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外はカリカリ、中はフワフワ

 ――ボク、東方の料理というものにとても興味があるですよ。

 ある依頼からの帰り道、ふと彼の仲間、もといパーティのリーダーを勤める魔術師がそんなことを言い出した。本人としては本当に『ふと』という程度の、独り言に近いつぶやきという認識だったのだろう。しかし、それを聞いた東方出身者のサムライは、なぜか目を輝かせ。

 ――ならば、私が少し腕を振るおうか。

 そう答えてしまった。

 それがすべての始まりになってしまった。

「んー、いいにおいー」

 うっとり、と目を閉じるニノン。

 隣には彼女の兄ヴァレンティがいて、離れたところではアポフィラが読書中だ。

 彼らが集まっているここは、ニノンの自宅である。諸々の流れでヒイラギが腕を振るうことが決まったあと、どうせなら大勢でゆったりできるところがいいということになって、消去法でクルノール家が選ばれた。広さならばアポフィラの家がダントツなのだが、台所はほとんどいじられておらず、まず掃除などをしなければ使える状態ではない。そしてヒイラギとセツナが一緒に暮らすアパートは、整理整頓こそされているが大勢で集まるには少々不便だった。

「いやぁ、大勢で食べるというのは久しぶりですよ」

 ヴァレンティがにこにこと笑う。

 兄妹は、基本的に二人っきりで暮らしている。若くして妹を養ってきたヴァレンティは、なかなか同年代の友人を作れず、作ったところで一緒に出かけるような暇もない。なのでこういう時間は大変貴重なものに感じられて、そして嬉しく思っていた。

 また、台所から漂ってくる良い香りが、嬉しいと思う気持ちをさらに増幅させる。

 もっとも、これは全員にいえることだったが。

「セツナさん、ヒイラギさんは何作ってくれるんでしょう」

「詳しいことは聞いてないけど……そうだな、刺身が出せないことを悔しがっていたから、割と本格的なものを作るつもりなんじゃないかなと思う。あ、刺身っていうのは新鮮な魚とかを生で食べる料理で、あっちでは海沿いなんかを中心によく食べられるものなんだけどね」

「海沿いゆえのご馳走、というやつなんでしょうかね」

「ただ、人によっては生臭いと感じるみたいだから、ご馳走というより……こっちの人からすると珍味の部類に入るかも知れないな。俺は刺身は好き。使う魚の種類にもよるけど」

 と、男二人は刺身談義を始めた。

 やれあの魚は生より煮る方がいいだの、煮るならこういう味付けが最適だの。どちらも料理を作ることが多い環境だからなのか、すっかり盛り上がっている。

 一方、普通ならそういう話題で誰より盛り上がるべきだろう少女二人はというと。

「男の人が料理するのって、いいよねぇ……」

「ボクは美味しければ別にどうでも」

「……夢がなーい」

「夢では物理的満腹感は得られないので、ボクはどうでもいいです」

 そんな、会話をしていた。アポフィラは使われていない台所から察せられるが、基本的に料理というものはほとんど作らない。基本的には外でさくっと何かしら食べて帰るだけだ。オーリアは幸いにも冒険者向けの安い食堂が多いので、財政的にそれほど苦ではない。

 それに、作ったことも無いのだ。料理という物体を。やろうと思ったことは無いが、まともに作れるのはレタスなどをちぎって盛り付けるだけのサラダぐらいだろう。無論、ドレッシングの自作なんてできないので、適当に酢などをダバダバかけるだけになるだろうが。

 一方、ニノンはそこそこには作れる。

 とはいえ、ずっと家事をしてきた兄にはまだ及ばない。薬師を生業にできるのだから決して不器用ではないのだが、薬と料理では勝手が違うのかよく焦がすなどしている。それでも食べられるものが作れるだけ、幾ばくかマシな部類なのだろう……とニノンは自画自賛している。

「むー、ちょっとお水もらうですよ。喉乾いたです」

「紅茶のおかわりを入れましょうか?」

「いや、それは食後で」

 ぱたん、と本を閉じるアポフィラ。彼女は家から一冊の本を引っ張り出していた。それは荷物に紛れ込んでいたもので、東方諸国に関する文化などを纏めた文献である。その文化にはかの地の郷土料理なども纏められていて、その特徴から考え紅茶は控えるべきと考えたのだ。

「いいですか、東方、それもヒイラギの故郷である国は、繊細な味が特徴的な料理が広く市民に慕われている土地柄だ、と書いてあるです。素材の風味を生かした、シンプルでありながらも高貴な料理に、紅茶の香しさは少々お邪魔ではないかとボクは思ったのです」

「……なるほど」

「一応、食べたい、と言い出したのはボクですからな。ちゃんとそこら辺は調べているわけなのですよ。むしろ当然の行為なのです。そういうわけで水でいいのですが、コップは……」

「あ、台所にあるの好きに使っていいわよ」

「りょーかいです」

 本を座っていたソファーに残し、アポフィラは台所に向かう。

 クルノール家の台所は白を基調にした、清潔感あふれるところだった。そこそこ広く、作業しやすそうな大きい台もある。ヒイラギはそこで、ボウルの中身をかき混ぜていた。

「……パンケーキ?」

 火の上に置かれたフライパン。そこにはじゅうじゅうと焼かれている、丸くへらべったい物体があった。見た目はアポフィラも良く食べるパンケーキなのだが、何やら様々な食材が混入してでこぼこしている。果物かと思い、近寄って覗き込んだが……違うようだ。あんな薄っぺらくて細長い果物を、アポフィラは見たことが無い。というか、これはキャベツだ。

「あぁ、それはお好み焼きだ」

「……おこのみ、やき?」

「小麦粉を玉子などと混ぜたものに、たっぷりの野菜などを入れて焼くものでな。他にも魚介類をいれてみたりする、庶民的なものだ。たこ焼きと迷ったが、こっちの方が楽だからな」

「ほぅ」

「あまり凝ったものを作っても仕方が無いからな、簡単なものにしてみたつもりだ。アコの口にあえばよいのだが……まぁ、適度に期待しておいてくれればいい、もうすぐ完成だ」

 と、ヒイラギはフライパンでこんがり色に焼けているお好み焼きを、用意してあった大皿に移した。そこにツボのような入れ物に入った、茶色いソースらしきものを塗っていく。最後に緑色のパセリのようなもの――ヒイラギ曰く『青海苔』というものと、かつおぶしなる薄い皮のようなものをぱらぱらとかけて。なぜかマヨネーズを、皿の端っこにちょこんと沿えて。

「これで完成だ」

「おー」

「あと何枚か焼かないといけないのだが、さすがに一人だとな。手伝ってくれるか?」

「やれやれ、仕方が無いですな。ボクに任せろなのですよ」

 アポフィラはぴぴく、と耳を震わせつつ、袖をまくる。

 仕方ないと呆れたように言いつつも、その様子はどう見ても嬉しそうだった。

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