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咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第一章 『ヘンゼルとグレーテル』――Kapitel 1:Hänsel und Gretel――
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Ⅳ 『村祭り』

『この村だな』

『ええ。上層部からのリストでは、8名の子ども達が在住しています』

『ほう……辺鄙な場所にしては随分と子沢山だ』

『して、いつも通りの手順でよろしいですか?』

『ああ……問題ない。さて、今回はどんな『被験体』に出会えるかな』


      ☆


翌朝。朝食を済ませたヘンゼルは、家族全員で村の広場へと出歩いていた。

今日は月に一度の村祭り。大規模なマーケットが開催され、骨董品や生鮮食品、装飾品から

日用品まで、実に様々な品物が店頭に並んでいる。広場は大いに賑わっていた。


ヘンゼルはグレーテルと並んで手を繋ぎ、先を歩く両親の後ろを離れないよう付いて回った。

妹の背中には、肩紐を装着したリュックスタイルのヌイグルミが担がれている。

彼女が自宅外へと出るときは、決まってムーちゃんも一緒だった。


「ヘンゼル、グレーテル。お母さん達はここにいるから、お昼までには戻ってくるのよ」


母親が広場と教会を結ぶ道の片隅で立ち止まり、兄妹に注意を喚起する。

普段は家庭の経済状況もあって毎日家の手伝いに従事しているが、

この日ばかりは遊んでいいことを約束されていた。


「うん! 行こう、グレーテル」


ヘンゼルは妹の手を引いて、足早に人だかりの中へ駆けて行く。

広場には実に多くのお店が立ち並んでいた。


いくつかの出店を見て回り、グレーテルがふと見返るように足を止める。

彼女が歩みを止めた一軒の店先には、多種多様の装丁が施された古い書物が並んでいた。

店主はほどよく痩せた白髪の老女で、起きているのか眠っているのか分からない。


「どこの国の本だろうね。まったく読めないや」


ヘンゼルがグレーテルの側に近づいて書物を覗き見る。

店頭に並んでいた古い表紙の古書は、どれも異国の文字で書き綴られていて、

兄妹に読める代物ではなかった。とはいえ、


「本が気になるの?」


妹が書物に興味を持っていることは、以前から薄々と気になっていた。

そういえば確か、家にも奇妙な象形文字で綴られた古い書物があったような……。

兄妹は色とりどりの装丁に魅せられ、時間を忘れて異国の本に夢中になっていた。


一方。村の入口では、賑やかだったマーケットが唐突に静まりかえり、

村人達の表情からは笑顔が消えていた。


「ひ、羊飼いだ……なんてことだ……」


か細い声で嘆いたのは年配の村人で、彼は村の入口に現れたローブ姿の集団を見て脱力した。

『羊飼い』と呼ばれた集団は四人。全員が紋章をあしらった白地のローブに身を纏い、

初夏にも関わらずローブのフードを深々と被っている。

体型から男性が三人、女性が一人。確認できる容貌はそれに、

目深に被ったフード下の口元のみ。一際、異様な雰囲気を醸し出していた。


羊飼いはすっかりと静まり返った市場の真ん中を、村人の視線もよそに歩いていく。

彼らが向かう道の先には、広場が見えていた。


「やはり、どの村でも歓迎はされませんね」


羊飼いの一人、女性と思しき人物が、先頭を歩くリーダー格の男に申し伝える。


「ふん。手厚いもてなしなど要らぬ。我々に必要なのは『物語』の草案だけだ」


羊飼いは不穏な空気を漂わせ、村の入口から噴水のある広場中央へと進行していく。

そして広場前に差しかかった瞬間――男は不敵な笑みを浮かべた。


      ☆


正午を告げる鐘の音が広場中に鳴り響く。

兄妹は慌てた様子で書店を後に、教会へ続く道のりを走っていた。


「わっ! もうこんな時間だ。急ごうグレーテル、母さんに怒られちゃうよ!!」


ヘンゼルは妹の手をしっかりと握り、人混みを掻き分けて両親の元へと急いだ。

教会の鐘が鳴るまで時間に気が回らなかったのは、よっぽど書物に没頭してたのだろう。

珍しく、グレーテルの表情にも焦りの色が見える。


「……お兄さま」

「ん?」

「お母さまはむかし……素手で木を倒したと聞きました」  

「な、なんでそんなことを……今に言うんだよおおおグレーテル!」


ヘンゼルは半ば泣きそうな顔になり、なおいっそう足を急がせた。

父親が、母親に頭が上がらない理由が何となく分かった気がする。


その時だった。パァン、という

木の実が弾けるような音と共に、唐突に広場が騒がしくなったのは。


「なんだろう……」


兄妹は後方を振り返り、教会通りの奥――広場中央の噴水付近に目を向けた。


「……煙?」


広場中央から青白い煙がゆらゆらと立ち昇り、どこからか村人の悲鳴が聞こえてくる。

そして兄妹の両脇を、何人もの村人が逃げるように過ぎ去っていった。


「広場で何かあったんだ。グレーテル、行ってみよう」


      ☆


辺りは野次馬の群れで、何重もの人層ができていた。


「ここからじゃ見えないや……グレーテル、すぐに戻るから待ってて」


ヘンゼルは妹にそう言い残すと、群衆の間をぬって人だかりの中へ消えていく。


人層は思った以上に密度が濃く、狭い隙間に身体を這わせ、滑り込むように先頭を目指す。

村人の叫声が聞こえたのは、群衆の隙間から顔を覗かしたときだった。

反発を繰り返す村人の声が、怒涛の勢いで響き渡る。

広場周辺では何人かの村人達が、ローブ姿の奇妙な集団と睨み合っていた。


「ふん……草案の価値もないお前達に用はない。無駄な抵抗は寿命を縮めるだけだ」


集団の先頭に立つ男が、抑揚のない声で村人達を一瞥する。


「……ふ、ふざけるな! あんた達の噂は聞いている。村から村へと渡り歩き、貧しい家庭

 に目を付けては、子ども達を買い漁る。自分達の理念のために子ども達を酷使する、狂っ

 た信仰者だってことをな」


村人の一人、若い青年が憤慨の様子で、先頭の男に詰め寄った。


「やれやれ。我々も嫌われたものだな」


痺れを切らしたのか、男が手のひらを前方へと突き出し、祈るように言葉を紡ぎ始める。

どこの言語かも分からない謎の詠唱――さながら呪文を唱える魔法使いのようだ。

そして、その直後。


「光が……光の粒が集まっていく……」


野次馬に紛れ、様子を見ていたヘンゼルが、唖然とした表情で驚愕する。

祈りの詠唱と共に男の手のひらに、青白く発光した光の粒が次々と集まっていたからだ。

そして、収集された光の粒はやがて円状へと形成されていき、

外周が奇妙な象形文字で縁取られた、幾何学的な魔方円へと変化した。


「な、何だアレは!?」 「光の紋章が……浮いている?」 「て、手品でもしようって言うのか!」


村人達も目の前で起きている光景に、次々と驚嘆の声を漏らした。


「見せしめに、お前から空を泳がしてやる」


そう言って男は、青年に標準を合わせ、手のひらをグッと握り締めた。

瞬間。浮遊していた魔方円がしぼむように収縮され、それと同時に青年から喚声が上がった。


「う、うああああ! 降ろしてくれー!!」


集団を狂信者と罵った若者が、地面から遠く離れた上空に浮かんでいる。


「どうだ、そこからの眺めは? ゾクゾクするだろう」

「や、やめろ!! あいつをどうするつもりだ」


青年を見上げる村人達の表情が、憤怒から不安へと変わっていく。

 

「どう? 言ったはずだ……無駄な抵抗は寿命を縮めるだけだと」

「ま、まさか……」

「ククク……想像しろ。形無きモノは『カタチ』へと創造される……それが『ロマン』だ」


男がそう言い放った刹那――宙に浮かんでいた若者が、急降下で地面に落下していく。


「落ちてくるぞ!?」 「逃げろー!」 「うわああああ!!」


様子を見ていた村人達が絶叫を振りまきながら、蜘蛛の子を散らしたように退散する。

しばらくの沈黙後、男が唇の端を吊り上げて、不気味に喋りだす。


「これで少しは理解できただろう? お前達の一命は我々の気分次第で、どうにでもなるということを」


上空から落下した青年は、地面から寸前のところで静止していた。

命に別状はないものの、白目をむいて泡を吹き、全身に痙攣を引き起こして気を失っている。


村人達は、もはや抵抗の意志を持ち合わしていなかった。


「さあ、同志諸君。放牧された仔羊を回収し、『物語』を創るのだ」


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