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悪い奴らをとっちめろ!

 アポフィラといつもの三人、ついでにもう一人は、森の中にいた。

 時刻は夕暮れ。空はオレンジのような赤を宿す頃合で、もうすぐ青くなるだろう。普通ならばさっさと都市どころか自宅に戻り、湯に漬かるなどして身体を休める時間帯だ。

 しかし彼女らは、オーリアから離れた森の中で、息を殺すように『それ』を見ている。

 半月ほど前に出現した、とある遺跡風のダンジョンだ。

 森の奥にぽっこりと、ある日突然現れたもの。ちなみに遺跡風のダンジョンはわりと珍しい部類に入り、魔物は強いが見入りもそこそこ、迷いにくいし消えにくいという特徴がある。

「……で、本当に行方不明の阿呆、もとい被害者がここにいるですか?」

 動きが無いことを確認し、アポフィラは茂みの奥に隠れている仲間のところに戻る。そこで干し肉をかじる、一人の男を睨むように見た。レグという暗い銀髪の男は、一応は情報屋という生業をする冒険者の一人。取り扱っているのは珍しい魔物や、そういう類が出るダンジョンの出現情報である。どういう方法で集めているのかは、本人曰く企業秘密だそうだ。

 そんな彼は、基本的に情報などを仕入れてギルドなどに売るのが仕事。

 こうして現場に来ることは、そう多くない。

「あったりまえだろー? でなきゃ、俺サマ自ら出張ってくるわけないじゃねぇか」

 けっけっけ、と肩を大きく上下させて笑う男。

 この男がもたらしたのは、ある遺跡系ダンジョンでの『行方不明事件』だった。

 それが先ほどアポフィラが見ていたもので、ここ数日、近隣の農村などに住む人々が一人また一人と突然姿を消しているというのだ。遺体や血痕など、何か重大なことがあったような痕跡は今のところ見つかっていない。あえて言うなら、ダンジョンの出現ぐらいだろうか。

 その話を、偶然村に立ち寄ったレグが聞いたのだという。

 さっそくオーリアのギルドに向かい、アーティアに報告をしていたのだが、そこに偶然やってきたのがちょうど一仕事を終えて帰還したアポフィラ達だったわけだ。

 通常ならギルド発注の依頼として、会議などにかけられなければ動けないところ、アーティアの采配で緊急依頼と認定し、そのまま五人で準備もそこそこにここに来たのである、が。

「あんたの言うこと、まーじ信じられないんですけどー」

 膝を抱えるように座るニノンが、真向かいにいるレグを睨む。

「ほんとーに、ほんとのほんとに『行方不明事件』なわけ? ただの家出や夜逃げとか。結構田舎の方じゃ多いらしいわよ。ド田舎じゃギルドの支部もないから冒険者も来なくて、魔物との対処もままならないとか。だから家も畑も捨てて逃げ出しちゃうって人も多いんだって」

「あれ、俺サマ信用ない?」

「……会うたびセクハラしておいて、好感度が上がるとでも?」

 冷ややかな声は、セツナだ。ため息交じりの苦笑いを隠そうともせず、悲しそうにおいおいと泣くフリをするレグを見ている。彼のこういう反応はいつもで、主な標的は喜怒哀楽がはっきりするニノンだ。男二人は最初から頭数ではないし、アポフィラにセクハラなどしようとすればその場で消し炭、いや蒸発させられる。もちろん物理的な意味で。

 そうなると、標的になりうるはニノンしか残らないわけだ。

 幸いというべきか、ニノンの見目はかわいらしく、身体つきも太すぎず細すぎない。適度な脂肪を有する、健康的な十代の少女。多少胸の質量が足りていないとレグは思うが、それを言うともっと足りていない魔術師の逆鱗に触れるどころか叩き割ることになるので口を閉ざす。

 ただし、ついついうっかり行動には出ていた。

「あんた絶対、そのうち兵士様にしょっ引かれるわね。きょーせーわいせつざいで」

「さすがにそれはひどくね? なぁ、ひどすぎねぇ?」

「まぁ、前科もあるから仕方なかろうよ」

「いや無いから、前科はない」

「前に酒場のリンジーに、横っ面張り倒されてたのは誰だよ……」

「さぁ、誰だっけなぁ……そんなマヌケ、俺サマしらねぇや」

 言いつつ、視線を遠くに向ける。実際にリンジーという行き着けの酒場のウエイトレスの尻を撫でて横っ面を引っぱたかれた瞬間を見ていたセツナに、そういうシーンを前に見たことがあるヒイラギ。そして誰かに引っぱたかれて頬を赤くしつつも、街角で女性を口説く姿を見たニノンからすると、レグの様子は白々しいを通り越してもはや呆れるしかない。

 そんな光景を静かに、だが誰より冷ややかに見ていたのはアポフィラだ。運が良いのか悪いのか、彼女だけがレグとの接点がほとんどない。せいぜい、情報元として名前を時々目にした程度だ。実際にこうして会うのは何度目かわからないが、両手で充分に足りる数だろう。

 他三人、特にニノンからの評価が低い彼だが、アポフィラは嫌いではない。

「んー? どーしたアポフィラ。眠いか?」

「いえ、大丈夫です。この程度は、問題ないです」

 彼はちゃんと名前を呼んでくれる。だから嫌いではなかった。むしろ彼以外のほとんどが名前をちゃんと呼ばなさすぎだ、とすら思う。名前を与えて形を縛る、という性質のある魔術を扱うゆえに、名前というものへの愛情などはきっとこの場の誰にも負けないだろう。

「で、これからどうするですか。乗り込むですか?」

「まぁ……そうなるわなぁ」

「特に目立った動きもないし、中に入らないとこれ以上は無理、か。普通の建物とかなら、オレが入り込んで探ってきてもよかったんだけど、さすがにダンジョンじゃそうもいかないし」

「一応、薬も多めに持ってきてるんで、ちょっとぐらい荒っぽくても平気ですよ」

「ではレグ。現状でわかっていることを」

 ヒイラギの声に、あぁ、とレグは答える。

 さっきまでのふざけた雰囲気とは違い、真剣な目をしていた。

「これはな、ただの『行方不明』じゃねぇんだよ。もちろん家出とかでもない」

「証拠はあるのか?」

「状況的なモンばっかりだけどな。とりあえず家出の線はない。若夫婦が乳飲み子を置き去りにどこ行くっていうんだよ。それも置手紙とかもなしに。しかも長の息子夫婦だ、財政的にやばいって問題もない。そうなると何ぞかに巻き込まれたと、考えるしかねぇだろ」

 確かに変ね、とニノンがつぶやく。

 どこをどう見ても、レグの説明からは家出などをする要素が普通はない。普通、人が自らの意思で消える場合には、それ相応の理由と動機が必要だ。それは人間関係であったり財政的なものであったり、個人個人で違ってくるだろう。しかし共通するのは、それまでの関係のすべてを断ち切ってしまうということだ。知人も家族も捨てる行為は、生半可には行えない。

 だとすると、余計に厄介な事態ということになる。

 レグが言ったように、事件に巻き込まれた可能性だ。

「赤子を置いて失踪するよりは、まだ事件の方がましかもしれんな……」

「まぁな。……んで、それと同時期にあの遺跡系ダンジョンで、どうにもキナ臭い変な動きがあったわけだ。いくら俺ら的に実入りがいい系統とはいえ、こんなド田舎にはそうそう狩りにはこれないだろ? 旅費とか、いろいろとかかるしな。儲けで相殺できりゃー御の字だ」

 そう、旅をするのも、そのために食料などを買い込むのも。もちろんのことだが、すべては冒険者自身の自腹である。宿に止まるその代金も、言うまでも無いことだ。

 ダンジョンに向かう目的は、基本的には金稼ぎである。得られた魔石や素材を、ギルドなどに売ることで収入を得る。依頼には同業者というライバルが存在し、運がよければよい依頼にめぐり合えるが、悪いと手ぶらで買えることになる。その一方、ダンジョンで狩りをするだけならばその心配もないのだ。実入りこそは減るが、ちょっとしたことで失うこともない。

 ただ、ギルド承認の依頼には、最低限の費用が出される。旅費や食費といったもので工学ではないものの、地味にありがたい補助だ。ダンジョンでの狩りには、それがないのである。

 なので冒険者は、基本的にあまり遠出はしない。

 望める収入を予測し、それに必要になる経費を考えて動くかどうかを決める。

 だからこそ、レグのような情報を取り扱う存在が、重要になるのだ。

「ここから見て一番近いギルド支部はパルムディールのだ。しかしそこからでも、ここは一週間近くかかる。運ぶ量もたかがしれているし、まぁ……俺ならやめとけって言う場所だな」

「キャラバンでも組んでれば、ライバルもいないよい狩場だとは思うですが」

「そうだ。最近、あの遺跡に十数人、いや数十人の人影が入っていくのが、この辺りを猟場にしてる狩人とかが見ていたらしい。ダンジョンに冒険者がくる程度は、どんな田舎でもそれなりに知られてるもんだ。それにしたってこんな場所だ、妙だなぁといわれているうちに――」

「行方不明事件、と」

「迷い込んだとも思えないからなー。こういうところは人気が無い、それを利用した人身売買組織の仮の隠れ家、なんてオチがつきそうなんでな。ほら、そういうのの対処もギルド所属のお仕事だろ? どーせ中央の連中は金詰まれても動かないだろうし、しゃーねーわな」

「こんなところに、隠れ家なんてあるの?」

「結構あるんだぜ? なにせ探す必要もないし、作る手間もない。人間とやりあうより魔物を切る方が圧倒的に楽だし、冒険者のフリもできるだろ? だからこういうところを根城にする連中はいるんだよ。田舎だと危機感がゆるい現地住民も『頂ける』から、一石二鳥ってね」

「何それ、最悪……」

「そんなもんだって。世の中なんてな」

「そういうのは、どうでもいいです」

 と、ずっと静かにしていたアポフィラが会話に割り込む。

「ボクはおうちで本を読みたいです。森林浴は嫌いではないです、でも本がよいです」

 杖を手にアポフィラは立ち上がる。杖は淡く光って、そこにいくつかの魔術がこめられていることを伝えた。どれほどの規模の魔術を、どれだけの数ストックしているのかは、さすがに素人目にはわからない。しかし、少なくともこの白い少女はやる気だと、それはわかった。

「だな、今日も元気にお仕事お仕事っと……」

 続いて立ち上がったレグ、そして他の三人もそれに続く。

 五人は隠れることもせず真正面から、ダンジョンの中へと入っていった。

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