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お仕事くださいな ~ボクサツ天使の場合~

 ニノン・クルノールは、今日もテキパキと身支度を整えていた。作業用に身に着けているエプロンを汚れ物を入れる籠に投げ捨て、ついでに服も着替えてゆく。

 鏡の中には、少しお疲れモードの色を宿す赤い目。

「……ま、今日は大変だったもんねぇ。お客さんやたら多かったし」

 誰に言うでもなくつぶやき、ニノンは櫛を鏡台に置いた。籠の中にいくつか入れてあるヘッドドレスを引っ張り出し、あごの下ではなく首の後ろでリボン結びにする。本来は前で結わえるものらしいが、何となくその感触が気になってしまうのでニノンは後ろに回していた。

 服に合わせられるよう数種類買い揃えているが、お気に入りは淡い桃色の布地に、白いレースが縫いつけられたものだ。赤毛とのバランスがよく、お気に入りの服とセットでもある。

 服を着替え、髪を整え。

 部屋の隅においてある愛用の杖を、ニノンは手にした。

 最後に最後に濃い赤の厚手の生地で作られたかばんを抱え、家を出る。念のために各所を回って戸締りと火の確認をし、安全と安心を確認したところで靴を履き外に向かった。今日はこの家には誰もいないので、用心に用心を重ねておかないといけない。

 がちゃがちゃ、と自宅にしっかり鍵をかけて、ノブをまわし確認して。

「……よし」

 と、つぶやいた。

 鍵をかばんの中に落とさないように押し込んで、ある場所に向かって出発する。

 彼女の日課は、昼過ぎにギルドの支部に顔を出すことだ。

 正確にはそこに収められた品物のうち、薬草の類を買い付ける、ともいうが。

 ギルドは基本的に魔石を買い取っているが、それ以外にも事前に申請などがあれば冒険者に買い取ることを伝えて、持ち込まれればその質や量によって値をつけて取引をしている。

 場所によっては毛皮だったりするが、オーリアの支部の場合は薬草だ。

 魔物が蠢き立ち入るのも危険な場所にこそ、貴重な薬草はある。ニノンはある冒険者のチームに治療師として身を置くが、無理に危険な場所に連れて行けとは言いにくい。何故ならば危険な場所は命を奪われる可能性が高い場所で、ニノンは仲間達が好きだったからだ。

 治療師が何を弱気な、と人は言うかもしれないが。

 自分の実力に自信がもてない限り、行こうとはきっと言い出さない。

 ……とはいえ。

「あっちから行くって言い出したら、がんばらないと」

 そこが、ニノンの悩みどころだ。今のところ、彼女のチームは慎重というか、あまり無茶をしない傾向である。しかしリーダーが魔術師というのが、少々頭が痛いところだった。魔術師にとっては魔石は重要なもので、よい魔石を得るには危険な場所に行くしかない。

 あの、ぼんやりしている白い魔術師も、いつか。

 危ない場所に行きたがるのだろうか。

 そうなった時は……そうなった時、とニノンは改めて考える。危険とされない場所でも死ぬ時は死ぬ。その時、その場、そのタイミングで、自分はできることを精一杯やればいい。

 そのためにもギルドが買い取っている各種薬草は、必要なものだった。

 ヒトが負った傷を『無かったこと』にできる治療術は、ある種の奇跡。魔術師が時に命すら危うくなる犠牲を払って力を得るように、治療術の使い手もまたいろんなものを犠牲にする。

 治療術は、基本は魔術と同じだ。

 魔石を用いて術式を構築し、特定の場所――この場合は患部を標的に術式を展開する。しかしそれだけでは、擦り傷すら治せない。術式は、基本的に型紙だから。

 魔術師の場合は魔術陣を使用する。作り上げた術式を特定の形に整えることで、つまり二つを組み合わせることによって、術式を『魔術』という攻撃手段へと変化させていた。だから魔術の発動には時間がかかり、魔術陣を構築するという手間のせいで暴走暴発の危険性もある。

 一方、治療術は魔術陣を必要としない。

 少なくとも、ニノンが扱う術式においては、だが。人によっては――特に魔術師などが治療術を扱う場合は、やはり魔術陣になることが多いという。もっとも、ニノンがそれを実際に目にしたことは無く、とある友人の魔術師が雑談の一つとして聞かせてくれた話だ。

 では何を持ってして、術式に癒しの効果を与えるのかというと。

 それこそが、ニノンの『本業』による生成物――薬草などを利用した薬品、である。

「あ、ニノンさん」

 こんにちは、と笑顔で出迎えたのはアーティアだ。

 この支部の癒し、あるいは天使、とも呼ばれるエルフィカ族の受付嬢。ゆえに彼女の前にはよく男性冒険者が列を築いているのだが――今日は、不気味なほどに人の姿が無い。

「……なにか、あったんです?」

「えっと、それが……その、ちょっといろいろあって」

 目をそらされた。何となく、尋ねてはいけないことのように思える。

 まぁ、ギルドで騒動があるのは日常の一部だ。荒くれが集まりやすい場所で、酒場ほど頻繁ではないとはいえ、ニノンも何度か巻き込まれたり応戦することになったりしたこともある。

 そのために、別にどこかに行くわけでもないのに杖を持っているのだ。

 これがあれば、とりあえずは安全だから。

「あ、えっと、でも薬草とかはどっさり来てるんですよっ。ほら、前にニノンさんがほしがってた例の薬草とかも、量が多いので比較的お手ごろなお値段でご提供できるかと――」

 その言葉にニノンはぴくり、と反応する。

 カウンターに寄りかかり、身を乗り出すようにしてアーティアに迫った。

「え、マジ? マジですかそれ。やったあああ!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶニノン。

 魔術と違い、治療術は薬品が重要だ。

 魔術ほど多岐にわたって――オリジナルと呼べる術式を作り出せない代わりに、ひたすら性能を上げてきた治療術。その行き着いた先にあるのが、特定の『呪文』に対応する薬品だ。

 薬品といっても液体の場合もあれば、クリーム状だったり錠剤だったり。扱う、いや扱える術式によって形態は変わる。術式によって、というよりもその属性によって、ともいうが。

 ニノンは主に土属性を扱う。

 よって土に属する薬品――薬草などを使用した、クリームや液体、モノによっては粉類を常にかばんの中に何種類も携帯している。もちろん治療術を施すまでも無いケガに使う、ごく普通の薬なども。ニノンのチームは、他三人が良くも悪くもそういうものを携帯するということを考えないので、結果的にニノンが孤軍奮闘することになっていた。しかし薬草類を譲ってもらえるし、取りに行きたいというと普通についてきてくれるので持ちつ持たれつの関係だ。

「うるせぇ! ジャマすんなっ」

 と、ニノンが嬉々として薬草を検分していると、そんな怒鳴り声がギルド内に響く。

 がたんがたん、と音がする方を見ると、数人の冒険者らしき人物がいた。そのうちの、あちこちに包帯などを巻いた『絵に書いたようなケガ人』が、暴れながらわめいている。それを仲間らしき他の人々が、なだめながら必死に押さえつけているらしい。

「実はですね……」

 こそこそ、とアーティアが耳打ちする。諸事情で依頼の数が減っていて、多くの冒険者が魔石などを探しに外に出たらしい。しかし依頼がない分をどうにかこうにか補おうと無茶をする者が後を立たず、彼のように重症を負って戻る人数はいつもの倍にまで上っていると。

「で、ニノンさんできれば少しここで手伝ってくれませんか? ギルド併設の治療院、もう人手が足りなくて……仲間がケガをして動けない治療術師などを、臨時で雇っているんです」

「んー、じゃあ、やりますね」

 ニノンは言いながら、かばんからいくつかの薬品を引っ張り出した。とりあえず、そこでわめき散らして仲間に八つ当たりしている、剣を扱っているらしい青年の治療をしよう。

 彼は仲間に押さえつけられながら、必死にもがいていた。

 もしかすると、魔物の毒のせいで我を失っているのかもしれない。

「もうっ、あれ以上無茶したら死んじゃうじゃない!」

「なんで帰るんだよ逃げるんだよ! あとちょっとであいつ、倒せたじゃねぇかっ。それなら死んでるのとかわんねぇよ! どうせオレのケガを理由に、帰りたいだけだったんだろ!」

 青年の言葉に、説得していた女性の表情が曇る。

 ぷちん、という幻聴のようなものを、ニノンは聞いた。それと同時に、身体が流れるように声の主の前に向かう。彼は、未だわめき散らしていた。まだ戦えるだの何だの、やかましく。

 す、とその背後にニノンは立つ。

 相手はまだ気づかない。

「そこの、乙女を泣かすクソみたいなおにーさーん」

 にっこりと笑顔を浮かべ、なぜか愛用の杖を右手に握った。

 杖は、一般的な魔術用の杖とはだいぶ形状が異なる。彼女のそれは先端部に術式を制御するための魔石がついているが、それはちょっとした子供用のボールのように巨大で、杖というよりはメイスという武器に近い形状をしている。魔石自体は丸く整形されて、金属の細い板を何十にも巻きつけるようにして杖に固定されていた。その分、でこぼこしている。

 そんな『武器』を、ニノンは振り上げた。

 わめいていた冒険者の表情が、ケガ以外の要素で青くなっていく。

「おとなしく、ベッドの上で眠りやがってくださいねー」

 そして振り下ろされた鈍器は、確かに彼をベッドの上の住民にした。その上で各種薬品を用いた治療術を施し、彼は当初の予定より数日早く仕事に戻ることができたという。人々は彼女のことを天使と呼んでいるが、その背にあるのは純白ではなく闇の如き漆黒かもしれない。

 本人が聞けば、最初に言い出した相手に一撃見舞いそうだが。

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