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お仕事くださいな ~サムライとニンジャーの場合~

 ギルドのオーリア支部。

 朝早く、人気のない時間帯にそこを尋ねた二人の青年がいた。

 一人は長身の男。黒髪を伸ばし、首の後ろで一つに纏めている青年だ。細身だが見るからに鍛えられている身体つきで、腰には曲線を描く東方伝統の武具――刀が二本揺れている。

 彼は生まれも育ちも東方出身の、ヒイラギという名を持つ青年だった。

 母国で剣術を嗜み、こちらに腕試しと修行もかねて来ている。彼のように東方――を含む他国からこの国に来るものは、割と多い。とくにギルドが作られ冒険者が職業として認められるようになってからは、それを生業とするためにやってくるものがいる。なのでこの国内の主要な都市には郷土料理などを提供する飲食店や、小物や衣類などを取り扱う商店が多かった。

 ゆえに、東方特有の響きを持つ名も。

 こちらではあまり見かけない、闇のような黒髪も。

 この国においては、それほど目立つものではなくなっていた。

 むしろその闇のような、あるいは夜のような黒は、どこか神秘的に見えるのだろう。整った見目もあってか、彼はそれなりにモテていた。しかし女性の免疫がないというか、しどろもどろになって逃げ出してばかりだが。なお、それがかわいい、という意見も少なからずある。

「おはようございます、ヒイラギさん」

「アーティア殿も、朝早くから大変だな」

 受付に立つと、何かの装置をいじっていた受付嬢と目が合う。アーティアという名の彼女はエルフィカ族の出身で、いつも誰にでも、にっこりと笑顔を向けてくるかわいらしい人だ。

 心優しい彼女は多くの人に慕われていて、時々異性に口説かれ困っているのをヒイラギは見かける。どうも、はっきり断るという行為が苦手の様子だ。それでいて規律などを乱す相手には凛として立ち向かう強さもあって、女性人気が高い――と、知り合いから聞いている。

 早朝ということもあって、受付にいるのはアーティアと他二人だけだ。いつも五人ほど揃っているところから考えると少ないが、応対しなければならない相手もいないので問題ない。

 いつもなら、何も。

「おい受付、こりゃあどういうことだっ」

「ちゃんと説明しなさいよ!」

 穏やかな時間を叩き壊すような、鋭い罵声。

 思わず視線を向けた先には、先客であろう数人の男女がいる。

 絵に描いたような冒険者といった風貌の屈強そうな男と、彼と同じチームにいるのだろう数人の男女が集団で、受付の少女を怒鳴りつけていた。受付のカウンターがなければ、胸倉を掴むなどの暴力に発展しかねないほど、彼らの様子は尋常ではない。

 確かに冒険者というものは、時に乱暴なことも厭わない連中も多い。とはいえ、ギルドに対する礼儀というものは、誰もがちゃんと持っている。ギルドに所属しない冒険者は、正直なところ生計が成り立たないほど立場が弱い。所属することで、彼らは立場を得られるのだ。

 なのでよほどのことがなければ、ギルドの職員に食って掛かるなどありえない。

 ゆえに、その一団の剣幕は、異常であり異質だった。

「ヒイラギ、あれは……」

 一体何があったのか、と少しばかりの不安のようなものを抱えつつ、静かに見守っていたヒイラギに話しかけるのは口元をマフラーで覆う、淡い茶髪の青年だ。ヒイラギとさほど背格好は変わらないのだが、黒衣に身を包んだ彼の方はずっと細身で身軽そうに見える。

「わからん。だが、尋常ではないな……セツナはどう思う?」

「さぁ……あんまり関わらない方がいいだろうけど」

 と、彼はため息をこぼす。

 セツナ、という名からして東方出身のように見えるが、それは母が向こうの出身だったというだけであって、彼自身はこちらで生まれ育って東方には行ったこともない。しかし母の好みのせいかあちらの料理などはよく食卓に並び、行ったことがないわりに知識も豊富だ。

 余談だが、ヒイラギが女性から逃げ出した後をフォローするのは、セツナの仕事である。

「あ、あの……あのっ」

「どうしてくれんのよっ、あんたは座ってりゃいいけど、こっちはそうも――」

 怒鳴られる受付嬢――見たところまだ十代の少女は、今にも泣き出しそうだった。それすら冒険者達は怒りを抱くようで、ハデな格好をした一人の女が少女に腕を伸ばして。

「その辺りで、もうやめたらどうだ」

 ひっぱたこうとしたのを、ヒイラギが制する。

 刀の一本を鞘ごと抜き、振りあがった手の動きを封じた。その場の全員の視線が突然現れた彼に注がれ、アーティアの前に残っていたセツナがため息をこぼした。ヒイラギはお人よしなところがあるのか、どうしてもこういう場面でついつい口を挟みたくなる性格だった。

 そのたび巻き込まれているセツナは、ため息をついている。

 悪意も邪念もなく、善意しかなく。

 そして行動が至極正しいから、いつも止めるに止められなかった。

「ジャマすんじゃねぇよ、部外者が……」

「何があったかは知らぬが、そうやって当り散らしても仕方がなかろう。力を持たぬものに振りかざすそれは、暴力でしかないぞ。それとも、この手は彼女の涙をぬぐうものとでも?」

 ヒイラギは静かに怒りをにじませつつ、刀を下ろす。

 もう一人の受付嬢が、泣き出してしまった少女を抱えて奥へ消えた。しかし彼らの誰もそれには気も向けない。彼らの目標は、今はヒイラギ一人になっていたからだ。

 呆れ気味にセツナが近づいたのが、合図となる。

 じり、じり、と彼らは建物の外へと出た。ギルド内で暴れることは得策ではない、ということを把握するだけの余裕が、頭に血が上っているとはいえ残っていたらしい。

 睨みあったままゆっくりと、外にたどり着き。

 無言のまま、先に動いたのは屈強な男だった。おそらくチームの頭なのだろう。武器は持たず、おそらく素手による戦いを得意とするようなタイプだ。りんご程度なら簡単に握りつぶせるだろうたくましい腕が振りあがり、未だ刀に手を伸ばしもしないヒイラギに迫る。

 ヒイラギは少し、ほんの少し体勢を低くする。

 重心を下げつつ、流れるように刀へと指先を這わせた。

 ゆるりと曲げられていた足が、ざらり、と音を立てて前方へ。つま先に力がこもることで硬いブーツの底が音を奏で、そのまま彼は迫る男の懐へと飛び込んでいく。

 その背後、セツナはどこからともなくいくつかの武器を取り出し、放っていた。ヒイラギが身を低くした一因には、彼が長年共に戦った友人が、こういう場合にどういう風に動くかを言葉を交わさずとも理解しているからである。そのためには、自分が邪魔だとわかっていた。

 セツナが放った武器――ナイフのようなそれは、迫る男の脇をするすると抜ける。

 仲間の勝利を確信して疑わない、背後の者達へと向かった。

 もちろん――それだけで、相手をすべて倒せるとは、誰も思っていない。ゆえにセツナはヒイラギ以上に重心を下げて走り出す。地面を蹴り、手近なところにいた敵の下へ。

 その間にヒイラギは、迫る男の懐に飛び込み、相手の勢いすら利用した一撃を見舞った。わざわざこの程度で刀を抜くことは無い。刀は、鞘に収めたままでも立派に武器として、鈍器として通用するだけの強度がある。少なくともヒイラギの刀は、そういう使用方法も想定して作られた特注品だ。それによる一撃をみぞおちに喰らえば、誰もが崩れ落ちる。

「あ……っ」

 もれたのは、先ほど受付嬢をひっぱたこうとした派手な女。彼女の目の前では仲間の身体が崩れるようにゆっくりと傾き、さらに飛び道具がすぐそこに迫っている。

 とっさに武器などを構えたり、頭を抱えてしゃがみこむが。

「――」

 セツナの手が、その動きを阻む。武器を抜こうとした腕をつかみ、多少力加減をしつつも地面へと投げるように引き倒す。その勢いで、まるで跳ね上がるように飛んだ彼は次の獲物へ。

 初手から体勢を崩された彼らは、そのままあっという間に倒された。

 地面に崩れ落ちる彼らは、ギルドの衛兵に引きずられていずこかへと消える。さすがに登録を抹消される、ということは無いだろうが、しばらく苦労するだろう。

 冒険者は職業として認められ、世間的に立場ある職業だ。

 しかしそれゆえに、法律で禁じられている項目もある。その中に一般市民への暴力が含まれているのは、冒険者でなくとも知っていることだ。ある意味で、この国の常識でもある。

 戦う術を持つものが、戦う術を知らぬ者に力を振るってはいけない。

 それは一般市民を守るための理だ。

 冒険者を、冒険者とするための、理でもある。

 もちろん冒険者同士での決闘などを、認めているわけではない。だが、理を乱す冒険者を実力を持って制圧することを、すべての冒険者は『許可』されていた。殺さなければ、多少痛めつけていても構わない。彼らが一般市民に手を出し、傷つけることだけは許されない。

 罪を犯した冒険者の身柄は、基本的に所属するギルド預かりとなる。

 その後、罪状についての話し合い――裁判を得て、何らかの罰が与えられるという。

「ヒイラギさん、セツナさん、大丈夫ですか……っ」

 誰もいなくなった建物の前、アーティアがぱたぱたと走ってくる。

「すまぬな、つい手を出した」

「いえ……いいのです。お二人は『善意の協力者』として処理をしましたから、褒美こそあれど罰なんてありませんよ。本当に、本当に助かりました、ありがとうございます」

 ぺこり、と頭を下げるアーティアは、本当に嬉しそうにしていた。

「しかし、ずいぶんと荒っぽい者達がいるものだな。何か問題でもあったのか?」

 性格などが荒っぽい者が多い冒険者界隈ではあるが、ギルドの受付に食って掛かっているようなやからを見たのは二人とも始めてだった。冒険者にとってギルドとは、面倒な手続きをすべて請け負ってくれる便利な存在で、ああいう態度に出るなど普通は考えられない。

「それがですね……」

 と、アーティアは、申し訳なさそうに告げる。

 それは中央――と呼ばれる、この国の中心にあるギルド本部で起きた、嬉しい悲鳴が響き渡った一件だった。一つの尋常ではない戦力を有するチームが依頼という依頼を片っ端から片付けてしまい、それ以外のチームが周辺へ流れ込んでいるという、笑えない事情。

 一応依頼は残っているものの、初心者用の実に簡単なものばかり。

 もはや、食べ残しと言っていい惨状だった。

 依頼を求めて朝早くからきた二人は、絶句するしかない。

「それは……何とも、面倒なことになっているようだな」

「はい」

「先ほどのようなことも、どうせしばらくは何度もあるのだろうな……」

 今回は都合よく自分達がいたが、いつかあるだろう『次』はそう都合よいことになっているのだろうか、とヒイラギは思案する。アーティアも同じことも考えたようで、上に掛け合って何とかしてみようと思います、と苦笑交じりの返答があった。

「……さて、仕事がないとなると、そうだな」

 魔物でも狩るか、とヒイラギがつぶやき、セツナが心底嫌そうな顔をした。こういう時、この後に続く言葉がわかりきっているからである。そして、その予想はブレなかった。

「セツナ、少し付き合え」

「……何でだよ」

「腕が鈍ると困るだろう? それに今日はすることもない」

 ぽんぽん、と腰の刀を軽くたたいてヒイラギは笑う。

 セツナは何か言いたそうにしていたが、結局首を縦に振って友人についていった。

「いってらっしゃいませー」

 そんな二人を、アーティアが手を振って見送る。

 苦笑や困り顔ばかり浮かんでいたそこには、まぶしいほどの笑顔があった。

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