いつものお馴染みのコース
「師匠!」
あまさき屋に一同が入ると調理場から店の看板娘の家村小夏が駆け足でシャムに向かってくる。
「ナッチー!この人数、大丈夫?」
シャムが走って行き、いつものようにがっちりと抱き合う。そしてそれを見てかなめがいつも通りの生ぬるい視線で二人を見ている。なんとなくそんな不愉快そうな感じを滲み出しているのがかなめらしくて安心できる。そんな自分に笑いがこみ上げそうになる誠だった。
「ヤッホー!みんなー!」
奥のテーブルで白い長い髪の女性が手を振る。それが鈴木リアナだと誰にでもわかった。正面に座っているワイシャツのがっちりした体格の男性はリアナの夫、鈴木健一だった。そしてその隣には技術部小火器管理主任のキム・ジュンヒ少尉と運行部でアイシャの副長昇格で正操舵手となったエダ・ラクール少尉がたこ焼きをつついていた。
「言っとくが、奢るのはお前らだけだぞ」
言葉はきついがかなめの表情はどこかしら余裕があった。アイシャは少しばかり狙いが違ったという顔をしながら店に入る。
「アイシャちゃん!こっちよ!」
リアナがまた手を振った。そしてその隣では健一が照れ笑いを浮かべている。
「ワイワイやろうや。このテーブル良いんだろ?」
そう言うとかなめが四人がけのテーブルを確保する。そしてそのまま隣に誠を座らせたので、意地になったアイシャが誠の正面に、成り行きでカウラはその隣に座っていた。
「そう言えば、神前君。君、理科大だろ?」
健一は笑顔で誠の母校、東都理科大の通称を言った。
「ええ、まあ……鈴木さんも?」
誠も久しぶりに聞く母校の難関理系大学の名前を聞いて笑みを浮かべる。
「ああ、工学部の電子工学科だ。君は?」
「機械工学です」
「そうか……」
「菱川重工はOBが多いですからね」
誠の席から正面に見える妻に健一はそう言うと満足げにリアナは頷いた。そんな中、かなめは何か小声で小夏と話をしていた。
「まあね。特機開発三課、今はうちの担当は次期主力アサルト・モジュール予定機の09型の法術戦想定のタイプの開発中さ」
そう言うとこの店の女将の家村春子が運んできた二皿のたこ焼きを手に取る。リアナの前に一皿を置くと、春子に開いたジョッキを手渡してお代わりを頼む。
「しかし、君のデータは実に興味深いよ。正直、あのサーベルは法術効率が悪すぎて、僕は実戦投入には反対したんだがね。それを見事に使いこなす力は大したものだ。あれくらい活用してくれると開発者冥利に尽きるというものだよ」
誠はふと気付いてかなめの方を見た。明らかに今日の機嫌の良さが消えていた。その顔には明らかに『仕事の話はするな』と脅迫してくるようないつもの凄みがある。
「かなめちゃん、なに膨れてるのよ。神前君のことは一番わかってるのはかなめちゃんなんだから、健一君にもっと教えてあげてよ」
リアナはかなめが少し寂しそうにしているのに気がついてかなめに声をかけた。
「はあ、まあアタシよりもカウラの方が良いんじゃないですか?」
少し斜に構えたような言葉尻に少しばかりアイシャが困ったような顔をしているのが誠から見えた。
「でもかなめちゃんは二番機担当でしょ?一隊員として接するのと隊長として接するのは違うと思うの」
フォローのつもりでか、リアナの言葉に再びやる気が起きたようにかなめは顔を上げる。
「隊長のカウラの方が分かってるんじゃないですか?神前を」
小夏が付き出しを持って来た。彼女もまたかなめにいつもの噛み付くような視線で睨まれる事も無い事に驚いているように誠には見えた。
「ご注文は?」
「おい、アイシャ。オメエが選びな」
小鉢を配っていた小夏がその言葉に目を丸くする。カウンターの向こうの女将の春子と料理長の老人、源さんも目を丸くしている。
「いいのね?」
アイシャは比較的早く冷静さを取り戻していた。それ以前にこれが彼女の狙っていた状況だった。誠から見てもアイシャの脳がすばやく計算を始めているのが良くわかった。
「二言はねえよ!好きなの頼みな。とりあえずアタシはいつもの奴だ」
隣のテーブルで様子を覗っていたキムとエダが不思議そうに誠達のテーブルを覗き込んでいる。すぐさまカウンターにホワイトラムのボトルが並び、小夏がそそくさとグラスとボトルを運ぶ。
「なんだよ。頼めよアイシャ」
一人、かなめは手酌でグラスにラム酒を注ぐ。さすがにここに来て異変に気付いたのか、リアナ夫妻は驚いた表情でかなめを見守る。
誠は雰囲気を察してかなめを観察した。タレ目の目じりがさらに下がっている。島田が『西園寺大尉ってエロイよな……巨乳でたれ目ってなんかそそる』と下士官寮で話していたのを思い出して今のかなめを見てみる。何となく島田の言葉に誠も納得していた。
「いいから頼め、頼め」
「ほんとにいいの?じゃあ……」
アイシャは小夏に手招きする。察した小夏は小声でささやくようにして注文するアイシャの言葉を聞きながら手元の帳面に注文を書きつけていた。
「それにしても……夏か。これで部隊での夏は二回目だな」
かなめはラムをちびちびやりながら話を続ける。
「そうね……でも本当にかなめちゃん変よ」
「そんなことねえだろ」
注文を終えて小夏が運んできたおしぼりで手を拭きながらつぶやくアイシャにかなめは笑顔で答えた。
すぐに小夏の母で女将の春子がジョッキのビールを運んできた。
「はい!焼きそば」
いつの間にか誠の後ろに立っていた小夏が注文の品を運んでくる。
「シャムちゃんが大好きな大たこ焼きよ」
春子は巨大なたこ焼きの並んだ皿をシャムに渡す。飽きた猫耳を外して、ちょろちょろ落ち着かない表情だったシャムの顔が満面の笑みに変わる。
「たこ焼き!たこ焼き!」
そのまま嬉しそうにシャムはたこ焼きに飛びつく。そんなシャムを見つめながらどこか腑に落ちない顔のアイシャが見える。
かなめは飲み続けていた。少しばかり頬が赤く染まっているのは体内プラントのアルコール分解速度を落としているからだろう。だが、かなめはそんなことはまったく自覚していない様に見えた。誠はかなめが酔いたい気分なのだと確信した。理由は特に無いがとりあえず気分的にはハイなんだろう。人口副交感神経のなせる業に少しばかり誠は感心していた。
「まあたまにはこういうこともあるんだよ。それにお前と違って金の使い方は計算してるからな。お前らどうせアニメグッズ買いすぎて金がねえだろうから気を利かせたわけだ」
そう言うとかなめは勢いよく焼きそばに取り掛かった。なんとなく納得できるようなできないようなあいまいな答えに一同はあいまいな笑みを浮かべていた。アイシャもその後にどう言葉を続けようか迷っているようだった。
「かなめちゃんの奢りなんだ。いいなあ」
リアナがうらやましそうにかなめの方を見つめる。正面でジョッキを傾ける健一はリアナにそういわれて流れで頷く。
「奢りませんよ!」
とりあえずこの話題から逃げたいというようにかなめは苦笑いを浮かべながらそう言った。しかし、その目は深い意味などないというように彼女の箸はすぐ焼きそばに向かった。
その時急に店の電気が落ちる。そして突然ついたスポットライトの中にはいつの間にかシャムと小夏の姿があった。
「小夏!」
「アンド、シャム!」
『踊りまーす!』
よく見ると二人はおそろいの猫耳と尻尾をつけている。前触れの無い出来事に全員が唖然としてその姿を見守っていた。急に店の奥から電波ソングが流れる。シャムと小夏。小柄なシャムの方がまるで妹に見える奇妙な光景だった。
「行けー!」
アイシャが叫ぶとシャムと小夏が腰を振ってこれまた電波な踊りを始める。はたから見れば奇妙な光景だが、健一は何度か見慣れているらしく拍手をしながら笑顔で見守っている。
「どうだ?萌え評論家の神前誠君」
ニヤ付きながらかなめが話しかけてくる。いつもならこういうドサクサは見逃さない彼女が誠のグラスに細工をするわけでもなく、ただ笑いながら誠の顔を覗き込んでいる。
「これは実に萌えですね。猫耳万歳です」
『みなさーん!ありがとう!』
ひと踊り終わるとシャムと小夏がぺこりと頭を下げる。そしてあまり長くない電波ソングライブは終わった。
「猫耳か……」
ポツリとカウラが呟いた。
「なに?カウラちゃんも猫耳つける?」
カウラは不思議そうにアイシャを見つめ返す。その姿は自分が猫耳をつけたときを想像しているように誠には見えた。
「私はそういうことには向かない」
しばらく真剣に考えた後、カウラはそう言うといつもどおりウーロン茶を飲み始める。
「確かにテメエにゃ無理だ。キャラじゃねえ」
「それじゃあかなめちゃんがやったら?」
アイシャがそう振ったとき、いつもならかなめの怒鳴り声が飛んでくるところが別に何も起きなかった。
「やっぱりかなめちゃん変よねえ」
首を傾げるリアナ。一同は彼女がろくでもないことを言ってかなめの機嫌を損ねるのではないかとはらはらしながらその白い長い髪を眺めていた。