変化するは鬼か毒か【上】
鬼にとっての時間は、人間に比べてはるかに長い。
首さえ切り落とされなければ、永遠という時間を生きられる。
見た目は人間とほぼ変わらず、角を隠せば人と共に生きることもできる。
無論、鬼は基本的に老いることがないため、限られた短い間だけだが。
感情も生き方も人とそう変わらぬ鬼。
だがしかし、やはり根本が違う者同士。
相容れることなど、早々難しい。
ずっと変わらない毎日が続いていくものだと、日々羅刹は過ごしていた。
どこに住まいを決めるわけもなく、ただぶらぶらと世界を回る。
生きているというには物寂しく、満たされないなにかを常に感じていた。
あの日もどこに行くあてもなく、ふらりと立ち寄った人里。
若干腹が減っていたので、ちょうどいい獲物を探していたときだった。
月も出ていない夜に一人歩く女をすぐ見つけて、運がいいと思ったものだ。
見た目はそう悪くはない。
美人とはいわないが、小柄な体と愛嬌のある顔立ちの娘だ。
年のころは14、5あたりだろうか。
発育に至ってはあんまり良くないようだ。
なんとなくいきなり襲って殺すのはつまらないと思って、声をかけてみた。
本当に単なる気まぐれだった。
なかなかいい反応を見せたら、逃がしてやらないこともないかななんて思った。
けれどどうだろう、脅えもしないその娘。
悲鳴一つ上げやしない。
それどころか人の仇ともいわれている鬼だというのに、普通に返事をしてくるではないか。
極上の香りを漂わせた娘は、自らを毒女なのだと笑っていた。
そう呼ばれる人間がいるとは羅刹も知っていたが、希少すぎるその存在に会うのははじめてだった。
前々から興味はあったが、実際はなんてことはない、ただの世間知らずの娘。
変わった娘。変な娘。
鬼である自分をまったく怖がらない。
けれどそれが新鮮で、羅刹の興味を引いたもの間違いない。
鬼は闇の眷族といわれる者たちの中でも、とくに強い力を持つ。
だから同じ眷族からも脅えられる存在だ。
恐れ慄かれることが常で、鬼とは基本孤独な生き物なのだ。
誰かが隣にいる温かさなど、当たり前に受け入れてもらえることなど知らない。
そしてそれを知らなくても、不変のまま生きていけるのが鬼だ。
その心には、人では持ちえない強さがある。
羅刹も今まで知らなかった。
誰かが隣にいる温かさ、誰かに笑顔をもらえる温かさ。
はじめてしったその温かさは、どうにも冷え切った羅刹の体を蝕んだ。
それはまるで、甘美な猛毒のように。
「カルマー、生きてっかー?」
約3日ぶりに、羅刹はカルマの座敷牢にやってきた。
一昨日久方ぶりに食事をして人の血に塗れた羅刹は、どうにもその匂いが消えるまでカルマのもとに行く気にはなれず、完全に消えるまで3日という時間を要した。
カルマは羅刹が鬼だということも知っているし、鬼は人を食うのだとも知っているのだが、なぜだかその事実を彼女に改めて実感させるのは躊躇われたのだ。
座敷牢に入って早々、常に充満しているカルマの血の匂いに違和感を感じる。
いつも以上に甘ったるいというか、本能を刺激されるような艶やかさが混じっている感じだ。
首を傾げる羅刹に、カルマの声がかかる。
「……いらっしゃい、羅刹」
いつもは暗闇の中でも眩しいくらいの笑顔なのに、今日のカルマはどこか翳っている気がした。
意気がない、といえばいいのだろうか。
普段は溢れるくらいの生気を感じるカルマからは、彼女らしからぬ雰囲気だと思った。
「なんだ、なにかあったのか?」
羅刹はどっかりとカルマの隣を陣取る。
少し俯いているカルマは、なにか考え込んでいるかのようだった。
そしてしばらくして、意を決したように彼女が口を開く。
「羅刹はとっても長生きしてるんですよね」
「あ? ああ、まあ…それなりに?」
「いろいろな経験をされていると思ってもいいんですよね?」
「お前よりはな」
「なら一つ、聞きたいことがあるんですけど」
「どうぞ?」
ずいぶんと遠回しに聞いてくるんだなと、羅刹はなんとはなしに思った。
基本的にズバズバと聞いてくるのがカルマだ。
なにを口籠ることがあるのだろう、聞きにくい話なのだろうか。
一体なにを聞かれるのかさっぱり分からぬ羅刹に、カルマはずいぶんと真剣な視線を寄こしてきた。
「羅刹は、男の人と肌を合わせたことがありますか?」
「…はあ!?」
想定外過ぎたカルマの質問に一瞬息を飲んだ羅刹だが、次の瞬間にはつい大声をあげてしまうのだった。