彼女の魔術公式 ~補習編~
「ねぇねぇ、アコ。ちょっといい?」
「アポフィラです……で、何の用ですか」
「んとね、この前、杖なしで魔術使ったじゃない。あれってどうやったの?」
「日常的に使われる『簡易魔術』と、仕組みとしてはだいたい同じようなものです」
「簡易……あぁ、かまどとか暖炉に火をつけたりするあれね。たしかにあれくらいなら、普通の人でも自然と使えるようになるわよね。ちょっとイメージするだけだもの」
「ヒトの頭脳は、あの程度なら『イメージするだけ』でいいのです。ですが規模が大きくなるほどに、空想やイメージだけでは追いつかないです。だから魔石を使って『計算』して、望む形の術式へと整えていくですよ。まぁ、イメージをちゃんとするための翻訳作業ですな」
「ふぅん……」
「そもそもニノン、どうして基礎魔術一式には、それぞれ名前がついていると思うです?」
「え? ……わ、わかりやすくするため?」
「その通り。イメージだけではダメといいつつ、結局魔術はイメージも重要です。料理で言うところのオダシですな。あえて言うならタグというやつです。炎でどかーんさせたい、というイメージに該当する魔術は、そう多くないとはいえ……魔術師の知識は膨大ですからな」
「ふむふむ」
「東方諸国には『言霊』なるものがあるそうですが、もしかすると魔術に名を与えるのはそれと同じ原理かもしれないです。まぁ、ともかく魔術は名を持つことで『枷』を身につけ縛られるのです。必要以上に強くなりすぎないように。薬と同じで、過ぎたものは害悪ですからな」
「そうなんだ……」
「だからこそ魔術師は、まず基礎と呼ばれる魔術を一通り教わるです。慣れてくると基礎一式では物足りなくなるので、結局は基礎を拡張した応用魔術に手を出すようになるですな。ちなみにボクも使っている魔術は、基本的に応用がメインです。熟練してくるとオリジナルに手を出すらしいですが、そこまでするのは頭のおかしい暇を持て余した物好きだけです」
「……そ、そうなの」
「薬学にも例えられるですよ。ぼくが・わたしがかんがえたとってもすばらしいこうのうがあるおくすり。オリジナルの魔術式は、つまりそういうものです。自己満足の世界です。自己満足というものは終わりが無いので、死ぬまで一つの魔術をいじくるだけになることもそう珍しいことではないです。お前はどこの芸術家だっていう話です、嘆かわしい」
「……」
「そもそもです、使われない技術ほど哀れなものはないです。どんなに手塩にかけて慈しんで拡張したところで、自分以外使われなければ生まれる前に死んでいるも同然。自分ひとりが死んでしまえば消えてしまう技術に、いかほどの価値があるですか。ボクとしてはまったくもって理解できないですな。使われない力は、ただそれだけで無駄であり……哀れです」
「……」
「話を戻すですよ。魔術に名前があるのは、知識から望む術式を引っ張り出す、という点でも便利ですが、魔石と情報をやり取りする上でも便利なのです。魔石だって万能ではないのですからな、できれば渡される情報はわかりやすい方が、変な誤作動を起こさないのです。その魔石が扱える範疇を超えた場合、ちゃんと『不発動』という形で答えてもらう必要もあるです」
「あー、魔石の限度を超える魔術を無理に使うと、いろいろやばいんだっけ」
「ですです。だいたい『爆発』するはずです。術者が死ぬだけなら別に自業自得ですが、高確率で周囲に甚大な被害を与えるですから、実にはた迷惑な『花火』だと思うですよ」
「辛らつねぇ……」
「人様に迷惑をかける同業者は、ニノンも同じように思うはずなのです」
「まぁ……そりゃ、そうだわよね」
「さて、さらに話を戻すですよ。基礎も応用も、ある意味では量産品なのです。そこら辺で類似物を見かけるので、まぁ、たまにそれが気に入らん魔術師がいるです。同じドレスを着た他人を見た気持ちなんだ、と前に熱く語られましたがまったく理解できなかったですな。そういうオンリーワン的な何かを求める物好きが、だいたいオリジナルに手を出すです。ちなみに治療術も元はそこから発展したものなので、すべてが無意味無駄というわけではないですよ」
「へぇ、知らなかったわ……」
「ボクも最近知ったですよ。魔術の歴史は、奥が深いです」
「確かに奥が深いわぁ……で、結局あの時にアコは何したのよ」
「要約すると、普段は魔石に任せてある魔術式の演算その他を、ぜーんぶ頭の中でやっただけです。一応、万一の備えとして『やり方』は教わっておきましたですが、ぶっちゃけ二度としたくねーですな……あれから数日はめまいと吐き気と、意識がふわふわで地獄見たですよ」