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 アポフィラの朝は早い。

 だいたい、朝日が昇る頃には目が覚めている。夜はそれほど早いわけではないので、睡眠はきっと足りていない。眠いが、どうしても決まった時間に目が覚めるのは、未だ学生だった頃の感覚が抜けてこないせいだろう。何度かゆっくりと眠り、びっくりしながら目を覚ましたこともある。もはやトラウマの域です、と彼女はそのたびつぶやき、あるいは思う。

 しかし長い時間をかけ、染み付いた習慣はなかなか抜けない。

 なので、彼女は二度寝という選択肢を、新たに会得するに至った。

「……う」

 各種書物などに埋もれたベッド。その中にわずかに作られた寝床的スペースに、彼女は小さな身体を押し込んでいる。非常に寝苦しくなりそうだが、アポフィラはこの方が何かと便利で落ち着いた。なにせ手が届くところに、読みたい資料などが散らばっている。これでふとした時に時間も潰せるし、寝る前のわずかな『何もしない時』も有効活用できるのだ。

 朝、と小さくつぶやき、仰向けになって見るのは高い位置にある窓だ。開け閉めをしない明かりを取るための小さな窓から、やわらかい朝日が部屋の中に注がれている。

 古い一軒家をまるまるお買い上げした自宅の中身は、だいぶ自分の色に染まっている。最初はのどかな、どこにでもあるような平凡な民家。ただし長年使われていないので、あちこちぼろけてちょっと頼りない。今は補修などを施したついでに、床なども張り替えている。

 もちろん内装は、他にもいじくった。間取りは気に入ったのでそのままに、一番奥の部屋を寝室兼書斎として整理し、本やらベッドやらを運び込んである。そして隣には実験用の小部屋を設置し、残りは風呂などがあるぐらいで台所もリビングも全部一間に纏められていた。

 本当は全部を全部、自分のプライベートスペースにしてもよかったが、時々ニノンなどが尋ねてくるのでそれはしない。逆に寝室に何もかも詰め込んだことで、落ち着きすら感じる。

 ここは、自分だけの世界だと。

 すべてで感じることができる場所だ。

「んーう……ん」

 起きるべきか、寝るべきか。

 アポフィラは仰向けになったまま、ぼんやりと思案する。

 今日は特に何も無かった、はずだった。

 昨日は近場にできたダンジョンに、一人で向かってそこそこに戻って、やはり一人だとある程度の魔術ストックを維持しなければいけないので疲れて。やはり仲間はよいものだ、と再確認しつつお湯で身体を清め、適当に作った食事でお腹を満たし、早々に寝床にもぐりこんだ。

 一人でダンジョンに行くなんて無茶ができたのは、次の日が暇だからだ。

 つまり、こうしてゴロゴロ身体を休めてもいい日だから。

 魔術は杖にストックとして、作り置くことができる。それはその術者の実力などで数や規模が変わってくるが、どっちにしろかなりの負担になることは変わらない。ただでさえ魔術は疲労感をずっしりと与えてくるのに、そこに追加するのだからだいぶふらつく事態になる。

 まぁ、幸いにも昨日のダンジョンはそこまで面倒なものではなく、疲労感も眠ったことでだいたい取れている。この程度の疲れは、よく感じているものだ。動くのが面倒だ、と思わないでもないが、所詮はそのくらい。誘われればダンジョンに、出向けないこともないだろう。

 ゆっくりと、アポフィラは身体を起こす。

 起こそうとする。

 しかし。

「う……ん」

 四肢に力が入らない。ベッドの中に、沈んでいきそうだ。

 何度か抗ってみるものの、なぜか指先までしびれたように動きが無い。意思と身体をつなぐ糸が切れたようにも思えたが、触れているシーツや寝巻きの肌触りは消えていなかった。

 ただ、意思と繋がる糸を手繰り、身体ごとどこかに沈んでいくような。

 心地よくもあり、恐ろしくもある感覚が満ちていく。

 それはきっと、この視界もよくないのだろう。

 アポフィラの寝床は一応ベッドだが、手の届くところに本などをおいていった結果、ちょっとしたクレーターのような形状になってしまっている。つまり、身体が収まるスペースを取り囲む城壁の如く、書物などが積みあがっている状態なのだ。さらに天井まで届くほどの本棚が壁沿いにずらりと並び、まるで本でできた穴の底にいるかのような視覚になっている。

 ゆえに、沈み込んでいくような、そんな錯覚を感じるのだ。

 ……まぁ、そういうのが好きなので、あえてそうしているわけだが。

 アポフィラはどうも、こういうせませましたところが昔から好きだった。魔学校の学生寮ではこんなことできるわけがないので我慢していたが、それがここで大爆発中らしい。

「う、んぅ……」

 言葉というほどでもない声を発し、アポフィラは目を閉じる。

 決めた、もう一度寝ると。

 そもそも、どうして目が覚めてしまったんだろう、とアポフィラは思う。習慣以外にも何か要因があって、こんな風に思考できるほど意識が浮かんでしまっているはずなのだが、どうしてなのかが思い出せない。だが、思い出せないということは、重要なことではない証拠だ。

 そうだ、そうに違いない。

「おーい」

 だから寝る。寝てしまう。

 お腹の上に乗せっぱなしの本を適当に閉じて、適当な本のタワーの上に乗せて。それから足元でくしゃくしゃになっている上掛けをひっぱりあげると、もぞりと横を向く。

「おいこら、アコー、アポフィラさーん。あっさでっすよー」

 聞きなれた薬師の少女に似た声がするのも、きっと夢なのだろう。身体を軽く揺さぶられる感覚は睡魔を呼び、そのままアポフィラは眠りの底へとまっ逆さまに落ちていった。


 ちなみに彼女が本格的に目覚めたのは、これより数時間後。

 もうすぐお昼ご飯、といった時間帯である。

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