80 推理
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「……なんだと?」
久遠の奴、突然なにを言っていやがる。この世界に俺達を送り込んだ――犯人だと?
「おい、どういう事だ」
十が噛み付くように久遠を睨んだ。それに臆する事無く、久遠は説明する。
「俺はこの世界に来た時から、この異世界トリップの原因は誰かに召喚されたせいだと考えていた。なんの理由も無くこんな世界に――しかもクラス全員がトリップする訳が無いからな」
「でもそれは、人神ロキの仕業なんだろ? クーが言ってたじゃん。なぁクー?」
姉御が同意を求めるようにこちらを見た。
確かに、俺はそうだと思っている。いや、思っていた――か。
「続けろ、久遠」
「先日、境界神ユミールはこんな事を言っていた。『天界の連中が完全に沈黙している』と」
「ちょっと待って。それってどういう事?」
三好のその質問には、俺が答えておく事にした。
「この世界の迷宮やダンジョン、モンスターの拠点っていうのは、大体が魔界の連中の活動によるものなんだ。同じように天界の連中も、地上でなにかしらの活動していたらしい。だが俺達が来てからその活動が無くなった。これは傲慢の君からも聞いた話だから、間違いない」
「へぇ。なるほどね」
三好は俺の説明にうなづくと、久遠に続きを促した。
「そこで俺はユミール氏に言ったのだ。『俺達以外の異世界人が別にいて、そいつが天界の連中を皆殺しにし、さらに俺達を召喚したんじゃないか』――と」
大結界におけるユミールとの会話が思い出される。俺とさあきはその場で聞いていた。可能性としてはあり得るだろうと、ユミールを説得する根拠となった仮説だ。
「だが、この仮説には大きな問題がある」
「誰が、なぜ俺達のクラスを召喚したのか――だろ?」
「……その通りだ。一橋氏」
そう。仮に俺達をこの世界に引きずり込んだ奴が居るとすれば、その正体も、理由も、手段さえも、さっぱりわからないのだ。
「俺は天界に行かなければ、それは見当もつかないと思っていた。だが、先日の泥人間の発言で、"誰が"という問題については一気に近づいた――そいつは、俺達を良く知っている奴だ」
良く知っている――か。みなが首を傾げるなか、久遠は続ける。
「一つは泥人間が俺達の事をクラスメイトと呼んでいた事。なぜ奴は、俺達がクラスメイトだって事を知っている?」
「それは俺も考えた。だが、それぐらい誰かが言っていたのを聞いたんじゃないのか? タクヤの奴は泥人間――デイン皇子と仲が良かったんだし」
「しかしあの男の口振りは――元の世界の俺達を良く知っていると言った様子だった。一橋氏が魔石十二宮を集めるのは『意外だった』とか、天王寺氏達の名前を上げて『やはり君達は優秀だ』とかな」
先日の泥人間とのやり取りが、耳触りな甲高い声と、貼り付けた様な笑い顏と共に思い出される。
「確かに、泥人間はそんな事を言ってたな」
「あぁ。それに不自然な点はまだある。あいつ、一橋氏の事を『一橋君』と呼んでいたのだ」
それの何がおかしいんだよ。俺の名前は間違いなく、一橋空海だぜ。お前だって呼んでんじゃねーか。
その時、さあきが思いついたように言った。
「あ、そうか。タクヤはクーの事を、一橋なんて呼ばない」
っは?
「そうだ。デインと最も親交の深かった牧原氏は、一橋氏の事をクーと呼び捨てる。そして、一橋氏をデインに紹介するときもクーカイと紹介していたはずだ」
コイツ、よくそんな事覚えていやがるな……おれ自身がよく覚えてねーよ。
クーカイと紹介されたデイン――泥人間が、俺の事を名字で呼ぶのはおかしい。という事は、元から俺の名字を知っていたって事か。
「それともう一つ、気になった点がある。あいつ、十氏と六道氏の事を、それぞれ十君、六道君と呼んでいたのだ」
「どういう事だよ」
「だから、十氏はともかく、六道氏は正真正銘の女子だという事だ」
「お? 久遠、ちょっと意味がわからない。もう一回言ってくれるか?」
パキパキと指を鳴らして久遠を威嚇する十。ちょっと姉御、今は黙ってろ。久遠もちゃかすな。
「……つまり、女子を君付けで呼んでいたのが違和感だったって事か?」
「そうだ」
確かに、言われてみれば少し変な話だな。
「だが男女の区別無く敬称を統一する事自体は、そこまで珍しくないんじゃないのか? お前だって誰でも氏をつけて呼ぶだろうが」
「その通りだ。とにかくそこまでは先日の事件の時からわかっていた。だが特定はできなかった。俺達の名前を知っている奴くらい、クラスメイトを含めて現実世界にいくらでもいるし、女子への君付けも役作りの一環なのかもしれないからな」
そりゃそうだ。仮に犯人が現実世界の人間だとしても、それを特定するなんて無理に決まっている。親兄弟や学校関係者だけでも相当な数に上ってしまう。
「で、何をひらめいたんだ?」
「あぁ。簡単な事だった。俺達は、同じ教室から、同時に、全員でこの世界に召喚されたんだ」
久遠はひどく真面目な顔で言った。
「……それがどうしたんだよ。いまさらだな」
「本当にクラス全員が召喚されたのか?」
「っは。何を言い出すかと思えば……」
「一橋氏。あの時の――召喚された時の状況を思い出してみろ」
状況だと? 確かにあの時はホームルームが終わった直後で――
「……待てよ、まさか――」
「そうだ。変だとは思わないか?」
俺の脳裏に、約二ヶ月前――ホームルームが終った直後の教室の風景が思い出される。そこには確かに、腑に落ちない点があった。
「どういう事だよ。久遠! 分かるように言え!」
「つまりだ、十氏。あの時教室にいた人間で、この世界に飛ばされていない奴が居たんだ」
「そんな。この世界に来た時、ちゃんとみんなで確認したはずだよ。クラス全員揃ってるって」
さあきが必死な顔で言う。そう、確かに王子が全員の点呼を取り、クラス全員が揃っている事を確認していた。"クラスメイト"が全員揃っている事を。
「それが居たのだよ。あの時の教室には俺達――37人の生徒以外の人が」
あの教室には、俺達クラスメイト以外の人間がいた。教卓の前で、ホームルーム終礼の挨拶を指示していた――
「俺達をこの世界に召喚したのは、担任の先生だ――」
……
久遠の言葉に、他の三人は息を呑んでいた。それは驚きというよりは、どちらかというと突然出てきた担任という言葉に戸惑っているという様子だった。
とりあえず三人を放置し、俺と久遠は話を先に進める。
「クラスメイトでは無く、教室にいた人間という括りでみれば、あの時ホームルームで教室にいたはずの先生が俺達と共に召喚されていないのは不自然だ」
「それに、担任は俺の事を一橋君と呼ぶし、生徒も全員君付けで呼ぶ。クラスの連中の事も、十分すぎるほどに知っているしな」
確かに、言われてみれば状況証拠は揃っている。あの発言は、先生が言っていたと考えれば、全て納得できるものだった。
だがこのまま決めつけていいものか。今までの話は、全て久遠の推論だ。
「久遠、確かに担任が怪しいのはわかった。だが、さすがに議論が飛びすぎてる。大体どうやって担任が俺達を異世界に送り込むんだよ」
「それは、そういうスキルを持っていたというだけの話だろう。人神ロキとやらは【異世界人召喚】なるスキルを持っているのだというし」
「乱暴だな」
「そうかもしれない。だが、もし先生が現実世界から俺達を召喚したとするならば、元の世界に帰れる手段が存在する可能性が高い」
確かに。その話が正しければ、先生はこの世界の関係者だ。それはそのまま、この世界が元の世界と行き来できる可能性を意味する。
「でも、なんで先生が僕達を?」
ようやく状況を把握した三好が、納得いかない様子で聞いた。確かに"誰が"と言う問題に対しては"先生"という解答はあり得る。しかし"なぜ"という理由については完全に置いてけぼりだ。
「さあな。それは本人に聞いてみるしかなかろう。ただ、こんな世界に俺達を放り込んでおいて、一切姿をみせないと思っていたら、突然あんな姿で俺達の前に現れたんだ――」
久遠は嫌悪感を隠さず、吐き捨てるように言った。
「はっきり言って、まともな精神状態じゃないのだろう」
確かに、あの泥人間の様子は狂っているようにしか見えなかった。ノルン・エスタブルグ両国の重臣は惨殺してしまったし、俺たちに対しても気が狂ったように襲いかかってきた。
結局は王子の圧勝だった。だが下手をすれば、クラスメイトの何人かがやられていたかもしれない。
もし久遠の言う通り黒幕が先生だとしたら、一体どういうつもりで俺たちを召喚し、襲い掛かってきたというのか。
それは、久遠の言う通り本人に聞くしかないだろう。
「……この前、奇妙な体験をしてな」
「え?」
「何だよ、クー。まだあんのか? 正直今の話だけでかなりお腹一杯なんだけど……」
「すぐ終わるから姉御、ちょっと聞いてくれ」
俺はそのまま、オーディンとの遭遇と戦闘、そして謎の言葉と共に託されたスキル【神殺し】について説明した。といっても、見聞きした事を羅列しただけで、ほとんど説明になっていなかったが。おれ自身が理解できていないのだから仕方が無い。思い出すと腹が立つしな。
話し終わると、すぐに久遠が質問してくてきた。
「【神殺し】の効果は?」
「説明文によれば、『神の称号を持つ相手を殺す事が可能となる』だそうだ」
「それだけか……」
「あぁ。神を殺す事自体は、俺が実際にオーディンを殺したのだから、こんなスキルが無くても可能なはずだ。だからこれはおそらく、俺の【死】が神々にも効くようにになるくらいの効果なんだろうと考えてる。ま、確証は無いがな」
ユミールによれば俺のユニークスキル【死】は天界の神々には効かない。そんな俺に対して、オーディンがわざわざこの【神殺し】を与えたという事は、この【神殺し】は俺が覚えて意味がある効果なのだろう。そうすると、今言った解釈くらいしか思いつかなかった。
続けて三好が聞いてくる。
「オーディンは、天界について何も言っていなかったの?」
「さあな。『俺みたいな奴に天界を任せないといけないのか』とか、『天界を救ってくれ』だとか、意味不明で無責任な事を言っていただけだ」
「ふーん。確かによくわかんないね」
「で、それがどうしたんだよ。クー」
姉御は少しイラついていた。こいつはそろそろ、一度に話される許容量を超えてきたようだ。
「俺が言いたい事は、天界で"何か"が起こっていて、主神オーディンは"それ"を持て余した。そして俺に力を託して"それ"の解決を俺に丸投げしたって事だ。そして久遠の推理が正しいとすれば、天界で"それ"を引き起こしている張本人が――」
俺達の担任って事だ。