彼か彼女か
皆さんは学校の時の昼食はどうしていただろうか?教室で家族の作ってくれた弁当を食べていたろうか?食堂でパンを買ったりしただろうか?それとも給食だっただろうか?
食事の時の人数は?たくさんの友達と共に、にぎやかな食事を楽しんでいただろうか?それとも空間の片隅で、一人で食事をしていただろうか?
俺は確かに一人で食事をするが、寂しさとは無縁のものだ。俺はいつも高校の屋上で食事をしている。屋上には雄大で美しい空が広がるのみで、そこには雑音、喧騒なんて何もない。屋上には誰もいないのだ。モノを食べる時は誰にも邪魔されず、 自由で救われていなきゃダメなんだ、というような事をどこかで聞いたことがあるが、俺は前から一人の食事が好きだった。とりわけ屋上という空間は良かった。空が広がっていき、風が身体をなでる。一人であるが故に、自然をあるがままに感じることが出来る。
では何故屋上に誰もいないのか?それは、学校が屋上に入る事を禁じているからだ。許可をとらないと入れないし、屋上へ続く階段にはロープというか仕切りが立ちはだかっているし、それに何よりカギがかかっているのだ。全くどうだこの厳重さは。まるで入ったら容赦はしない、いつでも退学にしてやろうなどと言わんばかりである。事実、屋上に無断で入ったら退学という張り紙が、学校中に貼られている。しかし俺にとって屋上は、退学という選択肢を痛いほど目に入れてもなお、依然として魅力的な空間なのだ。退学など、あの麗しき屋上を使えなくなる事に比べたら、恐るるに足らず。
カギがかかった屋上への扉は、己の腕一つでこじ開ける。早い話がピッキングである。最初は本当に偶然だった。まさに神が俺に味方したかのように、即座に成功した。もしかしたらその時の分のツケが、今に巡り巡ってきたのかもしれない。そう、最初の一発でさらりと開け、屋上のその空気に惚れ、またここに来ようと思ったまでは実にスムーズだった。だがどうだ。さすがは学校の施設というべきか、それ以降全く上手くいかない。そこで俺は夏休みの期間中練習に練習を重ね、ついにはもはやプロの強盗かと思うほどに、ピッキングが上手くなったのだ。俺にとって青春とは、部活で汗を流すのでもなく、受験に備え勉強に励むのでもなく、もしかしたらピッキングだったのかもしれない。
ただこれはしっかりと犯罪的行為、あるいは犯罪そのものなので、真似をしないでほしい。ただ抑圧されてもなお、あの屋上は光り輝く眩しい空間なのだ。この行為で罪の十字架を一生背負えと言われても、俺は怯むことなく背負っていく覚悟は十分にある。
さて、そんなにも俺の好きな屋上なのだが、しかし今日は何かおかしい。拭いきれない違和感を感じる。鍵が、開いているのだ。いや、壊れてはいない。鮮やかなお手並みである。俺は用意しようとしていたピッキングツールを再び隠し、今までにない緊張と共に、屋上の扉を開いた。
「……驚いたね、まさか、ここに人が来るだなんて……」
そこに居たのは、何と言ったらいいものか、何とも言い難いが、とにかくまるで人形のように綺麗な美少女のような顔と、華奢な体、女子のような、透き通る高い声…だがしかし、その服はうちの女子生徒の制服ではなく、スカートなどではなく足を完全に隠した、男子生徒の制服だった。男なのだろうが、もしかしたら男装が趣味で、男子生徒の制服を着て学校に来ている女子というスマッシュヒットの可能性もある。
「いつも、ここに来ているの?」
俺が男か女か分からず混乱していると、突如向こうから話しかけてきた。
「あ、ああ…そっちもかい?」
「たまに、かな。本当に久しぶりだよ。」
「そっか…でも、どうやって入ったんだ?」
「鍵屋の息子だからね。そっちこそどうやって?」
「君と同じだよ。」
息子、という言葉に安堵する。これなら命を狙われる心配は…いや、安心してはいけない。ここは思い切って聞いてみる。
「君さ、ホモっ気があったりする?」
「え゛っ、どうしたの突然!?わ、悪いけど僕そういうのはちょっと…」
「いや、それなら良かったよ。安心した。」
「…別にこんな見た目だけどさ、普通に男だからね…?」
じとっとした目で見られる。確かに失礼な発言しかしていない。気分を害しても、それは実に当たり前で自然なことだろう。ただ、彼女…ではなく彼は、足元に置いてあった、小さく装飾もほとんどない弁当箱を拾い上げた。
「まあ、この弁当を試食してくれれば許してあげるよ!」
その発言。目に見えて恐ろしい。それではまるでその弁当に、味の保障が無いように聞こえてしまう。爆破実験に俺を使わないで欲しい。
と、そうした俺の心境が顔に出てしまったのか、彼は笑い出した。
「大丈夫、ちゃんと試食済みだからさ。僕は料理が趣味だからね、この弁当も僕が作ったんだ。ただ他の人の感想も聞きたい。それだけだよ。」
そう言って彼が弁当箱のふたを開けると、何だか美味しそうな香りがしてきた。それにその中身!色とりどりに、野菜やらご飯やら肉やらが、小さな容器に所狭しと詰まっている。何だか見るだけでよだれが出てくる。
「好きなの食べていいよ。」
そう言われると迷う。ようし、ここはこのから揚げにでもしようか。昼食用にと買っていた、両手で持っていたコンビニのお握りを片手で二個持つように変え、右手でひょいとから揚げを口に入れる。
「…美味い!」
いや、本当に美味い。揚げたてでは無いからか、カリカリだとかサクサク感はそれほど無いものの、それを補って余りあるこの美味さといったらない。何だがスパイシーで…そう、アクセントとしての辛さで…どうも上手く伝えられないが、とにかく珍しい味のから揚げではないだろうか。
「そっか、良かった!レシピ通りに作るのには飽きちゃったし、自分流のアレンジを加えるのにハマっているんだけど…やっぱり他の人の感想は良いね。励みになるよ。」
「役に立てたなら何よりだよ。」
「…僕は向島 照。照でいいよ。君は志賀峰彼方でしょ?」
「知ってるのか?」
「まあね。この学校で知らない人の方が少ないと思うけどね。悪い意味で目立ってるからさ。」
それは何よりだ。先に気狂いという悪名が知れ渡っておけば、俺に惚れるという酔狂な(いや、このイケメンならば仕方ないのかもしれないが)女にけん制の一撃をお見舞いしてやる事になる。地道な努力が己を助けるものだ、という事か。
「でも良かったよ、噂よりずっとね。」
「…女子がいなければ俺はマトモさ。」
「…ふーん、君の方がホモっ気あるんじゃないの?」
「無いって。」
冗談ではない。このままの生活を続けていると、本当になってしまうかも。それはどうなんだろうか。そもそもこの病気は男にも影響するのだろうか。それはまだ分からない。