変化するは鬼か毒か【下】
子をなす。
と、聞いてもなんだか他人事としか思えない。
基本的に毒女は、その特殊な体ゆえ生殖機能はないそうなのだが、稀にその機能が働いている個体もいるそうだ。
否、いる。
自分がその稀にみる固体だと知ったのは、つい数週間前のこと。
最初はなんだか下腹に違和感がある程度だった。
じくじくと鈍く痛む、今まで感じたことない痛みだった。
けれど激しく痛むこともないゆえにしばらくそのままに過ごしていたカルマだったが、やがて異変に気がつく。
足を伝わるどろりとした液体を感じた。
鉄分の含まれている匂いからいって、それは間違いなく血だった。
けれどどうしたことか、体のどこにも怪我などはしていない。
次の日、食事を運んできたキヨにそのことを話せば、彼女は少し驚いたかのようだった。
何らかの病だろうかと問うてみたが、どうやら違うらしい。
キヨの話を聞いて、この血は子を孕むことができる印だということを知った。
子が欲しいか欲しくないかと聞かれれば、なんのしがらみもない状態であれば純粋に欲しいというと思う。
血のつながりを持つ家族というものを、欲しいと思う。
ぽつんと一人隔離された生活は、とても虚しく寂しいものだ。
けれど自分は毒女であり、尋常ではないことを考慮すれば、子はいらぬと切実に思う。
もし仮にカルマに子が出来たとして、無事に生まれてきたとしても、その子を取り上げられるのは目に見えていた。
そしてその子が女子ならば、カルマと同じ毒女としての道を歩ませるに違いない。
たとえ男子だったとしても、毒女の血を引く男として、別の生殖機能を持つ毒女と肌を合わせることになるだろう。
どの道、カルマが孕んだ子はまともな扱いを受けるとは思えない。
幸せになれぬと分かりきっている現状で、子を望むことなど出来やしない。
けれど近々、自分は男と肌を合わせることになるだろうということは察していた。
毒女はとても希少な存在ならば、その子も希少な存在となろう。
少しでもその個体数を増やそうと望まれるのが必須だ。
闇の眷族の頂点に立つともいわれる鬼すらも殺せるという毒女。
カルマは間違いなく、その内の一人だ。
毎日毒を摂取し、暗闇の中で生活をする。体は猛毒に侵され、もはや純粋に人とはいえぬ存在。
最強の血肉を持つといわれてはいるが、実際はどうだ。
与えらえることを拒絶すら許さぬ、ひ弱で醜い生き物だ。
たとえ拒絶したところで、抗ったところで、無理にでもことは進められてしまうだろう。それもいとも簡単に。
この世界がさほど優しいところではないと知ったのは、もう随分と昔だ。
それでも居場所がここしかなくて、受け入れることしかしてこなかった。
もし、この状況に少しでも抵抗し反旗を翻していたら、こんななんでもかんでも受け入れてしまう自分ではなくなっていたのだろうか。
こんな暗闇でなど暮らしたくない、外に出てみたい。
金色だという月を見てみたい、綺麗だという桜の花を太陽の下で見てみたい。
苦かったり苦しくなるような毒入りの食事はもうたくさん、菓子というものを食べてみたい。
けれどそんな我儘をいう自分など、まったく想像なんてできやしない。
残念なことに時分は根っからの受け入れ体質なんだと苦笑する。
今まで考える必要のなかったもしもの話。
ふと考えてしまっても、すぐに思考をそらすしかなかった話。
いらぬ希望は、簡単に絶望になり果てることを知っている。
毒がこの体を侵すかのように、絶望は心を侵す毒になる。
どうせ叶えられぬものならば、はじめから考えなければいい。考えてはいけないのだ。
傷つきたくなければ決められた道を進むしか他ならぬ。
この人生、誰も助けてはくれぬ。情けなど、与えてもらえぬ。
他人に、期待してはならぬ。
これが今までのカルマの、一人ぼっちだった毒女の結論だった。
「もし、耐えきれねえってんなら」
「うん?」
「どうしても男と肌を合わしたくねえってんなら……」
隣に座っているのは、世にも美しい鬼だ。
星明かりの下だと輝くような髪を垂らしている鬼。
目がとても綺麗で印象的な、鬼。
もっとも今は真っ暗な洞の中。
その美貌を拝むことは出来ない。
「その時は、闇に向かって俺の名を呼べ」
「羅刹の名前を……?」
「そうだ、俺の名を呼べ」
この時、知ってしまった。
今はもう、自分を助けてくれる者がいるということを。
この生活に、疑問をもってもいいのだということを。
けれど羅刹を求めることは、相応の危険を孕んでいるということも察しがついた。
無論彼も、そのことを理解しているはずだ。
だからこそ、今彼の纏った雰囲気が沈下しているのであろう。
実際次に吐かれた彼の言葉は、それを暗に指し示す。
「ただし、俺の名を呼ぶということはどういうことか、しっかりと考えてからにしろ」
羅刹は、鬼だ。
闇の眷族の中でもとくに強い力を持つもの。
そして人間を捕食する、人類の仇とまでいわれるもの。
それに助けを請うなど、反逆ととられるのが必至。
種族的には人であるカルマが、人外のものに助けを求めるとはそういうことだ。
羅刹を呼ぶという行為は、すなわち人の道を捨てることに相違ない。
羅刹の言葉を反芻させて、やがてカルマは静かに頷く。