96 結末
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戦闘が始まってからこれまで、俺はずっと姿を消すスキルである【隠密】【ヒドゥン】を使用し、姿を隠していた。それを先生の声に応じて解除し、姿を現した。
先生が言う。
「残念だったね。不意を打つタイミングを狙っていたんでしょ? "久遠君"もやられ損だったねー」
そう言いながら先生は、最初に【一撃死】を狙って突進した"俺"が倒れている場所に目を向ける。そこには確かに、"俺"に【変化】した"久遠"が倒れていた。
「"久遠君"というフェイクを使って、私の意識から"一橋君"の存在を消させる。そして隙をついて、【神殺し】により私にも効くようになった即死攻撃【一撃死】で勝負を決める――っていう作戦だったみたいだね」
「……どこで気がついた」
「あはは! 最初からだよ!」
俺の質問に、先生は嬉々として答えた。良くぞ聞いてくれましたと、待ち構えていたように。
「私が【封技】でゲットしたスキルの中に、更科君のユニークスキル【解析】がある」
先生は、これ以上ないほどに勝ち誇った顔だった。
「このスキル、本当に便利だね。特にこの広域レーダー。知ってた? 一橋君――君がいくら【隠密】スキルで姿を隠そうと、このレーダーには丸見えだったよ。頭隠して尻隠さずって感じ! あはははは!」
あぁ。勿論、知っていたさ――
「いやー。どきどきしたよ。一橋君の【死】だけが、私を殺せる可能性があったからね。気をつけるべきなのは天王寺君や六道君じゃない、一橋君だろう――そう考えていたら、部屋に入って来た君達の中に久遠君がいなかった。その時点で、君達の考えは読めたよ。【一撃死】を決める為に、君が姿を隠している事がね」
「……」
先生は、もはや全てが終わったといった様子で、冗舌に喋り続けた。俺達の作戦を完全に読み切っていたらしい。
残念だったな、先生――
「でも慎重になりすぎて、他が全滅するまで行動を起さないんじゃあダメだよ。隠れていた意味が無い。まあ実行したとしても、失敗しただろうけどね」
確かに様子を窺っている間、【一撃死】を決める隙はなかった。何度かチャンスらしきものはあったが、あれはおそらく誘いだ。エサに食いついて【一撃死】を狙いにいけば、待ってましたとばかりに迎撃されていただろう。
「よく考えられた作戦だったし、天王寺君達も予想以上に頑張った。なかなか楽しかったよ。あぁ、落ち込む必要は無い。私が強すぎるだけだから……ね」
久遠も、タクヤも、仁保姫も、そして六道も王子でさえも、先生を倒すことは出来なかった。
「……先生」
「ん? どうした。最後に言い残す事でもある?」
だが、それで充分だ。皆、ありがとう。
「俺達の勝ちだ。先生」
俺の眼にうつる、先生の頭上に浮かぶカウントが、たった今0となった。
【死の凝視】が発動した。
……
「【死の凝視】を使う?」
「あぁ」
ヴァルハラ宮殿突入直前。俺は先生に対して【死の凝視】を使用する事を提案した。
「待ってください。【死の凝視】とはどのような物なのでしょうか?」
王子が聞いてくる。そういえばここにいるクラスメイトの中で【死の凝視】の存在を知っているのは久遠と姉御くらいだったので、まずその効果を説明した。
「【死】の能力の一つだ。俺が見つめた相手には、例外なく頭上にカウントが現れる。見つめ続けてる間それは減り続け、最終的に0になれば相手を即死させることが出来る」
その説明を聞いて、タクヤが質問してくる。
「でも、それってすっごい時間が掛かるでしょ。さっき言ってたよね。たしかカウント30000だっけ? 30000秒ってかなりの時間だよ」
「30000秒という事は、500分――つまり8時間20分という事になります。そこまで長時間戦闘を続ける事は、あまりにも非現実的でしょう」
王子が冷静に計算した。確かに言う通りだが、さすがにまともに使う訳じゃない。もちろん考えがある。
「【時の砂時計】を使うのであろう? 一橋氏」
「そうだ」
久遠が俺の考えを先回りして言った。時間を10倍速にしてしまうアイテム【時の砂時計】――これを使えば、時間は十分の一、つまり50分で済んでしまう。正確にカウント30000という訳ではないので、実際にはもっと多く、60分はかかると思った方がいいだろう。
60分――1時間。これでもまだ、時間がかかりすぎる。そこでもう一つ時間を短縮する方法を使うのだ。
「でも、60分っていうのは……あ、そうか」
タクヤが気が付いた。
「【フォワード】を併用するのか」
「そうだ」
【時術】【フォワード】は時を早送りする魔術、ようするに【時の砂時計】の魔術バージョンだ。
タクヤは前に、【時のラピスラズリ】があるという四次元迷宮を攻略した。その際【時の砂時計】と【フォワード】――ともに時間を進める効果のある二つを使用したと言っていた。つまり、この二つは併用できるのだ。
「タクヤ、【フォワード】で早送りできる時間は、確か3倍くらいと言っていたよな」
「あぁ。大体それくらいのはず」
「そして、【時の砂時計】と【フォワード】は併用できる」
俺が確認すると、タクヤが頷いた。
「単純に考えれば、効果が相乗されて10×3=30倍速でカウントを減らせる事になる。実際ぴったり30倍かどうかは分からないが、ほぼその速度で【死の凝視】のカウントが減る事は確認している」
30倍速で30000カウントするために必要な時間は1000秒――17分程だ。実際にはもう少し掛かるとして約20分――この時間をしのぎさえすれば、先生を倒せる。
それは決して短い時間ではないが、先生の"ある弱点"さえつけば、充分に計算できる時間だった。
……
「がっ……」
先生が崩れ落ち、胸に手を当て、膝をつく。頭上に見える【死の凝視】のカウントは、すでに0を示していた。
突然襲った死の影。先生は自身に起きた異常を理解できず、パクパクと口を動かし、脂汗をたらしながらあがいていた。
「【死の凝視】――対象を一定時間見つめ続ける事で殺す、俺のユニークスキル【死】の能力の一つだ。今回は20分ほど見つめて、たった今カウントが0となった。お前がいま苦しんでいる理由は、それだ。つまりお前はもうすぐ死ぬ」
「な、んだ……と」
信じられないといった表情で俺を睨む先生。もう、長くは持たないだろう。
俺は部屋に入る前、【変化】を用いて久遠に"俺"の姿をとらせた。その後、俺以外の5人がこの部屋に入った後に、少し遅れて侵入してスキル【隠密】【ヒドゥン】で姿を隠した。
その後、先生を視界に捉え【死の凝視】のカウントをスタートさせた。同時に【時の砂時計】と【フォワード】の魔石を起動し、後は戦いを見守るだけだった。
「まず、皆には戦闘前にそれぞれ会話してもらった。お前が予想以上に話にのっかてきてくれて、助かったよ」
「なっ……」
この状況を、誰よりも一番楽しんでいるのは先生だ。そんな奴がこのクライマックスで、いきなり戦闘を始めるなんて野暮なマネはしないという読みだったが、大当りだった。
貴重な時間を、戦闘するまでもなく消費してくれたのだから。
「戦闘開始と同時に、"俺"に【変化】していた久遠を突撃させ、返り討ちになる。これはお前の予想通りだ。これで"俺"が戦闘不能になったと勘違いしてくれれば、話は簡単だったんだけどな」
――だが、先生にはこの久遠のフェイクはばれると踏んでいた。
「さあきの【解析】があるんだ。そりゃあバカじゃなけりゃ、俺の存在には気づくだろうよ。問題は、それに気がついたあんたがどう対処をするか――だ」
先生は俺達の作戦を【解析】で見破り、【ヒドゥン】で隠れている俺に気が付く。だが姿を隠す俺を、先生は放置するだろう。それが俺の読みだった。
理由は、先生の決定的な弱点――その性格だ。
こいつの傲慢の目には、俺達の行動は健気で背伸びした、かわいらしい子供の作戦に見えたはずだ。そしてこいつはその作戦をあえて放置し、俺達に実行させた上で、叩き潰す。つまり『読んでました』ていう奴だ。
こいつはとんでもなく傲慢で、自分勝手で、上から目線な性格だ。必ず、そんな舐めきった行動をする――
「六道や王子達が勝てるなら、それはそれでよかったし、お前がそもそも俺の存在に気がつかない様なバカならば、【一撃死】で終わらしていたさ。この【死の凝視】は最終手段だった。お前は、見誤ったんだよ」
「くっ……そ……」
先生が目を見開き、苦悶の表情でもがく。その目には涙が浮かんでいた。
「さようなら――先生」
そうして先生は、あっけなく事切れた。