90 作戦
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全員でヴァルハラ宮殿へ向かう。その途中、周囲から湧き出す大量の天使達を蹴散らしながら進まなければならなかったが、クラスメイトの主力が揃っている今の俺達には何の障害にもならかった。
十と仁保姫という、格闘女子の二人が切り込んで敵陣に風穴を開ければ、共に槍使いである比治山と御手杵が、空と地上それぞれから天使共を串刺しにしていく。
タクヤ達ブルゲール商会の連中によって斉射された高火力魔術の嵐が、敵群の密度の濃い場所を集中的に蹂躙すれば、久遠は【合成術】を使う老公に【変化】し、【水術】と【風術】を合成した冷凍魔術によって、敵陣をずたずたにしていた。
かろうじて放たれた敵の反撃は、そのことごとくを霞が【吸収】して無効化してしまい、最終的には光輝く光衣をまとった王子と、不吉な闇霧をまとった六道が、天使の群れを原形をとどめなさせないほどに損傷させていた。
俺はただ見ているだけだった。完全に『あれ? 俺、いらなくね?』状態である。なんというか、入り込む隙間も無い。まあ、楽だからいいのだが。
先ほどの話し合いで、宮殿内に侵入するメンバーと対応する相手を決めた。
母神フレイヤに当たるのは、霞・御手杵。雷神トールに当たるのは、十・三好。主神オーディンに当たるのは、タクヤ・仁保姫。そして、本命である先生に当たるのは、俺達クラスメイトの中で最強の王子と、王子と同等の強さを持つ六道あやね。そして【死】による即死狙いの俺と、【変化】によって抜群の対応力を誇る久遠の4人だ。
しかし先程の話の中では、『誰が誰に当たるか』しか決めていなかった。次に決めなければならない事は、それぞれの相手(俺の場合は先生)との戦い方である。
「おまたせしました、クーさん。それで用件とは?」
王子が片手剣を鞘に収めながら近づいてきた。先生と戦う予定の六道と久遠、ついでに廃人ゲーマーのタクヤも、すでに集っている。他の連中は進撃を続けているから、前方で天使共を蹴散らすクラスメイトを追いかけながらの、少し慌しい打ち合わせになるが、まあ仕方がない。
とりあえず話を切り出す。
「肝心のラスボス戦について、情報を共有しておこうと思ってな。まず、先生のユニークスキルは【封技】――これは他人のスキルを奪うスキルだ」
「スキルを……」
「奪う?」
タクヤと六道が、それぞれ険しい顔をみせた。二人共さすがはゲーマー。【封技】のやばさを一瞬で察したようだ。
そう。先生は自分で、『私は強すぎる』とかふざけた事を言ってやがったが、あながち間違いではない。スキルを奪うスキル――もしそんな事が何の制限も無く可能ならば、はっきりいって【封技】は最強のスキルだろう。
タクヤが、すぐに状況を理解して考察する。
「なら、このとんでもない数の天使達は先生の仕業なんだね。フレイヤの【生命生成】とオーディンの【無限の魔力】を組み合わせれば、いくらでも天使を作り出せるわけだ」
【生命生成】を使用して天使共を生み出す為には、その度に魔力――HPを使用するはずだと、死神ヘルは言っていた。そうすると、自動的に生み出せる数も質も制限が加わるのが通常の【生命生成】の制限なのだろう。
しかし【無限の魔力】というチートスキルがあれば、話は全然違う。いくら使ってもHPが減らないならば制限無く――いくらでも強く、いくらでも多く、いくらでも広範囲に天使達を生み出すことが可能となってしまう。こんなバカな話は無い。
しかし実際に実行されているのだから、【生命生成】と【無限の魔力】は併用できているのだろう。
また同じ理由で、奴が生み出したという"劣化神"達の強さについても、ある程度説明できる。先生と共に現れた天界の神々。奴はそいつらの事を、"劣化神"と読んでいた。これもおそらく、天使達と同じ方法で生み出されたのだ。
つまり【生命生成】に【無限の魔力】をつぎ込んで作り出した最強のモブ――それがあの劣化神達の正体なのだろう。
「いい趣味してるわ」
六道が微笑を浮かべながらつぶやいた。皮肉めいた、寒気のする氷の様な笑いだった。
「それが、この大量の天使を生み出せる理由ですか。オーディンとフレイヤのスキルを組み合わせたと……それならば――」
王子は確認する様に呟く。その途中、ようやく【封技】のやばさに気が付いたようだった。
そう。スキルを奪うスキル【封技】――これは勿論、俺達のユニークスキルを奪われてしまうという脅威もあるのだが、今回はそこが問題ではない。
なぜなら先生は、俺達のスキルよりも強力なスキルを既に得ているからだ。
ヘルによって明らかとなった、天界の神々が持っていた数々の強力なスキル。先生は、そいつら天界の神々を皆殺しにし、そのスキルを全て奪った。
挙句の果てには、先ほど相手のステータスを確認スキルであるさあきの【解析】まで得てしまったんだ。これらの話が全て正しいとすれば、先生の所有しているスキル構成は、とんでもない事になっている。
スキルを奪うスキル【封技】に弱点があるとすれば、それは始めたばかり――つまり、まだスキルを奪っていない状態しか、存在しない。今回のように有用なスキルが揃ってしまえば、【封技】はもはやあらゆるスキルを使える最強のスキルと同義なのだ。
「同じ理由で、先生はロキの持っていた【異世界人召喚】スキルを使って、俺達を大量召喚したのだろう」
これは久遠の発言だ。走るのをサボるためか【飛行】を持つ比治山に変化していたが、口調からすぐに久遠だと分かる。
魔王によれば、人神ロキの【異世界人召喚】スキルは数百年に一度しか使用できない。これは召喚のために膨大な魔力が必要だと言うのが、魔王の推測だ。境界神などの話を統合すると、それは正しいのだろう。
いくら使用するために膨大な魔力が必要だとしても、やはり【無限の魔力】と併用すれば何の問題もない。いくらでも連続して――いくらでも多くの異世界人を――召喚できてしまうはずだ。俺達はおそらく、こういった方法で召喚されたのだ。
しかし、今となってはそんな事どうでも良い。元の世界に戻るため、先生を倒す方が先決だ。
「最大の問題は【無限の魔力】のスキル、それ自体だ」
つまり先生はオーディンと同じく、HPを削る通常の攻撃方法では絶対に倒せない。俺達はこれから、そんな無敵状態の相手を倒さなければならないのだ。無理ゲーもいい所である。
「【無限の魔力】は、本当にHPが無限大になるのかな?」
「ヘルが言うのだから、間違いないだろう」
タクヤが確認してきた質問に、俺が答える。先程のヘルの説明が正しいとそういう事になる。いくら王子と六道が強かろうと、正攻法では打ち倒す事ができない――
「つまり、クーさんの即死スキル【死】【一撃死】を、どうやって叩き込むかにかかっているわけですね」
そう、王子の言う通りだ。今頃になって、突然現れて謎スキル【神殺し】を俺に託した、本物の主神オーディンの真意が見えてきた。
要するに、一撃のもとに即死させるしか、先生を倒す方法が無いのだ。
本物の主神オーディンは、先生の【封技】によって、自身の持つユニークスキル――【無限の魔力】を奪われた。オーディン自身の【無限の魔力】が無くなった訳ではないが、互いのHPが無限となってしまい、互いに殺せなくなってしまった。いつまでやっても千日手で、埒があかなくなったのだろう。
おそらく本物のオーディンは、諦めたのだ。天界に舞い降りた災厄たる俺達の担任を、自身の手で打ち倒す事を。
その後、突如現れた大量の異世界人――俺達クラスメイトの中から、先生を倒す事が出来るスキルの持ち主――すなわち即死スキル【死】を持つ俺を選び出した。今となっては推測しか出来ないが、おそらくそんな事情だったのではないか。
まったくオーディンめ。最初っから説明していれば、もっと別の方法があったかもしれないのに……勝手な奴だ。
「それ以外にも、方法はあるわ」
六道あやねの、氷のように冷たい声だった。タクヤが聞き返す。
「どんなの? 六道さん」
「簡単よ。いくらHPが無限だろうが、いくら不死身だろうが、痛みは感じるのでしょう? だったら、拘束して、拷問して、あらゆる苦痛を与えて、精神を破壊すればいいのよ。洗脳しても良いわ。そうしたら、いつか従うはずよ」
六道は、当たり前に――授業中に床に落ちた消しゴムでも拾うかのように、澄ました顔で言った。その提案に、俺達男子陣はもれなく開いた口がふさがらなかった。
同時に、不穏で緊張した空気が漂う。
何なんだよ、こいつ。いきなり恐ろしい事を提案してきやがった――俺達は、六道の可憐な横顔を見ながらそんな事を思った。
……だが、六道の言った提案には一理ある。いや、むしろ現実的な提案だろう。
先生は不死身だが、無敵ではないのだ。不死身と無敵は違う――どこかで聞いた事がある言葉が思い出される。俺達は先生を殺す必要など無いのだ。
【異世界人召喚】スキルさえいただけば、とりあえずは元の世界に戻れる。ただそれだけだと、先生が再び俺達を召喚してしまう可能性もある。そこで先生の敵意を挫いて、倒せないまでも封印なりをして、スキルを使用不能にしてしまえば、俺達は後腐れ無く、元の世界に戻れる事が出来るだろう。
境界神ユミールや魔王アンラの力を借りれば、おそらく可能なのではないか。聞いてみないとわからないが。
「でも、それって結構苦しくない? まともにやっても、絶対先生って強いでしょ」
ようやくタクヤが、重苦しい空気を打ち破って六道に質問する。しかし六道はその質問に対して、無言で俺の方を向いた。説明しろという事か。
仕方が無いので、俺がさっき得た情報を交えて皆に説明する。
「いや、レベル自体はそこまで高くないはずだ。【解析】する前にさあきが捕まってしまったから正確にはわからないが、先生のレベルはおそらく王子や六道の少し上――70台後半といった所だろう」
この推測は【死】の能力の一つ【死の凝視】のカウントから判断した。あの時、先生を見つめたときに出たカウントは約30000。目の前に居る、レベルが10ほど上――70台前半の王子と六道のカウントが20000台後半である事を考えると、先生のレベルは王子達と対して違わないと予想された。
つまりまともに戦えば、王子と六道がいれば勝てる可能性はある。ただ先生の持つスキル構成――特に【無限の魔力】が問題なのだ。
「そのレベルなら、確かにクーが戦闘不能になっても王子と六道さんの二人なら戦えるかもね。久遠の援護もあるしね」
「あまり当てにするな。俺にできるのは、足りない部分の補完だけだ」
タクヤの振りに、久遠が謙遜気味に答えた。確かに久遠の【変化】は器用で汎用性の高いスキルだが、それでも王子と六道の戦闘力の足しにはならないだろう。
他のクラスメイトが足手まといになってしまうレベルで、王子と六道の強さは別格なのだ。
「つまり、先生の持つ強力なスキルを抜きにして、素の勝負になれば僕達にも勝機はあるという事ですね」
王子が、こぶしを握りながら答えた。自信に満ち溢れた、力強い目をだった。
「ふふ。そうなったら、魅力的な戦いになりそうね。楽しみ」
六道が微笑を浮かべながらつぶやいた。妖艶さの中に、子供の無邪気さが垣間見える顔だった。
こいつらとは戦いたくは無い。絶対に勝てないだろうからな。
ヴァルハラ宮殿が近づいてきた。最後に王子が作戦をまとめる。
「では、確認しておきます。まずクーさんが【死】【一撃死】を狙う。その為に私と六道さん、それに久遠君が援護します。もしもクーさんが【一撃死】を決める前にやられてしまった場合には、先生の動きを止めるまで攻撃し続ける――それでよいでしょうか」
久遠と六道が頷く。話し合いに参加していただけのタクヤも、妥当だろうと評価してくれた。
【一撃死】を狙うためには、タクヤの【時術】【ポーズ】を用いる。【ポーズ】をエンチャントした魔石は既に用意してもらったから、タクヤ本人が居なくても問題ない。時間を止めさえできれば、【一撃死】を決める事はそこまで難しい話ではないはずだ。
そして、決まれば、一発で戦闘終了――
「クーさん?」
王子が、黙りこくる俺に声をかけてくる。もちろん、今の作戦は妥当で、順当なものだろう。
だが、本当にそれでいいのだろうか――
俺のスキル【死】は、裏を掻く事が全てだ。裏を掻くためには、先生の思考の外から攻撃を成功させるしかない。ならば――
「……俺に考えがある。少し、聞いてくれ」