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妹とのコミュニケーションは大切

「ねえお兄ちゃん…宿題手伝ってぇ…」


いわゆる猫なで声というやつで、妹が話しかけてくる。見え透いた媚び媚びの浅ましさというものが、むしろ心地よい気もしてきた。実はこの妹の症状、夜になると発症する、いつものものなのだ。

彼女が言うシュクダイとやらがそれほど苛烈なものかと言えば、正直全くだ。三十分もかからないうえに、難度もさほどの頭に優しいもの。それを手伝うだなんて、正直面倒くさい。

何故なら今は風呂前の日課、筋トレ中だからだ。毎日命が脅かされる俺にとって、筋肉の有無は死活問題に発展する。だから、妹を手伝ってやる義理はない。


「それくらい自分でやれ。中学二年じゃ絶対解けない難問なら仕方ないが、お前の場合そうじゃないだろ。」


「よしてよ兄貴。ハンドグリップのトレーニングなんて、勉強教えながらだって出来るだろ?」


「俺に余裕がある事と、お前にその余裕を使ってやる事、直結するものかよ。」


「その選択、バッドだね。あーあ、あたしの中の兄貴の印象が変わりそうだ!」


「別に構わん。が、それ以上しつこいと、お前の部屋でバルサン焚いてやるからな。」


この脅しがよほどこたえたか、妹はしぶしぶ俺の部屋を出て行った。別に、俺が手伝ったらあいつのためにならないとか、そんな事ではない。

俺の妹はそんなに馬鹿じゃない。自分のためにならないなんてリスクは承知の上だろう。その上で、楽をするというメリットを天秤にかけた結果、メリットがデメリットを上まっただけで。


宿題を手伝ってやることに、俺は何の躊躇(ちゅうちょ)も無いのだが、それなら何故手伝ってやらなかったんだと言えば、前に言った通りだ。


俺にとって筋トレは非常に重要である。先程の様子を見れば分かるように、いつ妹がノックもなしに、俺の部屋の扉を開けるか分からない。

ざっくりと言えば、早寝早起きを欠かさない俺からすれば、自家発電が非常に難しいのだ。筋トレはそういったことで溜まってくる性欲を発散するために欠かせない。


俺の場合、ある程度の目安をつけてはいるものの、翌日が祝日である金曜日はその限りではない。例えば腕立て100回だとか、腹筋200回だとか、そういうタイプではない。とにかく限界までやる。

おかげで休日は結構満身創痍(まんしんそうい)だったりするが、夏休みにそういう事をたっぷりとしたおかげで、前よりも格段に余裕をもって対処が出来るようになった。


彼女達の行動も結構変わってきている。前はコードで首を絞めて殺そうとしてきた事もあったが、その方法は無駄だと悟ったか、今では刃物を主軸に行動してくるようになった。もっと無駄な行動をしてくれた方がありがたいのだが、そうはいかないようだ。

常に戦場にいるかのように立ち回ってきたので、筋トレにいっそう励んだ事も手伝って、病気になる前よりずっと強くなった事は間違いない。強くなったからどうなんだという話だが、その点は病気に感謝してもいいかもしれない。ちょっとだけ。


「なあ兄貴ぃ…宿題ヘルプミー…」


すると妹がほとんど時間が経っていないのに、俺に泣きついてきた。何度来たところで、俺は嫌なのだ。


「はいバルサン」


「そんなことしてみろ!兄貴の部屋にもバルサるからな!」


バルサるってなんだよ…


「ゴキブリのキリちゃんは面倒事をなくすためのコラテラルダメージになったから。」


「す、捨てるってのか…!兄貴は目的のためなら何をも捨てるって言うのかっ…!」


「それほどだと言ってるんだ!お前が俺の邪魔をするという意味がなぁ!」


「それでも退けない時がある!今がまさにぃ!」


「そうこなくてはなぁ!」


妹のノリに乗ってしまったか、床を思い切り踏み鳴らしてしまった。テンションがかなり上がっているのだろう。


「決着をつけるぞ兄貴!リビングだ!そこで全ては終わる!」


年が割と近いからか、こういう口論になる事は良くある。そういう時の決着はだいたい決まっている。リビングに置いてある、ゲームの勝敗で全てを決める。

己の信念を懸けた決闘というものは、実に原初的で神聖であるが、この決着の方法もそれに準ずるものだと俺は思う。


「あたしのわがままだ…何かは兄貴に委ねるぜ!」


「ならばこれよ!」


「…レーシングゲーム…」


「それもファミリー向けでは無し、最新のものでも無し!一世代も二世代も前のものだ!耐えられまいこのポリゴンの荒さにはよ!」


「年齢が経験と、甘く見たか兄貴!悪いがこの程度、むしろ新鮮で良いだろうに!」


「威勢が良いがいつまでもつかな…?それじゃあ俺はこの車を選ぶぜ。」


「あたしはこいつだ。さあ、レースを始めようぜ?」


「コースはオーソドックスにいくぜ、実力が出るってもんだ。そうじゃなきゃなあ!」


「高ぶってくるってもんだぜ…!」


こういう事は良くある。俺のテンションが高いと、妹が中二という事も相まって、会話に歯止めが効かなくなり、お互いのフィールを好き放題にぶつけ合う。深夜のテンションと言えば想像しやすいだろうか?今は深夜ではないが。


「さあ来たぜシグナルがよ…始まりを鳴らす鐘だ…!」


「青が…来た…!」


「…ちぃっ!」


しまった、出遅れた。俺と妹のゲームの腕はほぼ互角。僅かな差が命取りとなる。


「舐めるなよ、妹風情がぁ!これだ!このドリフト!」


「はっ…攻めすぎだ!いずれ枯れる!」


「違うねえ…見ろ今を!俺が前だ!一馬身、それで十分、セーフティリードだ!」


「慢心とは珍しいぜ兄貴ぃ!ドリフトが膨らんでるってんだよぉ!」


「野郎…!俺のインを!」


「抜いたぜ兄貴!ゴールは目の前だ!」


「油断などぉ!」


「にっ!?あたしに並びやがった!」


「兄という壁は超えられんという事を教えてやるってんだよぉ!」


「なら今、今日超えるだけの話だぁ!」


残すは僅かな一直線。ゴールはまさにすぐそこ。一進一退の攻防も、まさに終わりを告げようとしていた。果たして勝利の栄光は誰の手に………




………………………………………………


「いやー、ほんと兄貴が手伝ってくれると(はかど)るなー!」


「おい…なんだこの量は…」


「いやー、それ夏休みの宿題!家に忘れてきたってずっと言ってたら月曜絶対持って来いって言われちゃって!」


結果は言うまでもあるまい。僅かの差で俺の負けである。あんなに楽しかったゲームも、思い返せば腹立たしい。それもこれもこの異常なまでの量のせいだ。ヘラヘラ笑いやがって、憎らしいったらありゃしない。


「くぬう…なんで俺がお前の夏休みのツケまで払わにゃならんのだ…!」


「許してチョコラテ!」


「…………!!」


妹に殺意が湧いたのは、これが初めての事であった。


そして翌日の日曜。この日も俺は、貴重な休日を妹の尻拭いに使わされた。宿題をやらないだけならまだ良いが、他の人間に手伝わせるとはどういう了見だ。

だが妹も、とても一生懸命に宿題に取り組んでいたため、俺も仕方なく手伝ってやった。しかしそういうやる気は夏休み中に見せて欲しかった。が、まあ妹とのゲームは楽しかったので、これはそのお礼と思おう。


思ったところで、腹立たしいのに変わりはないが。

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