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二次元に恋した男

ふう。いやしかし、今日は実に災難だった。

俺は向島と知り合ったあの後、随分と久方ぶりに同級生の雫と帰った。危険ではあるが、しかし試したいこともある。その試したいことと言うと、顔が隠れている状態で顔を合わせたらどうなるか?というものである。


俺は帰り道に早速カバンからコスプレ用の鉄仮面を取り出し(この鉄仮面が死ぬほどスペースをとる。おかげで教科書が入らず、しかし新たにカバンを用意するのも何だか面倒くさいので、教科書達には尊い犠牲となってもらった。だがしかし俺は勉強も出来るので、三回くらい先の範囲なら、だいたいその内容は頭に入っている。支障は特に無かったというわけだ。)そして顔を合わせてみる。さあ、どうくる。

すると彼女は足元にあった石を蹴り上げ、首を狙ってくる。筋力こそないものの、殺しに来る時の動きは洗練されているため、なかなか油断出来ない。すぐさまかわすと、その先には待っていましたといわんばかりに目潰しの二本指。咄嗟の奇襲にのけぞってかわしたため、目のところをガードしていた自家製メッシュがめくれてしまった。ただ、これは楽々と掴む。攻めが安直、それに視界を遮っていた暗闇メッシュが消えたのだ。この程度は慣れたものである。


人通りが少ない道に差し掛かった時のもう一度の奇襲は少し肝を冷やしたものだ。なんせ今度は石で股間を狙ってきたのだから。まあ、素手で叩き落としたのだが。おかげで手がめっちゃ痛い。

災難続き…というか、当然の結果のような気もするが、とにかく悲しい結末となってしまった。まあ、久しぶりに雫と帰った気もするし、彼女も楽しそうだったので良いとしよう。好感度がちっとも下がっていないが、まあ彼女の好感度なんて下がる気配もないし、今はいいや。


まあ今日は新たな一歩で盛大にずっこけたのだ。気分も落ち込むというもの。幸い明日は休日だ。久しぶりに外で食事でもしてみるか。襲われるのを覚悟の上で。

ただまあそんなことは杞憂というものだ。安心してほしい。襲われるなんてレアケース、せいぜい三回に一回くらいなものだ。日にちが変わり、待ってましたと勇み足で出かけたが、襲われる事なく無事に店まで辿り着いた。安くて美味い、近所のラーメン屋である。ここには何度か通っている。豚骨スープが有名ないい店だ。少々、どころかかなり味が濃いのがネックではあるが、そこがまた美味しかったりもする。


店に入ると、昼時だからかほぼ満席だ。この店はさほど大きくなく、少々古い感じの内装をしている。テーブルは空いておらず、カウンターが一席だけ空いていたので、そこに座る。端の席だ。

ただ、隣からどうも威圧感というか、圧迫感を感じてしまう。隣の席の人の後ろ姿を見たが、何と言うか、横に長い。早い話がかなり太っている。これが赤の他人なら別に気にする事は何もないのだが、しかしその後ろ姿、見覚えがある。


「おや…貴殿は志賀峰彼方殿ではありませぬか。」


隣の人物が話しかけてくる。友人とまではいかないが、彼はクラスメートの大宮おおみや 太斗たいと。全く話した記憶がない。彼のメガネがラーメンの湯気で見事に曇っている。


「やあ、奇遇だな。」


「まさか貴殿のような御仁がこの店に来るとはその慧眼(けいがん)、見事という他ありませぬな。この店にはよく来られる?」


「たまに、かな。」


「そうでござるか。拙者もこの店の味に惚れてしまっているのでござる。…ささ、拙者に構わず注文をば。」


「そうだな、それじゃあ豚骨並でお願いしまーす。」


厨房から店員の元気のいい返事が聞こえてきた。しかしこの男、案外しっかりと話すんだな。教室ではほとんど喋らないから、なんだか新鮮な驚きだ。

俺がラーメンが来るのを退屈そうに待っているのを察したが故か、彼が話しかけてくる。


「しかしどうも貴殿は不思議でござるな。樋山殿と恋仲にはとても思えませぬ。」


「事実そういう関係じゃないしな。」


「あれほど樋山殿からアプローチされているにも、でござるか?」


「ああ。」


雫とそういう関係になりたくとも、顔も合わせられない二人がカップルと呼べるのかどうか、という話だ。


「…もしや貴殿も拙者と同じでござるか?」


「同じって…!」


まあ、俺と同じ病なんて、ほとんどありえないのだが。いるなら会ってみたい。


「うむ…これを。」


「これは…何だ?」


彼が見せてきたのは、スマホの待ち受け。そこにはそう、満面の笑みを(たずさ)えた、いわゆる二次元の女性キャラの画像があった。


「実は拙者…彼女に本気で恋をしてしまったようで…!あれほど好きだった美少女がたくさん出てくるアニメも、彼女の事を考えるだけで、ロクに見られなくなってしまったのでござる…!彼女のグッズを集めども集めどもこの胸の空洞、埋める事かなわず…もはや他の女に目を向ける暇など無いのでござる…!」


「そ、そうなのか…」


「カップル達を見ても妬ましいとは毛ほども思わずとも、しかし恋した彼女と一緒に手を繋いで歩きたいという拙者の(はかな)い夢、到底叶わぬと思うと、羨ましいという気持ちが次から次へと止まらぬ次第…!」


こいつ結構ピュアなんだな…というかちょっと泣いてないか!?感受性が豊かすぎるだろ…


「お、俺はそういう感じじゃないかな…」


「…失敬、熱くなってしまった。ラーメンが来ているでござる。ささ、なるべく冷めないうちに。」


そう言って彼は涙とメガネを拭くと、残ったラーメンのスープを全て飲みほし、素早く会計を済ませて店を去っていった。その(物理的に)大きな背中には、哀愁を感じた。戦地に(おもむ)くような、一般兵の背中である。まるで、そう、誰かに話すことで、それが実らぬ恋だと再確認したかのような…事実、彼は最後に、現実に引き戻されたかのような、はっとした表情を見せた。


俺は味わう暇もないくらいにラーメンを食べ、彼と同じく素早く店を出た。もしかしたら彼を滑稽(こっけい)だと笑う人間もいるかもしれない。しかし俺はそうと思えない。話を聞く限り、彼は純粋で、本気だと感じた。それを笑うなどと、そのほうがどうかしている。愛には色々なカタチがあるとはよく聞くが、彼もまたそうなのだろう。

ラーメンの味は記憶に残らなかったが、しかし久しぶりに外出して良かった。

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