71 雷湿原
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「一橋氏。こいつら【雷術】が全然効かないのだが」
「そりゃ、見るからに帯電してるからな。諦めて殴れ」
今、俺達が対峙しているのはサンダートードの群れだ。全身紫色のぬめぬめとした皮膚を持ち、周囲をビリビリと電撃を纏った、バカでかいカエルである。
この雷湿原のモンスターは、予想通り電気関連のモンスターばかりだった。暗雲から降り注ぐ雷対策のため、久遠は光宙の姿に【変化】し続けておくしかない。光宙の強みである【雷術】は効かないため、久遠は片手剣のみでの戦いを強いられていた。
「行ったぞさあき」
「まっかせてー」
電撃を纏ったまま体当たりを繰り出すサンダートードを、さあきが棍棒を振り回して打ち返すと、カエルは無残にもつぶれながら、遥か彼方へとすっ飛んでいった。
確かに久遠は全力を発揮できないでいたが、別にこいつらはレベルが高い訳でも、危険な攻撃をしてくる訳でもない。ただ単に数が多いだけだった。他の雑魚共も似たり寄ったりである。
そのため俺達は、特に苦戦する事無く雷湿原を進んでいた。どちらかと言うと、泥沼が続く足元の方が面倒なくらいである。
さて、今回は活躍したのは、タクヤから貰った【時の砂時計】だった。見つめる事で敵を殺す俺のユニークスキル【死】【死の凝視】の性能を、このアイテムは格段に向上させたのだ。
何しろ時間を10倍速で早送りである。例えば俺よりレベル差10、CHA差110のさあきのカウントが大体900ほどだから、【時の砂時計】を使えば90秒で殺せてしまう。つまり1分30秒だ。流石に戦闘中に用いるのは難しいが、奇襲や暗殺の為なら十分実用的である。
また、先ほどのサンダートード――レベル40ならば、俺とのレベル差15になる。この時【死の凝視】のカウントは30ほどである。すると【時の砂時計】を使ってしまえば、なんと3秒で殺せてしまう。これでは殴るよりも見つめたほうが手っ取り早いくらいだった。
なんというか、随分と便利なアイテムを手に入れたものだ。タクヤ様々である。
加えて、俺のユニークスキル――【死】のスキルレベルが50へと上がった。空中神殿から戦闘続きだった事もあったが、特に雷湿原に着いてから【時の砂時計】を用いて【死の凝視】を乱用しまくった事もあり、一気に上がった形だ。
久遠の【変化】は、自分より高レベルの相手の能力は完璧にはコピーできない。そのため今の所、俺の【死】はオンリーワンの性能を維持している。だが、圧倒的に汎用性の高い久遠の【変化】と比べると、俺の【死】は使い所が限られているため、やはり見劣りしてしまっていた。
その為、そろそろ新しいスキルの一つや二つ覚えて欲しいと思っていたのだ。そんな時に【死】スキルが50に上がり、ついに新スキルを手に入れた。それは待望のスキルだった。
【致死】
次の条件を満たした場合、相手を即死させる。
・一定以上のダメージを与える
・短剣による攻撃を与える
【一撃死】の強化ヴァージョン――即死させるための制限がゆるくなった、一瞬そう読み取ってしまい喜んだが、よく考えると完全に上位互換という訳ではないようだ。説明文だけでは、発動条件がいまいち理解できない。一定以上のダメージを与えるとはどういう事なのだろうか。
色々と確認するため、途中の雑魚で検証してみた。すると正確な発動条件はわからなかったが、どうやら次のような仕様である事がわかった。
・どんな手段でも良いので、ある程度ダメージを与える。ただしそのダメージは自分で与えなければならない。
・その上で、どこでもいいので短剣攻撃を命中させる。
まず一つ目のステップ。ある程度ダメージを与えるというのは短剣攻撃でなくても良いが、その代わり自分自身で与えないといけない。他人が与えたダメージではダメのようだ。
そして二つ目のステップ。ダメージを与えた上で短剣攻撃をヒットさせれば【致死】が発動し、敵はHPバーを残したまま消え去る。この二つの手順を踏む必要があるらしい。
最初のステップで、どれだけのダメージを与えれば良いかは正確にはわからなかった。だが今回検証した雑魚相手では、二割ほど削ったうえで短剣攻撃を繰り出すと、残りのHPを全て奪い取る事が出来た。
しかしそもそも敵が低レベルだった為、俺の単純な短剣攻撃でも3,4割はHPを削れてしまう。要するに、雑魚にはあまり意味が無いという事だ。かといって、どういう仕様で【致死】は発動するのをもっと正確に把握しなければ、強敵相手に計算して使う事も難しい。ま、その辺りのさじ加減は、そのうち把握していくつもりだ。
そんな感じで、まだ慣れない【致死】ではあるが、今まで主力としていた【一撃死】と比べ、大きく違う点がある。それは急所を狙わなくてもいい点、そして背後から攻撃する必要がない点。つまり同格以上の敵と、真正面から戦えるスキルを手に入れたのだ。
検証を続け、正確な発動条件を把握すれば、必ず有用な戦闘力となってくれるはずだろう。
……
やがて俺達は、こんもりと盛りがった泥土の丘に辿り着いた。周囲一帯には、明らかに他よりも強力な雷が降り注ぎ、鳴り響く轟音で会話もままならないほどである。
辿り着いてすぐに、さあきの【解析】スキルによって、丘の麓に小さな洞穴を見つけた。久遠の顔を見ると頷いたので、どうやらここが目的地のようだ。
トーチの魔石を起動して中を照らすと、地下へと続く薄暗い通路が続いているのが見える。俺たちは久遠を先頭に、さあき、俺の順で洞穴の中へ入った。
しばらく進むと、地上の轟音が大分小さくなってきた。ようやく会話が通りそうだ。
「もー。耳なりがひどいー」
「なんなんだ。この洞穴」
「先生に教えられたであろう。雷神トールの神殿だ。遥か古代の話だがな」
しかし、壁は土だし地面はぐしょぐしょ。通路も狭いし、とても神殿とは思えない粗悪な作りだ。何かだまされてるんじゃね?
だが久遠は迷い無く、先頭を切ってずんずんと通路を進んだ。俺とさあきは、その頼もしい小さな案内人の背中を追いかけ続けた。
やがてたどり着いたのは、教室ほどの広さを持った空間だった。その部屋は金属製のタイルで周囲が舗装されており、それら自体が淡く発光し、部屋を神秘的な雰囲気に包んでいた。
「へぇ。やっと遺跡っぽくなってきたな。さあき、周囲を確認しろ」
「はーい」
いつもの様子で返事をし、周辺探索を始めるさあき。その間に俺と久遠は、興味深げに床や壁にはめ込まれたタイルを眺めていた。
「ふむ……」
「このタイルは鉄か? 青銅?」
「いや、魔法銀だ。古代にその製法が失われた、魔力を蓄える金属。空中神殿にも大量に使われていたであろう。あれと同じだ」
そういえば確かにこの壁、空中神殿の建物群と似たような材質な気がする。不思議な力を感じる金属だ。
「淡く光っているのは魔力を蓄えているからか。空中神殿もそうだが、いまだに機能してるってのがすごいな」
「魔力さえ込めれば、魔法銀は半永久的に効果を得るからな」
「なるほどね。で、この奥に【泥人間】ってのがあるのか?」
「先生が言うにはそうらしい。俺はこんな場所の伝承、知らなかった」
「なんだ。そうなのかよ」
「だが、あの後しっかり話を教わってきたから問題無い。話してやろうか」
「あぁ。頼む」
俺がそう言うと、久遠は嬉しそうに目を細め、流暢に神話の内容を語りはじめた。
「ある日雷神トールは、母神フレイヤの真似事をして人間を作ろうとした。しかし粗暴な彼によって作られたそれは、強さだけなら神にも匹敵するが、その代わり表情と心を持たない【泥人間】だった。困ったトールは、人間の少女を生贄にする事により表情と心を持たせようと考えた。しかし、実際に人間の少女を生贄を用いたが【泥人間】が得たのは表情だけだった。心までは得る事が出来なかった。【泥人間】は自らの意思をもてない、傀儡でしかなかったそうだ。幻滅したトールは【泥人間】を封印し、雷湿原に埋めてしまった。それが先生から教わった伝承だ」
言い終えて久遠は胸を張った。どうやら語り部のディオンから細かい内容まで聞いておいてくれたようだ。
「なんか良く分からんが、その話だと確かに【泥人間】は怪しいな。雷神トールが作ったとなると【雷電のアメジスト】が使われていてもおかしくない」
「おそらくそうであろう。俺は【泥人間】というのは【雷電のアメジスト】を核として作られた、モンスターの一種ではないかと俺は考えている」
「モンスター?」
この世界のモンスターは、倒すと例外なく魔石を落とす。この理由は定かではないが、久遠が言うには、モンスターを作り出す連中――迷宮のボスや神達が、魔石を核にモンスターを精製しているから、というの定説があるそうだ。
「じゃあ、今回の目標はその【泥人間】を倒すことだな。封印されているのであれば、寝込みを襲うのも簡単そうだ」
「その前に、ちゃんと俺に調べさせろよ。前の【空のサファイヤ】の時みたいな事態はお断りだ」
「そりゃそうだ。頼りにしてるぜ、久遠」
「うむ」
久遠とそんな会話を続けていると、さあきが探索結果を報告をしてきた。
「クー。ここ、ほとんど一本道だよ。この先に大きな円形状の空間があって、その先は四角い部屋があるだけみたい」
「そうか。モンスターは?」
「見当たらない。少なくとも、そこまではねー」
ふむ。なにやらぬるいダンジョンなのか? いや、そもそもダンジョンですらないかもしれない。敵がいないし。
「それなら、とりあえず進むか」
「はーい」
「そうだ一橋氏。一つだけ注意しておく事がある」
「なんだよ久遠。まだ続きがあるのか?」
「そうではない。先日船の中で聞いた話に、雷湿原に関する民話が一つだけあったのだ」
「どんな話?」
「シェイプシフターの話だ」
久遠は、その目を怪しく光らせて言った。
【死】【致死】
次の条件を満たした場合、相手を即死させる。
・一定以上のダメージを与える
・短剣による攻撃を与える