表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
咆哮のグレーテル  作者: 胡桃ヌイ
★第六章 『薔薇になった王子』――Kapitel 6:Das Märchen Von Rosenblättchen――
48/81

Ⅱ 『カエルにされた王様』

「アハト様。瞬間ロマン値1000%を記録した(くだん)の被験体ですが、子ども達の刻標から

 過去のデータを弾き出し、基線解析を(くま)なく行ったところ、発生者に結びつく有力な情報

 が得られました」


『黒い森』東ブロックに位置する老練した建造物。現指揮官アハトが統御(とうぎょ)する監視調査

班の宿舎で、女性教団員ツェーンは静かに、それでいて相違いなく報告した。


「何? 出所不明のロマン周波――その発生者が判明しただと? 詳しく説明しろ」


耽読(たんどく)していた『エステル記』を机上に置き、アハトがツェーンに鋭い視線を投げかけた。

あれだけ血眼になって探しても、発生者の特定に結わえられなかった事案だ。彼女の(おもむき)

ようから今度こそ朗告(ろうこく)であろうと期待する。


「はい……まず昨日なんですが、エルフ・ツヴェルフと共に、ロマン周波の発生領域――D地点へ

 と向かったところ、森林の一部が壊滅的な状態であったことを確認いたしました。『ローレライ』

 の指標どおり、この場所で《民謡伝術》が使用されたことは間違いないようです」

「ほう……瞬間ロマン値1000%超えは伊達(だて)ではない……と」

「ええ。そして、あの時D地点に居合わせた四人の被験体――〈兄妹〉〈赤い帽子〉〈黒い影〉の

《民謡伝術》を、現場に残っていた微かなロマン周波と照らし合わせました。幸遺伝子には、それ

 ぞれの想いから異なった能力を形成する〝想型(そうか)〟と呼ばれる因子が組み込まれています。

 そのため現場に残っていたロマン周波が、いったい誰のものであるか照合を(こころ)みました」


『想型』――子ども達の想いがカタチへと昇華される過程で、術者に〝多大な影響をもたらした物〟

能力形成の〝原料〟とも言われる観点にツェーンが着目する。即ち、現場に残っていたロマン周波

から《民謡伝術》の想型を追い、それが被験体の〝誰の原料〟であるのかを検証したということだ。


ロマン周波から術者の特定が出来なくとも、被験体の『活動記録』から想型を割り出す事は出来る。

教団に情報力を買われている彼女にとって、この世の不明な出来事にデータで表せないものはない。


「ただ……照合の結果から、少々奇妙な事案が発生しまして……」

「奇妙な事案? どうしたというのだ」


ツェーンの神妙な言い草に、アハトの眼光がますます鋭敏(えいびん)になる。


「先ず、現場に残されていたロマン周波の想型主なんですが、被験体の『活動記録』および『生い

 立ち』から、ナンバー【KHM15/1113/R】――物語タイトル〈兄妹〉の『妹』が弾き出されました。

 整合性の高さから、彼女の想型であることは間違いありません」

「そんなバカな……あのような小娘が瞬間ロマン値1000%超えの術者だと!? ありえぬ……」


驚愕の事実を前にアハトが一時無言になる。いくらロマン周波の術者が不明だったとはいえ、想い

の強さだけを見れば、間違いなくその発生者は『狼』であるはずだ。よしんば10歳少々の小娘に、

彼をも(しの)超越(ちょうえつ)した《童力》が備わっているとは考えられなかった。


「それからもう一つ。残光していたロマン周波の中に、被験体のものではない『強い想型』を確認

 いたしました……何度か照合を繰り返したのですが、ローレライのデータベースでは検知できず、

 ドライ様に上申(じょうしん)したところ、思いもよらない人物が浮上したのです」


現場に残されていたロマン周波から、『妹』以外で『強い想型』がもう一つ。ツェーンは端末に反

映しない想型を調べるため、元上司であり、組織の参謀を務める男ドライに、禁忌ベースの閲覧を

仰いだ。ただでさえ教団にとって脅威と成り得るロマン値だ。これ以上の不鮮明な出来事は、何と

してでも解決しておく必要があった。


「被験体以外の想型だと? 何者だそいつは!?」


アハトがツェーンに詰め寄るようにして聞き返す。


「〈シャルロッテ・アマーリエ・グリム〉――伯爵領管理兼司法官であった、父フィリップの一人

 娘で、かのロマン主義最盛期の代表として認知されている、〈グリム兄弟〉の末妹でもあります」

「グリム兄弟!? その妹だと……!! 彼女はたしか〈兄弟〉の後を追い、あの『星降る夜』に、

 死亡が確認されたと伝記されているはずだ」

「ええ。記録上では、確かにそう記されています。加えてもう一つ……被験体【KHM15/1113/R】の

 幸遺伝子について何度も照合を試みたのですが、いずれも0段階のままで、《民謡伝術》は愚か、

 想いをカタチにすら昇華していないことが判明いたしました」

「《民謡伝術》を発動していない? そんな摩訶不思議なことがあるものか! 現場に残されてい

 た『妹』のロマン周波は、どう説明するつもりだ!!」

「ですから奇妙な事案だと申し上げたのです……現場を見ればお分かりになられますが、D地点に

 て〝間違いなく〟《民謡伝術》は使用されていました……しかし結論がそうであるにも関わらず、

 彼女の『想い』は〝想いのままで〟留まっています。《民謡伝術》は発動されているのに、『妹』

 の幸遺伝子は今だ1段階には覚醒していない――という事態が起きているのです」


相次いで報告された奇妙な事案。その内容はアハトの想像を、遥かに上回るものだった。上層部へ

の提出書としてまとめると、数日前に発生した出所不明のロマン値。過去に類を見ないほど高い瞬

間値を記録したその術者は、なんと、物語タイトル〈兄妹〉の『妹』だった。そしてそれに伴って

偶然にも検知された、〝この世に存在するはずのない想型〟――教団の禁忌ベースにアクセスして

ようやく割り出された想型主は、これまた、ロマン主義内でその名を知らない者はいないと言われ

ている、〈グリム兄弟〉の妹だった。極めつけは、高いロマン周波を現場に残し、《民謡伝術》を

発動していたにも関わらず、今だに『妹』が〝想いをカタチ〟へと昇華していなかったことである。


「ええい! 次から次へと問題を発生させおって。いったい何が起こってるというのだ!!」

「落ち着いてくださいアハト様。解決するべき事案は増えましたが、今回の調査で得られたものも

 ございます。進展とまではいかなくとも、進歩はあったのではないでしょうか?」


何日にも渡り、捜査が難航した今回の事案。結果だけを見れば奇妙なことが起きているなど、今だ

全てを解決したわけではないが、少なくとも不明瞭だったロマン周波の術者は判明した。つまりは、


「〈兄妹〉の『妹』を徹底的に監視すればいい……そう言うことだな?」

「はい。彼女を要保護対象から要監視対象にシフトしてもらうよう、すでに上層部には申請を出し

 ております。場合によっては、『物語』からの〝抹消〟も行われることでしょう」


      ☆


森の中に二つとない美々しい湖。樹木に覆われた神秘的な湖畔には、今日もまた、大勢の子ども達

が訪れている。なんでも樹木から発散するフィトンチッドと呼ばれる物質が、疲労した身体に癒し

や安らぎを与えてくれるというのだ。そのため黒い森で暮らす子ども達からは妖精の湖と銘打たれ、

しばしの休息が得られる憩いの場所となっていた。


「いっくよー、雪ちゃん」


大きな手マリを両手で抱え、それをミーレが空高らかに蹴り上げる。多種多様な花柄が染筆された

美しい護謨毬(ゴムまり)は、ふわりと宙を舞いながら正面に立っていた白雪のほうへと飛んでいく。


「上手よ。ミーレちゃん」


ミーレから打ち出された白いマリに、白雪は軽く手を当てて、ミーレの右隣ルーアへと受け流した。


実の母親〈王妃〉との一戦から三日。白雪達は『魔法の鏡』が割れた事で悪魔の監視から解放され、

晴れて自由の身へとなっていた。母親からは城へ帰還することを許されたが、黒い森に辿り着いた

時、教団の一人に焼印された被験体の証――タグ標が掘り込まれているため、白雪はこの森を離れ

る事が出来なかった。また、黒い森で起きている惨状を一国の王女として見過ごすわけにもいかず、

白雪は森での出来事を国内外に知ってもらうため、自分の目と体験を持って日録に残すことを誓い、

黒い森に留まることを決意した。


「…………おうぎ」


ルーアが前傾姿勢から地べたを蹴って舞い上がり、神速超回転――とにかく凄い神業で、自身に飛

んできた護謨毬を軽々と打ち返した。


「うおおおっ、すっげえぇ! 何なんだ今の技は!?」

「め、目の錯覚か!? ルーアが三人に分身したぞ!!」

「心成しか奥義って言っていなかったか!?」


ルーアの神速超回転――通称『よく分からないけど、とにかく凄い技芸』――を目の当たりにして、

ネッセル・シュパイゼ・レッティヒの仲良し三人が、興奮冷めやらぬ様子でルーアに熱狂を送った。


白雪と小人達の一行は、白雪が持参した東洋の遊具『鞠』を使って、手マリ・蹴マリと呼ばれる遊

びに夢中になっていた。


最初は芯に糸を巻いただけの代物で、手マリを少女や子ども達がよく弾ませるには、よほどの力が

ないと高くつくことが出来なかった。しかし文化の発展というのか、弾力性の強い護謨毬が普及し

始めてからは、ミーレやルーアのように幼い子どもでも、楽に(まり)をつくことが可能になった。


「…………きまった」


空中から華麗に着地を決め、ルーアが静かに……なおかつ誇らしげに決めセリフを口にした。


「よっしゃあ! 俺だって〝あっと驚く〟すっげー必殺技を見せてやるぜ!!」


ルーアから弾かれたマリが、白雪の右隣ネッセルに跳ね返ってくる。

ネッセルはダークダンスの基本ステップ『ジンガ』から勢いをつけて逆立ちになり、魅せ技の一つ

でもある《エリコーピテロ》を繰り出した。


ダークダンスは『カポエイラ』とも呼ばれ、格闘技と音楽それにダンスが加わった、南米の土着格

闘文化だ。カポエイラは南米の言語である、グアラニー語が元になっており、訳すると『刈られた

森』『消滅した森』になる。


「あ……」


ネッセル渾身の魅せ技は偶然にもマリの中心を捉えたが、その勢いを上手くコントロールが出来ず、

打ち返されたマリは湖のほうへと飛んでいった。


「ちょっと! どこに蹴ってんだよネッセル!!」


ため池の遥か遠くにポチャリとマリが着く。表面張力でプカプカと浮かぶ白雪の白いマリは、彼女

達の手の届かないところに落ちてしまった。


「あー、雪ちゃんのてまりが……」


遠くのマリを見つめてミーレが嘆いた。


「どうすんだよネッセル! 僕たちみんな泳げないんだぞ!!」

「シュパイゼ……そこは誇らしげに言うところじゃないぞ……」


立腹気味の弟シュパイゼに、長男フェンヒェルが情けなく干渉する。彼の言うとおり、実のところ

勇敢なホビット族は、生まれつき身体が浮かない体質で、白雪の護衛を任されているにも関わらず、

七人全員がカナヅチという、欠点にして最大級の弱点を持っていた。


「慌てるなよシュパイゼ」


チッチッチッと舌を鳴らし、ネッセルが自信ありげに場をまとめた。


「何か良い方法でもあるのか?」


タッシェルが半信半疑で伺った。白雪を含めた七人全員の視線がネッセルに注がれる。


ネッセルの良案はこういうものだった↓


①まず土台となる部分に兄妹一の力持ちタッシェルを配置する。

②そこから六つのサボテン(組体操の技)を順次展開し、一繋ぎのハシゴを作り上げる。

③そのまま水平へと倒していき、先頭の人が手マリを持ち帰る。


「――と、いうのはどうだろう?」


身振り手振りを使い、ネッセルがフェンヒェル達に猛演説した。


「そんな絵本みたいなこと、できるわけないだろ! 全員落っこちちゃうのが目に見えてるよ!!」


ネッセルが出した無謀な良案を、レッティヒがすぐさま振り出しへと戻した。


「ネッセルをロープの先にくくりつけ、みんなで手マリのところまで飛ばす、ってのはどうだろ?」

「その案はいいかもしれないね。元はといえば、ネッセルが変な技芸を魅せるのがいけないんだし」

「ちょ、ちょっと待ってほしいぜ……」


ネッセルが柄にもなく狼狽える。身の毛もよだつ恐ろしい案が、シュパイゼ・レッティヒから次々

と出され可決していく……彼らは本当に仲の良い兄妹なのだろうか?


「はいはい、みんな喧嘩はダメよ」

「けんかはだめよー」


白雪に倣ってミーレが言葉を繰り返す。あーだ、こーだと言い争いを続けるネッセル達を制止させ、

白雪が衣服のすそに手をかけた。


「私が湖に入ってマリを取ってきますわ。見たところ、そんなに深くはなさそうね」

「駄目だよ姫。姫にそんなことはさせられないよ。ここはやっぱりネッセルに……」

「そ、そうだよ姫! こんなところで……その……人前で服を脱ぐのはよくないよ」


水辺に入ろうとしている白雪を、レッティヒ・シュパイゼの二人が必死に言い留める。シュパイゼ

にいたっては何故か白雪から顔を逸らし、赤面した様子でチラチラと白雪を見てはボソボソと小言

を呟いていた。


「お兄ちゃん。雪ちゃんのはだかをそうぞうして、お顔がまっかになってるー」

「ば、バカ! そんなじゃねぇよミーレ!! ぶ、物騒なことを言うなよ!!」


妹のミーレに赤面していたところを突かれ、シュパイゼが慌しく取り乱した。


「あら? そうなのシューちゃん?」


白雪に改めて聞かれ、シュパイゼはますます紅潮し、ついには身体から煙を発して倒れてしまった。


「大丈夫かシュパイゼ! 俺が蘇生させてやるからな!!」


そう言ってネッセルが、シュパイゼの足首にロープを巻きつけようと試みる。


「どさくさに紛れて何してんだよネッセル!? 湖に飛ばされるのはネッセルだろう!!」


大声を出してシュパイゼが蘇生した。ネッセルが軽く舌打ちをする。そんなやり取りが続く中、さ

すがは長男といったところか、フェンヒェルが間を割って冷静に話を切り出した。


「みんな落ち着くんだ。たしかこの湖には、女神様が住んでいるって聞いたことがあるぞ」

「女神……様?」

「ああ。何でも湖の中から突然現れて、水辺に落とした物を拾って返してくれるとか……」

「おおっ! そいつはワンダフルだぜ!!」


フェンヒェルから湖には女神様が住んでいると聞いて、ネッセルが真っ先に反応した。白雪と小人

達はそれからしばらく、女神様が現れることを期待して湖畔(こはん)に腰を降ろした。




数分後――


「あらわれないね、めがみさま」


水辺の中をじーっと覗き込みながら、ミーレが水面に映る自身の姿に語りかけた。フェンヒェルの

話が本当なら、そろそろ女神様が現れてもいい頃合だ。しかしながら、女神様は一向に姿を現す気

配がない。やがて疑いの目が弟達からフェンヒェルに向けられる。


「もしかして、留守なんじゃないの?」

「女神様が留守なんて、聞いたことがないよ……」


レッティヒの珍答にタッシェルが返答した。フェンヒェルがますます追い詰められる。


「あー、かえるさんだ」


浅瀬の端に両手をつき、ミーレが身を乗り出すように湖を眺めた。兄達の視線がミーレと同じ場所

に注視される。彼らの視線の先には、真ん丸に太った一匹のカエルが、得意の平泳ぎでスイスイと

泳いでいるではないか。いったいどこから現れたのか、真ん丸カエルの行き先は、ネッセルが派手

にぶっ飛ばした、白雪の白いマリの方角だった。


真ん丸カエルが手マリへと辿り着く。いったん水の中へと潜り込み助走をつけて、水中から勢いよ

く手マリを押し出した。小粒の入った水しぶきを上げ、白雪の手マリが小人達のいる浅瀬へと戻っ

てくる。カエルが起こした一連の流れに、小人達はおろか白雪までも、


「まあ。なんて賢いカエルさんなのかしら」


驚きの表情を隠しきれていなかった。真ん丸カエルは手マリを白雪達に返した後、再び優雅な平泳

ぎでスイスイと浅瀬へと戻ってくる。カエルの頭部には黄金色に輝く小さな王冠が載っていた――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ