雪の下に隠された真実
「うわあ、雪が降ってるわ。きれいね‥‥」
映画館から美沙と出てくると、いつの間にか街は一面の雪景色に変わっていた。道路も街路樹も路駐の車にも雪が積もっている。
道行く人々は寒そうに家路を急いでいるのだろう。白い息を吐き出しながらコートに手を突っ込んで歩いてゆく。
美沙が手のひらを上に向けて、空から舞い降りてくる雪を受け止めた。体温ですぐに雪は融けた。
「何で雪景色ってこんなに綺麗なのかしら」
うっすらと街を包んでいる雪を見てそうこぼした美沙を見て、君のほうが綺麗だ、などと安っぽい少女漫画にでも出てきそうな台詞を言いそうになったのを僕はあわてて抑えた。
しかし気障な台詞ではあるが、僕には本心で言える台詞だった。
横で雪景色に見とれている美沙を改めて見た。
パッチリとした瞳、ほんのりと赤みがかった頬、丸顔で童顔の印象を与えるくせにやたらと色っぽい唇。
本当に美しい。
「美沙はなんで雪景色がこんなに綺麗に感じるんだと思う?」
問いかけると美沙は小首をかしげて考えていた。その仕草もまた愛らしい。
「うーん、雪って積もるといつものつまらない風景も別世界みたいに見えるでしょ。雪景色を見ていると、日常から離れた気分が少し味わえるからじゃないかしら。雪景色は現実の姿を覆い隠してくれるカーテンなのよね」
「雪景色は現実の姿を覆い隠してくれるカーテンか‥‥へえ、なかなかロマンチックなお答えだね」
「もう、聞いてきたからまじめに考えたのに。からかわないでよ」
笑いながら美沙は僕の肩を叩いた。
「ごめんごめん、一応褒めたつもりだったんだけどな。とにかく、いつまでも外にいると風邪ひくから早く帰ろう」
そう言って、僕は美沙の肩に手を回して、寄り添い、互いのぬくもりを感じながら道行く人々と同じように家路を急いだ‥‥
‥‥僕は家の中でぼんやりしながら、そんな一年前の雪の日の出来事を思い出していた。窓の外はあの日と同じように雪が降り続いている。
あれから僕と美沙は結婚し、幸せな家族を築いている。
結婚してからも美沙は優しく、いつも笑顔でいてくれる素晴らしい女性であることに変わりはなかった。
ただ‥‥
「あなた、何ぼうっとしてるの」
呆け顔の僕に気が付いて、美沙が話しかけてきた。
「いや、雪を見ていたんだ。意外と見飽きないもんだよ」
美沙はくすりと笑った。
「雪といえば一年前のこと思い出すわね、ふふふ。そうそう、あの時なんで雪景色は綺麗に見えるのかなんて話をしたよね。確か私あの時なんていったんだっけ?」
「雪景色は現実を覆い隠してくれるカーテンだ、ってそう言ったんだよ」
「あら、今聞くとなんだか照れるわね」
「いや、あれはなかなかの名言だと思うよ」
僕はそう言って、笑っている美沙の顔を見た。
そう、僕は結婚するまで知らなかったのだ。
彼女の素顔が完璧なメイクで覆い隠されていたことを。
結婚してから初めて彼女のスッピンを見たとき、そのあまりの違いに僕は正直驚いてしまったものだ。
雪景色は現実の姿を覆い隠してくれるカーテン。
メイクも現実の姿を覆い隠してくれるカーテン。
女性のメイクというものは雪景色と同じなのだ、ということを僕は結婚して学んだのだった。
それでも、雪景色の美しさの下に隠れていた、ちょっと不恰好だけど温かみのある花を、僕は一生守っていきたいと強く思っているのである。
(終)