんでいる様子はない。ただ満面の笑みという言葉がぴったりのその赤い瞳が誠を捉えているばかり。誠はただ呆然と誠の両手をしっかりと握って振り回すリアナのされるがままになっていた。
「お姉さん!」
「あら、自己紹介がまだだったわね、私が鈴木リアナ。司法局実働部隊運用艦『高雄』艦長です」
「はあ……」
突然の展開に誠はただ呆然としていた。
「おい、新米。上官だぞ。敬礼は?」
ランの言葉に誠は思わず立ち上がり敬礼をする。
「自分が……この度配属になりました神前誠曹長であります」
「いいのよ、気にしなくても。ランちゃんはそう言うとこ細かいんだから。そんなこと気にしない。それより……健ちゃん!」
リアナが振り向いて叫ぶとその先に作業服を着た小太りの男が入ってくる。その手にはスイカをぶら下げている。その作業服の胸の菱のマークからして、実働部隊が隊舎を間借りしているこの土地のオーナー企業、菱川重工業の技術者であることを誠に知らせていた。
「リアナさん……安定期に入ったからってそんなにはしゃいだりしたら」
「健ちゃんは本当に心配症なんだから。これが鈴木健一。マイ・ダーリンです!」
「はあ……」
誠はただ目の前で汗をぬぐっている若干太り気味のメガネの男にただ苦笑いを浮かべるしかなかった。健一は心底善良そうな笑顔を浮かべながら手にしたスイカを差し出す。
「一応、僕が05式乙型の法術系システムの菱川重工側の開発グループのグループリーダーをしていてね。それが縁でリアナさんとは知り合ったんだけど……」
自己紹介のつもりの馴れ初めを語る彼に向けられる視線が殺気を帯びていることに誠は気づいた。独身ばかり、しかも彼氏彼女に縁のあるのはスイカを受け取ってそのまま逃げ出そうとしている島田だけ。そんな状況のところに新婚夫婦が来たらどんなことになるか。誠はここで初めて思い知った。
誠の背中に無言のトゲのある視線が突き刺さる。しかもその殺気に目の前の夫婦は全く気づいていないようだった。
「お姉さんも鈴木さんもお忙しそうですし……」
引きつった笑みを浮かべるアイシャにリアナが無邪気な笑みを浮かべた。室内の緊張感が高まっていくのを誠は悟った。とりあえず流されろ。あとはどうにかなる。誠は心の中でそう思うと少し引き気味に周りを眺めた。
「別に忙しいわけないじゃないの。ちょうどお昼を健ちゃんと一緒に工場の食堂で食べてそのままこうして寄っただけだけど……」
「はいはい。わかりました。それは仲のよろしいことで」
感情を殺すことが苦手なかなめが明らかに不機嫌そうにつぶやく。
「もしかして……羨ましいの?かなめちゃん」
アイシャの言葉にかなめがその義体の全体重を乗せてアイシャの足を踏む。
「痛いじゃないの!冗談言っただけじゃない」
そう言うとアイシャがかなめを睨みつける。二人はその視線を合わせたままジリジリと間を詰めていった。
「二人共ダメじゃないの、喧嘩なんかしちゃ。それより隊長は行かないの?って言うまでもないわね」
リアナの言葉に脱力したようにかなめは自分の席に座り込んだ。
「ああ、隊長は留守番するって話です。何でもアサルト・モジュール隊の増設の打ち合わせで手が離せないとか」
アイシャの言葉にリアナは少しばかり残念と言う表情になる。
「それじゃあ……シャムちゃんは小夏ちゃんに連絡した?」
「うん!ちゃんと予定空けてもらってるよ!」
小学生が軍服着ているようにしか見えないシャムは元気良くそう答えた。シャムとリアナのやり取りは小学校の先生と生徒のそれだ。そう思いながら誠は頬の筋肉が緩んでいくのを感じていた。