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ことの起こりは

「すいませーん!皆さん!みんなで海に行く事になったんで!」 


 澄んだ、どこまでも澄んだ女性の声が部屋に響いた。


 いつものように遼州同盟司法局実働部隊機動兵器『アサルト・モジュール』パイロットの詰め所は節電の為に薄暗い照明があるばかりである。隊の草野球チームの投球練習中にボールをぶつけた警邏用車両の修理費の請求書を書いていた神前誠しんぜんまこと曹長は思わず顔を上げた。


 声を発したのは紺色の長い髪と、ワイシャツに銀のラインが入った東和陸軍佐官用夏服の女性だった。司法局実働部隊一と自他とも認めるオタク、運用艦『高雄』の艦長代行、アイシャ・クラウゼ少佐である。彼女は満面の笑みを浮かべてドアを開けて立っていた。後ろには唖然とした表情の操舵手サラ・グリファン中尉と管制官パーラ・ラビロフ中尉が立ち尽くしている。


 三人の人間的な豊かな表情を浮かべている。彼女たちがかつて遼州星系外惑星の大国ゲルパルトで製造された人造兵士『ラストバタリオン』だということは、その自然ではありえない紺や赤やピンクの髪の色以外では知ることはできない。


「それよりアイシャ。お前、艦長研修終わったのか?」 


 そう突っ込んだのは誠の隣のデスクの主だった。司法局実働部隊第二小隊二番機パイロット、西園寺かなめ大尉が肩の辺りの髪の毛を気にしながら呆れたようにつぶやく。半袖の夏季士官夏用勤務服から伸びている腕には、人工皮膚の結合部がはっきりと見えて、彼女がサイボーグであることを示していた。


 いつもの事とは言え、突然のアイシャの発言。それを挑発するかなめの言葉は同じ第二小隊所属の下士官である誠をあわてさせるに十分だった。


「終わったわよ!そして先程、隊長室で正式に『高雄』副長を拝命しました!」 


 そう言うと手にしていたバッグを開く。アイシャの入室時の突拍子もない一言に呆然としていた第二小隊の小隊長、カウラ・ベルガー大尉が緑のポニーテールを冷房の空気の中になびかせて立ち上がる。ニヤニヤ笑いながらそのそばまで行ったアイシャが取り出した辞令をカウラに見せつけた。


「ようやく空席が埋まったということか。アイシャの判断は的確だ。特に問題にはならないだろう」 


 カウラは喜んでいいのか呆れるべきなのか判断しかねたような困った表情でアイシャの得意顔を見つめる。しかしそのままアイシャがニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくるのでカウラは少しばかり後ずさった。


「カウラちゃん!あなた『近藤事件』の時、誠ちゃんに『一緒に海に行って!』て言ってたそうじゃないの……」 


 アイシャの一言は実働部隊の他の隊員の耳も刺激することになった。一同の視線は自然と頬を赤らめて照れるカウラへと向けられた。


「それは……」 


 カウラは口ごもる。見事なエメラルドグリーンの髪を頭の後ろで結んでポニーテールにしている彼女もまた『ラストばタリオン』である。比較的表情が希薄なところから彼女は少し人造人間らしく見えた。そんなカウラが珍しく顔を赤らめ羞恥の表情を浮かべている。


 誠はそんなカウラを見ながら冷や汗をかきながら机に突っ伏した。


 先月、配属になったばかりの誠はすぐに実戦を経験することになった。


 遼州星系第四惑星を領有する国家、『胡州帝国』の貴族主義者の金庫番、近藤忠久中佐によるクーデター未遂事件があった。遼州同盟司法局実働部隊隊長、嵯峨惟基特務大佐は奇襲作戦を仕掛け、数に勝る決起軍を撃破した。その作戦中の緊張感を思い出しながら誠はカウラの横顔を眺めた。


 気丈な性格、それでいてどこかはかなげで、目を離せばどこかへ消えてしまいそうな印象のあるカウラとの約束。思い出すと恥ずかしくてどこかに消えてしまいたいような気分になる。


 満足げに誠の隣まで歩み寄ってきたアイシャの姿を見ると、机の上で書類の束にハンコを押していた小学校低学年にしか見えない実働部隊副長クバルカ・ラン中佐はそのまま立ち上がった。部隊のシステム統括である吉田俊平少佐はランと一緒に出来るだけ会話に参加しないように部屋の隅へと移動した。


 二人ともアイシャの妄想話を勝手に広められた被害者である。東和国防省の女性職員の間ではランは『フィギュアのランちゃん』として常に人形を隠し持って事あるごとに独り言をつぶやいている幼女として、吉田も技術部の下っ端達をいびり続けるスーパーサディストと言う根も葉もない噂が広まっていた。


 実働部隊副隊長にして第一小隊隊長の肩書きも、精鋭司法局実働部隊第一小隊の電子戦のプロフェッショナルの技量もアイシャの前では無意味だった。アイシャの面白ければそれでいいと言う人間スピーカーぶりにこれ以上悪名をとどろかせたくない。逃げていく二人を見ている誠にも彼らの本音が見て取れた。


「実はね、これは先週のコミケの慰労会も兼ねてるわけよ。今回は一人五千円の持ち出しで済んだし……真面目に売り子お疲れ様でしたということで」 


「それならアタシは無関係だな?」 


 ランが小声でつぶやくが、アイシャの視線が自分に向いていることを感じるとすぐに目をそらした。


「じゃあ、実働部隊は全員参加でいいわね!」 


 そう言うとアイシャは部屋の隅に固まっている二人を見つめる。


「俺は行かんぞ!絶対行かないからな!」 


 叫んだのは吉田だった。


 悪戯好きで知られる彼がこんなにうろたえているのはなぜだろう。誠は不思議に思った。


「えー!俊平行かないの!」 


 アイシャの後ろから顔を出したのは、小柄を通り越して幼く見える第一小隊二番機パイロット、ナンバルゲニア・シャムラード中尉だった。見かけは子供、言動は幼児な彼女だが、東和軍の教本にも名前が乗っているエースとして遼南内戦を戦い抜いたパイロットである。


 誠も彼女を仮想敵として対戦するシミュレータで実践までの間トレーニングを積んだが、一回やればシャムがエースと呼ばれる存在であることが嫌でもわかった。


「シャム、お前な。去年お前らが俺に何をしたか覚えているのか?」 


 吉田が珍しく真剣な眼差しでシャムを見つめる。珍しい光景に誠は目を見張った。シャムはしばらく首をひねって何かを思い出すような格好をして固まる。


「なんだ。ただ簀巻きにしてクルーザーで引き回しただけでしょ?」 


 アイシャの一言に誠は呆れ返ってシャムに目をやった。


「ああ、そうだったね!楽しかったね!」


「まああれだ、オメエの体は軍用義体だからな。ちゃんと酸素吸入用のポンプもつけてやったじゃねえか」


 今度はかなめは時々彼女が見せる典型的なサディスティックな表情を浮かべてつぶやいた。


 司法局は常識が通用しないところだ。そのことは誠も配属されて一ヶ月と少し居るだけだがよくわかっていた。吉田をクルーザーで引き回す位のことは平気でやる連中である。誠もこのことに関しては吉田に同情せざるを得なかった。



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