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変化するは鬼か毒か【中】

どれほどの長い時間を生きているのか、と聞かれても羅刹(らせつ)は答えられないだろう。

それほど長い時間を羅刹は生きてきた。

否、ただ無駄に過ごしてきたといったほうが正しいか。


なにをするわけもなく、時間ばかりが暮れていく毎日。

ただ本能の赴くまま狩りをして人を食ったり、同族の雌と肌を合わせたり。

鬼とも知らず寄ってきた人間の女で遊んでみたりもした。


それこそ飽きるほどの時間の中に、単調な日々に埋もれるように羅刹は存在していた。

だが、しかし―――。



「いくら俺が長生きしてっからって、野郎相手なんざするわけがねえ!」


勢い余って立ち上がれば、カルマが驚いたように体を引く。

羅刹の様子をこの闇では彼女は察知できまいが、怒りにも似た気配と衣擦れの音で羅刹が立ち上がったのを感じ取ったようだった。


何度も瞬きをしつつ、カルマは立ち上がったであろう羅刹を見遣っている。

やがて彼女はしょんぼりと肩を落とした。


「……そうですか、ないんですか」

「俺はそんな特殊な嗜好じゃねえよ」

「特殊な嗜好、なんですか…?」


羅刹のいっている意味が分からないらしい

確かにこんな穴の中でずっと暮らしてきたカルマだ。

そういった知識に乏しいのは分かる。


大きく息をついて、ようやく気持ちを落ち着かせた羅刹はまたカルマの隣に座った。

がりがりと頭を掻いて、仏頂面をカルマに向ける。


「一般的には異性同士が肌を合わせるもんなんだよ」

「それは………、鬼の一般ですか?」

「人間にも通じる一般だっつーの」

「……ふむ」


納得しているんだか、していないんだか。

カルマはそんな曖昧な返事一つすると、再度なにやら首を傾げて考え込んだようだ。


うんうんと唸っているカルマを、羅刹は静かに見遣る。

彼女になにかがあったのは間違いないだろうが、そのなにかがさっぱり分からない。

自分から聞き出すべきか、それとも黙っておくべきか迷っていたら、カルマのほうから口を開いた。


「……実はですね」

「なんだよ」

「わたし、子供を産めるそうなんです」

「はあ?」


なにを当たり前なことを言っているんだと言いかけて、羅刹は口をつぐんだ。


実際カルマは普通ではない。

間違いなく彼女は、人間としては規格外だ。

それでもカルマ自身の印象がただの娘と強すぎて、尋常ではない毒女(どくめ)だということを失念していた。


そういえば毒女の体はあまりにも特殊過ぎる故、基本的に繁殖機能を持たないと聞いたことがある。

けれど稀に、その機能が活きている固体もあるという。

カルマはその後者だったというわけだ。


「実際産むことになるらしいんですけども……、産むには男の人と肌を合わせなくちゃいけないんだそうですよ」

「まあ、そりゃそうだろうな」

「キヨは、すべて相手の男の人に任せておけばいいっていって。たとえ何をされても悲鳴も抵抗もしてはいけないと言うんですけど、逆にいえば抵抗した方がいる行為ということですよね」

「あ――…」


面倒臭そうに羅刹は頭を掻きつつ、カルマに視線をやる。

すっかり俯いてしまっている彼女の顔はよくわからないが、たぶん泣きそうな顔をしているんだろう。

カルマが何度も大きく息を吸って、心を落ち着かせようとしている仕草を見てそう思った。


常時闇の中にその身を潜めている割には、いつだってカルマは驚くほど明るい娘だった。

特殊な毒女故だからなのか、発育状態が芳しくなく華奢で凹凸に欠ける体つきは、まだまだ未発達の子供のよう。

無論今も変わらない体型をしているが、その雰囲気というのだろうか、急に艶を帯び大人びたように感じる。


今日ここに来て感じたカルマの血の匂いの違和感は、月のものがはじまり本格的に女として目覚めたということなのだろう。

なんと言葉をかけるべきかと黙りこくった羅刹に、カルマは少し震えるように気持ちを伝える。


「それで、聞けば聞くほど怖くなっちゃって。前もって知っておいたほうが気が楽かなって思ったんです。だから羅刹が知っているなら教えてほしくて……、やっぱり、悲鳴上げるほどのことなんですか?」

「雄の俺は別に痛くはねえけど……、お前は別だろうしなあ」

「やっぱり痛いんですかね…」

「最初のうちは痛がるって聞くけどなー。まあ俺は雄だし、体感したことなんかねえし」

「そうですかぁ…」

「あーまー…、なるようにしかならん」


ぶっきらぼうながらも、きっと羅刹は心配してくれてるんだろうなと思えば、少しだけカルマの心は浮上する。


鬼とは本来、人と相容れぬ者たち。

似たような見た目ながら、その強さは人と比べ物にならない。

人を捕食する、人類の仇。


けれどこの目の間にいる鬼はどうだろう。

餌だという人間の悩みを聞いて、困ったような雰囲気を醸し出しているではないか。


もし羅刹がカルマを食べたいといってきたら、躊躇うことなくこの体を差し出すだろう。

腕でも足でも、羅刹が食べたいだけ食べたらいいと思う。

でもそれで、毒にあたった羅刹が死ぬのは嫌だけれど。


ようやく笑うだけの気力も湧いてきて、カルマは羅刹に笑いかける。


「……わたしも、男に生まれればよかったなあ」

「また突飛な」

「あ、でもそれじゃあダメですね」

「なにがだ?」

「だって男だと毒女になれないじゃないですか。そしたら羅刹とも出会えないってことでしょう?」


そう言って笑うカルマの頭を、羅刹は少し乱暴にぐしゃぐしゃと撫でる。

撫でられた手は温かかった。

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