表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後RPG  作者: グゴム
8章
74/100

74 戦場

          挿絵(By みてみん)            

74


 ノルン王国西の草原。帝都を出発した翌日の朝。俺達がその場所に辿り着いた時には、すでにエスタブルグ帝国軍とノルン王国軍は戦闘を開始していた。数万の兵士達が陣を組み対峙し、そのうち半分ほどはすでに入り乱れ、互いに斬りあい、矢を魔術を惜しげもなく打ち合っていた。


「あそこだな、一橋氏。もう始まってるようだぞ」

「いや、まだ始まってねーよ。ここから見る限りだとな」

「え……? でも、もうあんなに人が……」


 さあきが悲しそうに戦場に目を向ける。数千数万の人々が互いに殺し合う。そんな非日常な光景は、さすがに見ていて気分が悪くなるようだ。俺だって多少は恐ろしい。遠目にはいくらか数で勝っている帝国軍が攻勢に出ているように見えた。


 確かに戦闘は始まっているが、最悪の事態は始まってはいない。


 ここで言う最悪の事態とは、王子とタクヤが激突する事である。今回止めなければならないのは、その一点だけだ。あの二人が交戦するとなると、それぞれにつき従うクラスメイトまで含めた、クラスを二つに割った争いになっちまう。それだけは回避しなければならない。


 その為に、わざわざこいつらを連れてきたんだからな。



「はっはー。あれを止めればいいのか。任せろ!」

「黙れ脳筋。お前には何も期待してねー。頼むぞ、三好」

「はいはい。じゃあさっさと始めるよ」


 今、俺の隣にはさあきと久遠の他に、長身の女子と小太りな男子がいた。よこたてうらなと三好みよし哲也てつやである。


 俺達は一度、エ・ルミタスを経由してからこの場所に来た。その際、エ・ルミタスで領主の地位に就いていたよこたてと、その補佐役となっていた三好に事情を話し、ここまで連れてきたのだ。


 理由はもちろん、三好の【扇動】目当てである。


 三好は一歩前に進み出ると、右手でごそごそと空中を指でなぞり始めた。こいつの【扇動】がどういう使用方法なのか知らなかったが、どうやらさあきの【解析】と同じくウィンドウがポップアップするタイプのようだ。


 大衆心理を操作する【扇動】。なかでも【ネガティブモード】は周囲のやる気を根こそぎ低下させる範囲スキルで、効果範囲は都市一つを軽く覆うほどの広さである。この戦場程度ならば、問題なく有効範囲に収めてしまうはずだ。


 三好が【扇動】【ネガティブモード】を発動した。じきにこの戦場は、葬式会場のように静かになるだろう。もちろんその効果は帝国軍王国軍の双方に現れる。そうなれば、もはやこの戦場は戦闘を維持できないはずだ。


 今日の戦闘――むしろを今回の戦争自体を続行不能にしておいて、それからゆっくり帝国軍側にいるであろうタクヤを探す。それが今回の目論見だった。


 だが、俺は忘れていた。過去この女に、何度も何度も俺の計画はぶち壊されてきた事を。



 戦場を、風のように駆け抜ける女子。女にしては高い身長、タンクトップに短パンという、戦場にはまったく場違いな服装だった。女は両手に携えたトンファーを振り回し、入り乱れる戦場を無尽の野を行くがごとく駆け抜け、あっという間に戦場の中心に到着してしまった。


 女が手をかざすと、唐突に上空で爆発が起きる。戦場の兵達がみな、その轟音の方向へ視線を向けた。そして女は――よこたてうらなは、高々と宣言した。


「ノルン! エスタブルグ! 両軍の戦士たちよ、聞け! 私はエ・ルミタスが領主、よこたてうらなだ。この戦争は私が預かる。両軍、剣を収めろ! 文句がある奴はかかってこい!」


 戦場にいるすべての兵士が、その声を聞いた。



……



 あ、の、くそバカ女は……


 さっきまで隣に居たよこたてうらなが、いつの間にか消えていた。黙ってろと言っておいたはずなのに……


 戦場の兵たちは何が起きたのかわからないまま、虚を突かれて動きを止めた。直後、彼らは一気にやる気をなくし、みな次々と武器を捨て、肩を落とし始めた。


 ようやく三好の【扇動】【ネガティブモード】が効果を表してきたのだろう。戦う気力を根こそぎ奪われた兵士達は、互いに敵を目の前にして、ぐだぐだと座り込んでいた。


 両軍合わせて数万はいるであろう兵士達が、みなうなだれて座り込み、その中心には勝ち誇ったように胸を張るよこたてがいた。それはまったく、頭が痛くなるほどシュールな光景だった。



 しばらくすると、馬に乗った数人が姉御に近づいてきた。方向からして王国側の人間のようだ。


 【眼力】スキルを発動し眺めると、どうやらそれは王子達のようだった。王子達は姉御の所に辿り着くと、二三言葉を交わす。やがてよこたてがこちらに向かって大きく手を振った。つられて、王子もこっちに気が付いたようだ。


 その後、三好の【扇動】によって軍としての体裁を保てなくなった両軍は、それぞれの拠点、帝国軍は後方の野営地へ、王国軍は近くにあった砦へと撤退した。


 俺は王子の居る王国軍のついていく事にした。



…… 



 砦に到着すると、王子は数十人は入れる大きさの会議室へと俺たちを案内した。


「クーさん。加勢の件、ありがとうございます」


 その場で王子は、霞や御手杵おてぎね達と共に礼を言ってきた。


「別に、加勢したわけじゃねーよ」

「いえ。助かりました。思ったよりも兵力差が厳しくて、苦戦していたのですよ。よこたてさんによる中断がなければ、総崩れになっていたかも知れない」


 なにやら盛大に勘違いされているような気がする。別に、俺は王子を助けに来たつもりはまったく無いのだが……


「ちがうって言ってるだろ、王子。助けに来たわけじゃねー。お前らが勝とうが負けようが興味無い」

「では、なぜあなたはここに来たのですか?」


 その質問は王子ではなく、隣にはべる御手杵おてぎね御幸みゆきからだった。落ち着いてはいるが、しかし少々の怒気が込もった声だった。


「帝国側にいるはずのタクヤを探しに来たんだよ。あの戦場には居なかったみたいだがな。そのついでに、こんな意味の無い戦争を中断させただけだ」


 確かに当面の危機――王子とタクヤの対立を阻止するのは一つの目的である。だが、これは万が一を考えての保険だ。実際、その心配は今のところ杞憂のようだし。


 本題はあくまで、アダマの件でタクヤを探す事。王国軍側の砦についてきたのは、あの姉御の騒ぎでもタクヤが姿をみせなかったから、タクヤが戦場には居ないと判断したからにすぎない。


 だが、御手杵おてぎねは静かに声を荒らげるだけだった。


「我々はノルン国民の為、卑劣な帝国軍の侵略に挑んでいます。それが無意味と?」

「国民のため? 卑劣? なんだよお前ら、そんな理由で戦争してたのかよ。ボケちまったのか?」

「なっ……」

「あなたみたいな、無責任な人にとやかく言われたくないわ」


 絶句する御手杵おてぎねの代わりに、すかさずかすみ立夏りっかが口を挟んだ。眉をひそめた、ストレートに不機嫌な顔だ。なんだ俺、嫌われてんのか?


「王子、お前までそんな考えでここにいるって言うのか?」


 王子はその質問に対し、すこし困惑した様子で口に手を当てる。しばらく黙っていると、やがて言葉を選びつつ言った。


「クーさんは少し、勘違いをされているようです」

「勘違い?」

「はい。この戦争は帝国側が侵攻し始めたものです。そしてノルン王国は国を守るために、ノルン王を大将に、この砦にて帝国を迎え撃つ事にしました。そして僕は今、ノルン王国騎士団の筆頭騎士という身分。ならばこの戦争に参加するのは当然の事でしょう。ノルン王や国民、クラスの皆を守らないといけない」


 こいつ。マジで言っていやがるようだ。さすがに、それはなかろう王子。いくらなんでも……


 あんな所で、兵隊同士に戦闘させていた時点で気が付くべきだったかもしれない。こいつ――自分を見失っていやがる。



「王子、お前。守るべきものを間違えてんじゃねーぞ」

「……どういう事ですか?」

「お前言ったよな? この世界の人々を守るために、世界中の迷宮を攻略すると。この世界の人々を守るために、魔界ニブルヘイムの魔王を倒すと。それがなんだ。今やってるのは、自分の家を守ってるだけじゃねーか。小さすぎるだろ」

「一橋さん! あなたは――」

「黙ってろ御手杵おてぎね。俺は王子に言ってるんだよ。大体こんな戦争、帝国のトップを暗殺するなり、お前らが帝国兵相手に無双して蹴散らすなりすればお終いだろうが。他にも方法はいくらでもある。わざわざ一番人が死ぬ軍隊同士の戦闘に持ち込む必要なんて、どこにもないだろ。なに考えてんだ」


 なにか言い返そうと口を開きかける王子。しかし構わず、畳み掛ける。


「俺はな、王子。世界を守るなんて大言壮語、お前が吹いたからこそ信じたんだ。お前以外がそんな事を言い出せば、笑い飛ばしたさ。お前なら、本当に世界を守れるはずだと思ったし、今でもそう確信してる。それがなんだ。『ノルン王国を守るために帝国と戦争します』だ? っは。他人に頼られすぎたか? 重荷が増えすぎたか? 自分の信条を忘れて流されるがままに、目的も忘れて戦うなんて。いつからお前はそんな男になったんだよ」


 言いたいことだけまくし立てると、見事なほど場の空気が凍り付いている事に気がついた。その時点で我に返ったが、どうやら勢いで押せてるみたいだし、そのまま言い逃げる事にした。


「お前のそんな姿、俺は見たくなかった。目を覚ませよ、王子」


 そう言い捨て、俺は椅子を蹴飛ばして部屋を出た。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ