表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

後輩も核地雷

察しのいい人なら気づいたかもしれないが、前書きで言っていたモテるだとかモテないだとか。あれは全て過去の栄光である。現在の俺は度重なる奇行でおかしくなってしまった可哀想な人という固定観念が確立しており、ほとんどの生徒からの評価は地に落ちた。…ほとんど、という事は、評価が変わらぬ人間もいるわけで。


そうそう、学校の授業中は割と平和である。奴らは顔を合わせない限りは襲ってくることはない。そう、襲ってこないのだ、人がいる時は。人がいない場合、これがまずい。実にまずくてたまらない。俺を視認しただけで殺しにくるのは考え物ではないだろうか。ただもちろん、襲ってくるのは一度だけで、そこを凌げば一日の間はとっても可愛い女の子になるのだ(顔を合わせると殺しにくるのは注意)。もしそんな条件がなければ、俺はとっくに自宅に籠城していたことだろう。


そういうわけで、残念なことに俺はすぐに下校出来ない。これがまた厄介なことに、俺の家は路地裏にあり、そこに雫(同級生の女の子)も付いてくる。彼女は途中まで俺と同じ道なのだ(俺の方がすぐに家だが)。雫と二人きりとはどういう事だろうか?もうまずい。サイコキラーと二人きりだなんて、誰が望んでなるというのだ?そういう事を彼女に言うわけにはいかないので、彼女には用事があると言っており、先に帰ってもらっている。イケメン心遣い。こういうところなのだろうな、やはり。


殺りにくる時は、近くの武器になりそうなものを使って殺しに来る。外で襲われるのはまずい。石なんかで来られるとなんとも恐ろしい話だ。本当に外は、というか人目のない所は戦場の覚悟で望まないと不味いのである。


日が沈みかけるまでは図書室にこもる。適度に人がいてありがたいことこの上なく、まさに核シェルターにでもいる気分だ。ああこの図書室にいる人達よ。俺の命は君達の手によって救われているのだぞ。敬礼でもしたい、尊い気分である。中には初めて図書室での俺を見て、ここでも変なことをするのではないかとビクつく子もいるが…とんでもない。俺は難病が関わらない限りはとどまることを知らない少女漫画の王子様である。多分後光とかが差しているのではないだろうか。知らんけど。

図書室の常連…否、戦友は、新参者が俺を見て驚くたびにおかしそうな顔をする。知っているのだ、図書室の俺はかつての栄光ある俺であるという事を。彼らとは言葉こそ交わさずとも、深い絆で確かにつながっている。おそらく。


…おっと、そろそろ時間だな。横山光輝三国志も十週目完走だ。漫画ばかり読んでいて、図書室を使う意味があるかは分からないが、まあいいだろう。そこに意味が無くとも、幸福であるなら意味を探求する必要なんてない。探求して、それこそ何の意味がある?

…なんて事を考えていたら、正門付近の靴箱に来た。実はここがなかなかに鬼門で、側に短い階段がある。もしもにそなえ階段から離れるべき事は、別段FPSだなんてやっていなくとも分かることだが、しかし今日の俺は三国志十週完走にすっかり舞い上がって、そのベターを完全に忘れていた。


不意に人の気配がする。俺はただでさえ運動能力が良いにも関わらず、常に殺意に囲まれることで集中力が研ぎ澄まされている。もう、すぐだ。すぐに気配の方へ振り向く。すると誰かが階段から転んで、俺の方へ…顔が隠れているがスカートなので女の子…あ、パンツ見えてる。

雑念が入った事で少し遅れる。これは受け止める事が出来るものだろうk…おおっと、何故俺は知らぬ間に天井を見ているんだ?ははあん、さてはこの廊下ピッカピカだな?全く掃除当番は綺麗好きさんだなあ。

そんなバカげた話が一瞬の間に考え付いたのはいわゆる、達人の境地というものだろう。なんともバカバカしい場面で集中力を研ぎ澄ましちゃったわけですが。


ああ、顔にパンツが落ちてくる。一番優先すべきは…頭から地面に着かない事で満場一致だろう。そして見事な足からの入陸。次いで背中、頭。完璧だ。しかしそれでもなお背中と頭が痛いが、それよりもっと気にすべきことは、このおパンツの正体が何奴なのかという事である。

これが一般女子なら何ら問題ない。今更校内評価が下がったところで何になる?せいぜい高校生活を棒に振るだけだ。しかし俺にべたぼれの女子だった場合は?人生を棒に振らねばならないかもしれない。たのむ神様どうか違いますように…


「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?い、今どきますから!」


はい、知ってた。俺の祈りを返せ。この声の主は高牧たかまき 美理奈みりなちゃん。俺の後輩で俺に惚れている。確か頭にキュートなリボンをつけていたと思う。小さくて愛くるしいが、一線級の核地雷だ。


「待って、落ち着いて!」


「え、その声ってもしかして…彼方先輩!?」


そう、落ち着く事が大事だ。今どうなっているか?口より上にパンツが乗っている。鼻めっちゃ痛い。そして何より大事なのは彼女の態勢。彼女の足が顔側にある。そう、俺の足側ではない。この人気のない状況(靴箱付近なのに奇跡的に。もしかして神様が気を回してくれたんだろうか?ありがとう、ふざけるな馬鹿たれ。)、もし彼女の足が、俺の足側にあったら?俺が自然に顔をパンツの拘束から解放したところで、彼女は俺を視認してしまう。するとどうなる?殺しに来るね。それはまずい。しかしこの態勢なら実にスッと抜けられるわけだ。


「ああそうだ。いいか、落ち着いて、落ち着いてその先に何が見えてくる?そう、君が動かないという一筋の光だ!」


「先輩がまず落ち着いて下さい!?」


「馬鹿者!俺はすこぶる冷静だぞ!いいか、すぐに抜けるから!すぐ!だから美理奈ちゃんは動く必要なんてないんだ!信じるんだ!人を信じる事から明日というものは生まれてくるのさ、レッツトライ!」


「そ、そうなんですか!?わ、分かりました!いつ人がくるかも分かりませんし…その、恥ずかしいので是非すぐに!」


「……」


「……」


「……………」


「……あの、先輩?」


「ご、ごめん、ちょっとどうにもならない事情があってだね…」


どうか許してほしい。俺はイケメンであるがしかし童貞なのだ。意識してしまったら自ずからそうなってしまうという事は男性諸君なら分かってくれると思う。だってそうだろう?可愛い女子高生の生のパンツの感触がまるでフルオーケストラのように顔面に広がってくるのだ。もうこれは俺を責めてくれるな。

しかし脱却せねばなるまい、この状況。夢はいつか終わるものなのだ。俺なら可能だ、この絶望的袋小路からの脱却など容易いのだ!心の中で祓詞(はらえことば)を唱える。落ち着け平常心…


「あ、あの先輩…も、もしかしてそれって…そのう、なんと言いますか…」


掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等 諸諸の禍事 罪 穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を 聞こし食せと恐み恐みも白す…

待ってたぜこの今をーっ!納まったぜこの大荒れ模様がよ!


「せ、先輩…?」


「もう大丈夫だ美理奈ちゃん。」


俺は華麗に拘束から顔をすぽっと抜けさせ、それはもうキリッと立った。そして素早くターン。これが遅くてはいけない。美理奈ちゃんがあっけにとられ、こちらを振り向いてしまわぬうちに、まるで赤ちゃんを持ち上げる時のように、両手で脇を持って身体を持ち上げ、そして立たせた。だがこれで安心してはいけない。


「それじゃあ、気を付けて帰るんだよ!」


「えっ、そ、そのっ」


「じゃあね!」


そして素早く靴箱に向かう。廊下は走るな?知らん、こちとら命の危機だ。しかしこのままでは終わらない。むしろ少しでも走って距離を稼げた事は嬉しい誤算。何しろ相手は恋する乙女だ。好きな人を見るなという方が無茶な話だ。

俺は気配を感知し、あらかじめ顔面付近に配置しておいた(しかしあえて首をがら空きにしておいた)カバンを少し動かし首を守り、何か飛んでくる物体を華麗にガードした。あらかじめどこに来るかが分かってさえいれば、見なくても容易いってわけだ。


さて、カバンに突き刺さった物体は何かと見てみると、万年筆だ。参った、高そうだ。後ろで記憶もないのに何故かカバンと筆箱があいていて不思議がっている美理奈ちゃんにムーンウォークで近づく。顔を合わせたくないのだ。こうするより他あるまい。


「これ、美理奈ちゃんの万年筆?」


俺は美理奈ちゃんの方を見ないまま万年筆を渡す。しょうがないことだ。


「は、はいっ、ありがとうございます!…でもなんで…?」


「…さあ、風じゃないの?」


「…風で、飛びますかね…?」


「じゃあ、ばれてもいないのに盗んだものを直ぐに返す盗人はいるかい?」


「いません……って、先輩はそんな人じゃありません!」


「じゃあ俺にもわかんないな。美理奈ちゃんじゃないし。」


「本当ですか…?私、だってなんでカバンを開けたかなんて分かんないし、この筆箱を開けた記憶もない。…ごめんなさい、変ですよね私…」


「美理奈ちゃんは俺が盗人じゃないって信じてくれただろう?じゃあ俺も美理奈ちゃんを信じるよ。それでこの話はお仕舞。…どうしても納得できなかったらさ、学校の怪談のネタってことで!」


そう言って俺は、とうとう一度も顔を合わせないままそのまま帰宅した。何とも残念な絵図であったことはすぐに想像がつく。しかし今回は嫌われる事をすっかり忘れてしまい、うっかり素で行動してしまった。童貞であるが故に、パンツを顔に受けて頭が真っ白になってしまったのも当然、そう当然あるが、やはり三国志十週の喜びはでかい。

そういう小さな楽しみを見つける事が、俺がこの状態でも学校に行く理由の一つだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ