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噛まずに呑むのがお作法デス

 ダンジョンなり依頼なりの後、アポフィラは何かしらの店に立ち寄って、胃袋を満たすのが恒例だった。魔術を使うことでいろいろとつかれるので、お腹が空いてしまうのだ。

 しかしいつも同じ店では、さすがに飽きが来る。

 そこで彼女は、普段は向かわない場所に足を運んでいた。

 オーリア中心地の一角には、東方諸国の雑貨や食べ物を提供する店が並ぶ地域がある。東方諸国出身の人々が集まったのが始まりで、今ではオーリアでも人がよく集まるスポットだ。

 この辺りは建物から東方風にしてあるので、外国に来た気分になれる。同じような立て方をしていてもデザインが違ったりして、遠くからわざわざ身に来る建築家見習いもいるとか。

 アポフィラはヒイラギと二人、とある麺料理を取り扱う食堂に来ていた。東方諸国の料理は食べたことが無い、ということに気づき、ヒイラギを呼び止めてお昼に誘ったのだ。

 一応ニノンやセツナも誘ったが、ニノンは実家の手伝いがあり、セツナは少し遠出する用事があるとかで昼食はその道中で取るらしい。結果、二人で向かうことになったのである。

 時刻は昼前。

 込み合う店内には、東方諸国出身と思われる人が多く集まっている。彼らの多くがヒイラギのように民族衣装をこちら風にアレンジしたような、独特な格好をしているので見ればすぐにわかるのだ。同じように見える服装でも、ヒイラギが言うには国が違うのだそうだ。系統としては同じだが、底から先の枝葉が異なっているという。複雑な地域だとアポフィラは思う。

 二人は空いていたカウンターの隅っこに腰掛けて、注文はヒイラギに任せた。

 一応ポーズ程度にメニューを見てみたが、正直なところよくわからない。

 同じような単語が並んでいるので、きっと何種類かあるのだろう。

 しかし、何がどう違うのかいまいちわからない。うかつに注文して、食べられないものだったらいろいろと申し訳ないし、と考え、アポフィラはひとまずヒイラギの動きを待った。

「大将、かけの大一つ。アコは少ない方がいいか?」

「よくわからないですが、それほどハラヘリではないのでテキトーでいいと思うです」

「では……そうだな、無難にかけの小を」

「あいよー」

 厨房にいる中年男性が返事をし、大きい器を手に奥へと引っ込んだ。

 こういう店は始めてのアポフィラがきょろきょろと店内を見ている間に、注文したものが目の前にかたんと置かれる。薄茶色の透き通るスープの中に、パスタとは違う麺類が入った謎の料理。ネギなどの薬味が上にのっていて、ヒイラギはさらに赤い何かを振りかけていた。

「ヒイラギ、それはなんです?」

「これは七味……まぁ、唐辛子だな。私はこれを少し振るのが好みだが、アコはやめておいた方がいいかもしれないな。少しの量でも汁が熱いから、すごく辛く感じることもある」

 なるほど、では使わないことにしよう、とアポフィラは思う。最初はやはり、その料理そのものの味を楽しまなければならない、せっかくつれてきてもらったのだから。

 とはいえ。

「これは……」

 料理と、それと一緒に渡された道具を前に、彼女は動けない。

 繁盛しているのだから、きっとここの料理は美味しいのだろう。東方諸国の郷土料理の一つらしいが、見た感じ明らかにこの国の住民も多い。つまり番人に愛される味、ということだ。

 だが――どうやってそれを知ればいいのか、アポフィラにはわからなかった。

 なぜならば、渡された食べるための道具がさっぱり意味不明だからだ。

 隣のヒイラギは道具を完璧に使いこなし、さっそく食べ始めている。その様子を見て、アポフィラも同じように手を動かした。しかし見るも無残な有様で、ほとんど味もわからない。

 そもそも口に入らないので、味わうどころではなかった。

 しばらくがんばるも、どうにもならない。

 アポフィラは一度手を置いて、隣のヒイラギに尋ねる。

「ヒイラギ、これはなんという名の食べ物なのですか」

 今更過ぎる質問。しかしアポフィラはほとんどヒイラギにくっついてきた形で、ただ東方の料理を食べてみたかっただけだった。なので料理の種類などは、さっぱりわからないのだ。

 なお、冒険気分でこの辺りに来るお客は多く、アポフィラだけの話ではない。

「うどん、というものだ。見ての通りの麺類だな」

「パスタとは違うですな……太いし、ボクには少し食べにくいです」

 何より、とアポフィラは握り締めている二本の棒を睨む。

 このハシという道具は、どうにもこうにも扱いにくい。挟むことに特化しているように見られるが、普段フォークなどを使うことが多いアポフィラには、とても扱いにくい代物だった。

 こうやるんだ、とヒイラギがゆっくり使い方を教えてくれる。

 しかし、やっぱりうまくいかない。

 食べられないということは、さすがになかった。少しずつではあるが、口に入るようになってきている。しかしやっぱりペースが遅い。そして味わう、というほど食べられない。

 隣に座るヒイラギは、数本の麺をハシではさみ口元に運んでいた。それを勢いよく音を立てながら啜り、時々スープを器から直接飲んでいる。実に、おいしそうに食べていた。

 このうどんなる料理は、熱々だ。寒い時期にはもってこいという感じで、ひとまず啜ったスープはとても美味しい。あっさりしていて、アポフィラの好みにぴったりとはまった。

 このうどんはあったかい料理だから、きっと他の熱々な料理と同じで熱いうちに食べるのがいいのだろう。しかし今のままでは冷めてしまうどころか、そもそも満足に食べられない。

 うぐぐ、と唸るような声を小さく発し、揺れるスープの水面を彼女は睨んだ。

 もはやみっともなく、がっつくしかないのかという葛藤が生まれる。

「はい、どうぞお嬢ちゃん」

 と、目の前に銀色の見慣れたものが差し出される。

 見上げた先にいたのは、エプロンのようなものを身に着けた中年の女性。

 おそらくはヒイラギが大将と呼んでいた、あの男性の妻なのだろう。彼女はアポフィラにシンプルなフォークを差し出しながら、にこにこと笑っている。

「ハシは使いにくいからねぇ。こういうのも、ちゃーんと用意してるのよー」

「……どうも、です」

 使い慣れた道具を受け取りつつ、アポフィラは思う。

 帰ったら特訓だ、と。


   ■  □  ■


 初めてのうどん屋から少し経って。

 今日は、いつもの四人で同じ店に入った。いつものように一仕事を終えたところでお腹が空いてきて、せっかくだから一緒にうどんがいいです、とアポフィラが言い出した結果である。

 注文するのは、もちろん『かけ』というシンプルなうどんだ。ヒイラギはいつものように七味を少し多めに振って、セツナはゆで卵を追加のトッピングとして注文している。

「うぅ、おハシって難しいですよねぇ……」

 何度かこういう店に来たらしいニノンは、割といい手つきだった。少なくともフォークなしには食べられなかっただろう、初めてきたばかりのアポフィラよりはいい。ちゅるり、と麺を口に運んで啜って、おいしそうに目を細めている。彼女が頼んだのは濃い目の汁をかけて絡めて食べる感じの料理だ。上に大根をすったものなど薬味が載っていて混ぜて食べる。

 氷でキンと冷えた麺は歯ごたえがあって、んふー、とニノンに喜びの声を上げさせた。

 で、肝心のアポフィラはというと、依然と同じモノを注文して。

「……ふむ、オダシが美味しいです」

 啜る途中で麺を切らないよう、一口ですべてを口の中に招きいれる。時々、器を持ち上げてスープを味わい、ほぅ、と息を吐き出す。そんな具合に、あれからセツナを巻き込んで猛特訓した結果に会得した東方直伝のハシ捌きを、存分に、そして得意げに披露していた。

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