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れっつ・ぽいずんくっきんぐ

 オーリアの大通りから少し街中に入った、住宅街に面する商店街。

 平屋の家が多いその一角で、数少ない二階建ての家屋。その一階にある薬局は、手ごろな値段で質の良い薬が手に入ると評判の店だ。白と青を基調とした外観や内装は清潔感を見る人に伝え、テラコッタの植木鉢に植えられた花がアクセントとして店先を華やかに彩る。

 この店を親から受け継ぎ切り盛りしているのは、若い薬師の兄妹だ。

 ヴァレンティ・クルノールと、その妹ニノンである。

 二人の両親は呼ばれれば遠方にも薬を届ける薬師夫婦で、ある場所からの帰宅途中に魔物に襲われて亡くなった。当時、薬師の免許を取ったばかりだった兄はまだ幼い妹と店、その二つをいきなり背負うことになったわけである。まだ彼が、今の妹と変わらぬ年の頃の話だ。

 あの頃より大人っぽいデザインになったメガネごしに、彼は荷物を抱えた妹を見る。

「そんじゃ、いってきまーす」

「気をつけて行っておいで。間違っても、人様を殴ったりしないように」

「わ、わかってるわよぅ!」

 荷物を手に家を飛び出す妹。母に似た癖のついた赤い髪を揺らし、彼女は近所の教会へと向かっていった。それを兄ヴァレンティは、いつものように店先で見送る。十七歳になった彼の妹ニノンは、ただ教会で子供らの相手をするだけなのに愛用の鈍器を手にかけていった。

 ……鈍器ではなく、杖らしいが。

 一応魔石を使用した治療術に用いる杖なので、できればそれのみに使われれば良い。

 そんなことを祈りつつ、ヴァレンティは開店準備を進めた。昨日作っておいた簡単な傷薬を棚に並べて、他の薬の在庫を確認。それから軽く店内を見回り、汚れがあれば掃除をする。

 最後にドアの看板を『商い中』に変えて、カウンターの向こうの椅子に座った。

 この場所が彼の定位置で、かつては父のお気に入りだ。

 ここからだと、店の前の通りがよく見える。

 人の流れを見るのが、ヴァレンティは好きだった。今は亡き両親が、同じように彼らを見て目を細めていたからかもしれない。心の底から人を愛し、人に奉仕し続けた自慢の両親だ。

 彼らの心残りだっただろうニノンは立派な薬師となって、店の薬を作るまでになってくれている。それどころか冒険者の知人を通じて、いろんな品を手に入れてくれるようにもなった。

 正直なところ、魔物と相対するなど危険なことをしてほしいとは思わないが、その恩恵もまた美味しいものであり。何より薬学しか見ていなかった妹が、友人知人を家に招くことも増えたとなると止めるに止められない。幸いなのは、彼女が所属するチームが危ないことには手を出さない堅実なものだったことだろう。おかげでヴァレンティにも、同年代の友ができた。

 兄としては、ここは妹に悪い虫が、と不安になるべきだろう。

 しかし、今の妹はとても楽しそうだから、冗談でもそんなことはいえない。彼女が幸せになってくれるならそれでよく、己の好みや感情などは後回しだ。まぁ、もちろんそれは相手がちゃんとしている人物であるという、何にも勝る大前提の上にある結論ではあるのだが。

 しかし彼が大事にしてきた妹ニノンは、そんな人物は相手にしない。

 だから、考える必要も無い前提の話である。

「……と、あれは」

 開店してすぐは客が来ない。なので本でも読もうかと思った時、こちらに向かってくるその姿に気づいた。白い髪を長く伸ばす、獣の耳を持つ小さい影。左右に揺れるのは、長い髪をゆるく結ったその毛先だ。腕は前に回され、何かを両手で持っているらしい。

 ヴァレンティは慌てて立ち上がると、そのまま店の外へ飛び出した。 

 近づくと彼女――アポフィラは、普段はほんのり色づくだけの頬を赤く染め、苦しそうに歯を食いしばっている。手にしている荷物が、見た目以上に彼女には重く感じるものだからだ。

 駆け寄り、その荷物を奪うように抱きかかえる。

 ずっしりとした重みに、そこそこ重いものを持ち慣れている彼もよろめいた。時間的なモノを考えて、これを彼女はずっと離れた自宅から一人でもってきたのだろう。

「あぁ、アコさん大丈夫ですか?」

「……たぶん」

 はふぅ、と息を吐く少女は、疲れたのか目を細めている。一瞬、ヴァレンティを見る青い目が鋭さを増したのは気のせいではないだろう。自分が苦労して運んだものを、多少よろけたとはいえ軽々と抱えた彼のことが、何となく気に入らないのだ。

 体格や性別の差、というものは彼女にとっては些細な問題である。

「こほん。……それが頼まれていたブツなのです。さっさと確認するですよ」

「あ、はい。確かに受け取りました」

 中を軽く改めて、それが目当てのものと確認する。ヴァレンティが抱きかかえている荷物の中身は、前にギルドに出した依頼を受けたという彼女に頼んで集めてもらったものだ。まさかこんな重量になるとは思わず、かなりの量を頼んでしまったことを、今更ながらに悔やむ。

 今度から同じ発注をする時は、数を減らすことにしよう。

「……こんなもの、何に使うですか」

 こんな、といいつつ、アポフィラは袋の中身を覗き込もうとする。

 アポフィラが持ってきた、袋の中身。

 それは都市周辺に生息する魔物――それも毒を有する種類の、牙であったり針のようなものであったり、あるいは毛や体液といった組織の一部、その詰め合わせだ。

 簡単にいうならば、ハチで言うところの針に当たるような部位。それをわざわざむしりとってきたものが、彼女に発注した荷物の正体である。それもいくつかの系統に分けられる魔物の一つの種からではなく、ありとあらゆる形態のものから一つか二つと頼んでいた。

 どうみても、それぞれが三つ四つ……だろうか。

「すみません……こんなにたくさん」

「偶然取れただけです。どうせ他に使い道などないですからな。ゆーこーかつよーです」

 魔物は、倒せば消えるものではない。核となる物質――魔石を元に存在する。通常の生き物のサイクルとは違う領域にいる存在ではあるが、その魔石を取り出すには倒した後にナイフなどで抉り出さねばいけない。幸いにも魔石は肌の表面に出ているので、捌くことはないが。

 残された死骸は、そのまま放置する。

 あとは自然に腐って土になるし、その前に森の動物や魔物がエサとして貪るという。

 昔はそうして放置していたが、今はその一部を利用することが増えている。

 たとえば獣のような形をする魔物であれば、獣のように毛皮を取ることも可能だ。ヘビである場合も同じで、羊のような魔物であれば毛を得ることもできるだろう。

 魔物の組織を求める依頼は、そこそこ需要があるらしい。魔石をギルドが一手に買い取っている現状、それ以外に商品価値を見出すのは当然の流れなのだろう。

 ただ倒すだけでは、受けた被害の補填にもならない。

 だが、何らかの方法で利用することができれば、多少はマシという考えだ。

 多くは装身具や雑貨などに利用される魔物の組織だが、これからは医療などにも使っていかなければいけない。まだまだ無駄になっている魔物は、数え切れないほど多いのだ。どうせ彼らは無限に現れてくる。ならば、それを資源として活用することをするべきという考えだ。

「さてと、暇なうちに作業しましょうか」

「ボクも見て行ってもいいですか。興味あるです」

「えぇ。あぁ、でも危ないので離れたところにいてくださいね」

 ヴァレンティはそういうと、荷物を抱えて店へ戻る。

 その奥にある作業用の部屋にある、大きめの作業台に袋を置いた。

 これから部位を解体して、必要なもの――毒袋を摘出するのだ。手袋やマスクなどを身に着けて、完全武装で挑む。なにせ魔物の毒の中には、未だ解毒剤が見つかっていないものも多いのだから。それに肌に触れたらかぶれるなど、いろいろと面倒なものも多い。

 今回集めてもらったものにそういう部類は無いが、まぁ、習慣というものである。

 それを、アポフィラは言われた通り少し離れたところから見ていた。

「こんな部分をどうするですか」

「さて、どうなるかはわかりませんねぇ……」

 さくさくさく、とハチの腹のような部分にナイフを滑らせる。魚を捌くような感じだ。中を切らずに外側だけを切って、その切れ目に指を押し込み、ゆっくりと割った。がぷり、という音を鳴らしながら姿を見せた中身は、内臓らしきいくつかの細長い器官と。

「あった、これですね」

 銀色に鈍く光る、袋状の――ひときわ大きい部位があった。

 こちらに関しては素人だろうアポフィラでも、それが毒袋であるのはわかっただろう。魔物が抱える毒素の多くは、この世界に元々あった毒の部類とは違う。色も、効能も。

「だけど、それゆえに利用できることに気づいた薬師がいたんです」

 周りの組織を切り離しつつ、ヴァレンティが言う。

 薬は過ぎると毒になる。ならば毒も、過ぎなければ薬になるのではないか。そんなことを考えた物好きが、大昔に存在していたのが転機だった。薬学に関しても、そしてそれを苗床に花開いた治療術という特殊魔術も。実は薬品を用いる治療術は、専用のものを作るのに時として毒を使うのである。毒の中には『過ぎた薬』というものも、少なからず存在するのだ。

 もちろん人体に無害なものへと精製するのには、長い時間がかかった。

 本物の毒でしかないものと、薬になりそうなものの見分けや仕分け、そこから選び出されたものの処理。結果的に通常の薬として用いることはほぼ不可能となったが、治療術の触媒としてなら使えるという結果へとたどり着いたのは百年ほど前になる、と書物にはある。

 使い方としてはその毒性の残り具合にもよるが、基本的には布に塗りつけ、患部にしっかりと押し当てる。それから魔術を使い治療を施し、ケガの度合いによっては包帯を巻きつけて数日置いたりもする。強すぎる薬効は魔術を通すことで普通の薬程度まで抜けるので、わざと魔術を通して市販の薬として流通しているものも、少なからず存在していた。

 治療術の有無は、冒険者の生存率にわりと深く関わる要素だ。

 よってギルドによっては、この手の素材を買い取るところもなくはない。買い取ったものを専門の業者に渡し、作ったものをギルドと提携している商店などで販売するという流れだ。

 そのシステムを使っているギルド支部はオーリアにはないのだが、すぐ隣にあり中央都市から見て南方に位置するところでは、外国との玄関になっていることもあってか、そういう類がとても盛んである。国内最大の医療系の学校があるのも、その都市だ。

 ある意味では中央都市より、華やかな場所かもしれない。

 ニノンが今の、アポフィラをリーダーとするチームに参加するまでは、彼女はわざわざそちらに買いに行っていた。いくら同じ国内、中央都市をぐるりと囲む環状街道で繋がっているとはいえ、いろいろと面倒なのだ。ギルド販売の薬品は確かに手ごろな値段設定だが、現地のギルドに登録しないと手ごろな値段にしてくれる割引が効かないので結局高くつく。

 あとは自力で作ることになるのだが、そうなると材料の確保が重要になる。

 ニノンがわざわざ冒険者として登録したのも、そこに要因があった。

 魔物の組織の一部など、同業者でもなければ欲しない。幸いにもヴァレンティには、治療術用の薬品を作る技術と設備があった。元々彼の両親は、それを専門に扱っていたからだ。

 今のように一般的な薬を作り始めたのは、実はごく最近のことである。

「……まぁ、だからニノンがあの道に進んだのは、ある意味では運命かもしれませんね」

 僕には術式の才能がなくて、とヴァレンティは苦笑する。

 その間にも魔物の組織から毒袋が摘出されて、専用のガラス瓶に収められていた。ガラス瓶には紙が張られていて、そこには魔物の種族名と毒性、後は摘出した日時を書き込んでいく。

 あとで専用の鍵のつく棚に、順番に並べていくためだ。

「……治療術は、面倒な手順が必要なのですな、ふむ」

 アポフィラは一連の流れを見て、不思議そうに唸る。

 彼女は魔術師で、魔術は特に物質を必要とはしないから不思議なのだろう。間近でニノンの力を見ることも少なくないだろうから、余計にそう感じるのかもしれない。

 だが。

「魔術には魔術陣があるでしょう? それを魔力と魔石で文様を描き、魔術として完成されるという流れ。治療術にとっては、こうして作られる薬品が魔術陣の代わりというわけです」

「ふぅん……」

 興味深いです、とアポフィラは目を少し輝かせる。

 結局彼女は、ニノンが帰ってくるまでずっと、作業場で見学を続けた。

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