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お仕事くださいな ~ケモミミ魔術師の場合~

 ギルド――それはこの世界に存在する冒険者の多くが身を寄せ、依頼により発生する様々な事柄を任せている組織。中規模の都市には必ず支部がある、世界最大の『組合』である。

 ここは、オーリア。

 とある国の、中央と呼ばれる首都の西方に位置する都市だ。この国には一つの首都と四つの都市があり、都市はそれぞれに丸く円を描く街道で繋がっている。

 そして各都市から首都に向かってまっすぐ、広く整備された道が通されていた。都市のド真ん中を突き抜ける、馬車や人が行き交う『環状街道』という名の大通りの傍。

 ギルドのオーリア支部の建物は、人目につく場所に建てられていた。周囲の街並みと調和する淡い茶色のレンガと木材を組み合わせてあり、出入り口がとても広く作られている。唯一周囲と異なっているのは、その青い屋根の瓦だろうか。これは遠目からでもギルドの場所がすぐにわかるようにという配慮で、赤茶色が多い街並みの中では結構目立っている。

 各支部の規模にもよるのだが、それぞれで働いているのはだいたい二十人ほど。中央のギルド本部は百人ほどいる、と言われている。ここオーリアの支部は、それよりゼロが一つ少ない十人ちょっとだ。受付が五人、それ以外の細々した作業をその他が担当する。

 入ってすぐ目に入る受付に立つのは、耳の長い妙齢の女性だ。金色の髪はゆるい癖がついていて、肩につくほどの長さがある。前髪は細い髪留めを使い、右側にまとめて流れていた。

 ぴしりとした制服とめがねが実に似合う、長い髪を持つ彼女の名はアーティア。

 ヒトより耳が長い、エルフィカという種族である。彼らは魔術の才に恵まれ、魔術を用いた道具の扱いにとても長けた種だ。その才能はギルドにとって、必要不可欠なものである。

 数百年ほどまえから、ギルドは所属する全冒険者や彼らが作ったチームに関する戦果などの情報を、魔術を用いたネットワークによって各支部で共有していた。これにより、有事の際に誰を、どのチームを派遣するかなどを、客観的に把握し検討することが可能になっている。

 アーティアの普段の仕事は受付嬢であるが、エルフィカ族の特性を生かして、そのネットワークに関するあれこれも担当している。膨大な魔力と、魔力が構築した領域を理解する演算能力が求められる作業なので、基本的にどの支部でもエルフィカ族が担当する業務だ。

 今日も彼女は、ここ最近の情報を入力していたところだった、のだが。

「うぅ……」

 めがねの向こうの瞳を潤ませ、アーティアは途方にくれていた。

 種の特徴である長い耳はたれ気味であることが多いが、アーティアの耳はいつになくしょんぼりとしていて力がない。いつもニコニコしている表情も、困ったような形になっている。

 原因は、彼女の前にいるとある人物。

「だーかーらー」

 そういって、彼女を睨みつけている知り合いだった。

 アーティアの向かいにいるのは、白い少女。ふさふさとしたケモノのような耳を、時折ぴぴくと動かす、見た目からして魔術師であろう小柄な――これでも、一応は冒険者である。

 腰の辺りからゆるく三つ編みにした、雪のように白い髪。華奢であろう彼女の身体をすっぽりと覆い隠す、丈が長く厚みのある外套。そしてカウンターに立てかけた、半透明の青い魔石を使用した魔術仕様の杖。足元には腰に巻きつけるタイプのかばん。ぱんぱんに詰まっているそれを見る限り、彼女は今すぐにでもどこかへ『稼ぎ』に旅立てる状態だ。

 ――にもかかわらず。

 獣人であるこの魔術師は、かれこれ数十分ほどアーティアに食って掛かっていた。

 普段は静で満ちた表情はうつろで、ぼんやりしている少女だった。しかし今は青い目をくわっと見開――くことはなかったのだが、いつもよりはっきりとした感情を顔に浮かべていた。

 そんな彼女の要求は一つ。

「何度も言わせるなってヤツです。さっさと仕事をよこしやがれです」

 つまり、そういうことである。

 アーティアは気まずそうに視線をそらしつつ、それに答える。

「ですからぁ、アコさんに似合う依頼はないんですよぅ」

「アコじゃないです、アポです。ボクはアポフィラなのです。ヒトの名前ぐらいちゃんと覚えろと教わらなかったのですか、その長い耳は飾りですか、誇り高きエルフィカ族のくせに」

 爪先立ちになり、アーティアの耳を掴んでぐいぐいと引っ張りだすアポフィラ。彼女は自分の名前を間違われることが多く、そのたびに訂正している。そして、何度訂正しても直らない相手には、時として直接的な制裁を加えることすらあった……そうまるで、今のように。

 特に今日は機嫌が悪いため、いつもより執拗な攻撃だった。

「いい、いたいいたいですぅ!」

「覚えないアーティアが悪いです。そもそも覚える気があるですか、きさま」

「ごごごごめんなさいいいい」

 一通りわめかせると、アポフィラはすっきりしたのだろう。耳から手を離し、すとんと床に足をつけた。そしてカウンターにもたれかかるようにして、低い声で言う。

「……で、仕事ないですか、本当に。なぜです。あんなにいつもはあるですよ。てか昨日たくさんあったはずです。なぜ一日で、一晩で消えるですか。さっさと事情説明するです」

「一応、依頼はあるんですよ……その、駆け出し用の、すごく簡単なのが」

 どうぞ、と差し出された資料には、確かに子供でもできそうな依頼が並んでいる。依頼が無いなら無いで怒りを感じるが、これを依頼として差し出されたらそれはそれで怒るだろう。

 こういう依頼は必要なものだと、アポフィラは知っている。

 だが、そればっかりというのが納得いかない。

「それ以外は、どこに消えたですか」

「実は、昨日アコ……いえ、アポフィラさん達が帰った後、他のチームが片っ端から片付けてしまって。さ、さすが中央を拠点にしているだけあって、すごい速度でしたね、はい」

「……」

「中央に、割と大きなチームができたんです。十人ぐらいですが、どの方もギルド内で一目を置かれているようなヒトばかりで。……えっと、それでその方々が中央の仕事を片っ端から片付けてしまって、普段中央にいる人が周辺の各都市に流れてきてしまったようなんです」

 アーティアの説明に、アポフィラの視線がすっと狭まる。元々どこかぼんやりしているというか眠そうな目つきをしているからか、それとも瞳の色が宝石のように澄んだ青だからか。

 その鋭さはまるで、氷のように冷たかった。

 無理もない、よそ者が自分達の仕事を奪っていったのだから、当然だ。冒険者はギルドに席を置くが、別にギルドに『就職』しているわけではないので給料なんてもらえもしない。

 彼らの収入はこの世界に出没する『魔物』を倒し、その魔物を形作る『魔石』をギルドに買い取ってもらうか、ギルドに寄せられる多種多様な依頼を解決することで得られる。

 そして、ギルドは魔石を専門のところに売ることで利益を得て、依頼を解決してもらうことで信頼を得ている。そう、冒険者がいなければ、いかに本部といえど成り立たない。なので寄せられた依頼が叶えられるのであれば、それが支部所属だろうが何だろうがどうでもいい。

 そこでトバッチリというか、火の粉をかぶるのは支部である。

 そして、その支部に身を寄せる冒険者達だった。

「つまりよそ者が、ボクの仕事を取っていったですか……」

 小柄な姿からは想像もできないほど、低い声が響いた。アポフィラは呼び止めるアーティアの声も聞かず、くるりと背を向けて歩き去っていく。怒気を通り越して、殺気すら感じた。

 白い髪が遠ざかるのを見て、アーティアはそっと祈りを捧げる。

 考えるだけで恐ろしい。彼女が、アポフィラが極寒に囲まれた北の魔学校を、次席で卒業するような天才であるがゆえに。中央で活躍していないことが、もはや『異常』な存在ゆえに。

 どうか、ケンカだけは売らないでください。

 何とかして他のお仕事、見繕いますからどうかどうか。

 指を組んで、アーティアは必死に願う。

 もしこの願いが叶うのなら、多少耳を引っ張られても我慢できた。

 しかし彼女の祈りは、少し届くもほとんどが無視された。アポフィラは結局、数日後に中央から出張してきたチームと、とあるダンジョンで遭遇して決闘騒動に発展。チーム同士での争いの末に、相手のほとんどを病院送りにしてしまった。あんな速さで上位魔術をぶっ放すバケモノがどうして地方にいるんだよ、とは、その時半殺しにされた相手の魔術師の言葉である。

 彼女がいつ出逢えるともわからないどころか、出逢うことすら難しい件の冒険者のチームのためだけに、いくつかの上位魔術をあらかじめ杖に作り置くという、一つ間違えれば暴走させて本人はもちろん周囲すら吹き飛ばしかねない状態を保ち続けていたことが彼らの運のつき。

 戦いの鐘が響き、前衛を担当する仲間が飛び出す前に。

 アポフィラは溜めに溜め、少しの拡張すら施した魔術をぶっ放した。

 実は、たったそれだけのことである。

 ゆえに決して、あの一瞬で魔術を作り上げたわけではない。ないが――作り置きをしていたとう事実を知ったとしても、件の魔術師は彼女のことを『バケモノ』と呼んだだろう。

 出逢えるかもわからない何かに対し、そこまで執拗な準備をするなど。

 正気の沙汰ではない。

 唯一の幸いは、圧倒的なほどに相手に非があったことだろうか。他にも地元のチームがいくつか同じような被害にあい、魔石などを奪われていたゆえにお咎めなしだった。どうやら彼らにとって支部の同業者は、魔物より楽に狩れるある意味では『カモ』だったらしい。

 ちなみにその後、かのチームの構成員は全員がギルドから追放となった。もう二度と冒険者として、その名をはせることも生業を立たせることもできない。なにせ冒険者の収入のほとんどは依頼か魔石をギルドに売ることで、追放によりそれらが行えなくなってしまうのだから。

 それを聞いたケモノミミの魔術師はふふんと笑い、耳をぴくくと動かしたそうな。

 まるで、自業自得いい気味なのです、とでも言いたそうに。


 アコ――いや、魔術師アポフィラ・ラージェント。

 彼女のポリシーは、やられる前に準備を整え徹底的にぶちのめす、である。

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