68 三兄弟
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雷湿原――次の目的地は決まった。さあきは言われなくてもついてくるはずだから、他をどうするか。
王子は忙しいから無理だろう。っていうか、王子が来るとか言い出したら、他の連中までついて来てしまう。それはちょっと嫌だ。あの空気は、長時間は耐えられそうに無い。俺は繊細なのだ。
「久遠、お前はどうする?」
「ふむ……俺としては、空中神殿の探索が半ばで終ってしまったからな。戻ろうかと考えている」
「それなら雷湿原の所も雷神トールの神殿らしいから、似たような物だろ。付き合えよ」
神殿ならば、久遠の知識が役に立つはずだ。それに今回は少しハードな旅になりそうだし。
俺の記憶している世界地図によれば、クリミナル半島という場所には国が無い。それはつまり雷湿原は人里から離れており、それだけモンスターも多いという事だ。前に北の果て――大雪原を越えて、ルシファの居るヴァレンシス城に向かった時も、この辺りとは出てくるモンスターの質も量も段違いだった。
戦闘にも移動にも便利で、さらに色々と知識もある久遠を連れて行かない手は無い。
「そうだな……まあ、よかろう。ただし、今日はまだ先生に聞きたい事が残っているので、明日以降の出発にしてくれ」
「おーけー。それでいこう。じゃあ明日、昼前にこの図書館で待ち合わせって事で」
という事で久遠イン。俺とさあきと久遠の三人で、雷湿原にあるという雷神トールの神殿へ向う事になった。出発は明日だ。
……
その後、さあきは王子達と城に戻っていった。俺は時間が出来たので、一人ノルンの街ぶらつく事に。特に目的があったわけではないが、王子はこれから用事があるとか言っていたし、城にはクラスメイトは女子しかいない。久遠とディオンのいる図書館に居ても良かったんだが、あいつらの会話はディープすぎてついていけないからな。
大通りを巡りながら、装備でもを新調しようかと店を巡り、物色する。しかし目ぼしいものは特に無かった。ダンジョンで手に入る能力つきの装備品の方が、店売りの装備よりも性能が良かったのだ。
「……」
そんな感じでぶらついていると、俺の後をつけてくる三人組の存在に気が付いた。そいつらはちらちらと、こちらの様子を伺っている。
別に追われるような心当たりは無かったので、視線を感じる方向に振り向いた。すると、三人組と思いっきり目が合ってしまい、そのうち一人が確信したように表情を明るくすると、通りの向こう側から駆け寄ってきた。
「クー! クーじゃねーか! ぎゃははは!」
「なんだ騎士か。久しぶりだな」
駆け寄ってきたのは、クラスメイトの田中騎士だった。油ぎった濃い顔を一杯にひしゃげて、ゲラゲラと大笑いしている。
騎士はドキュンネ三兄弟の一人だ。顔とか性格とか、色々な意味でとにかくうるさくて暑苦しい男である。また惚れやすい性格らしく、よく女子に告白しているのだが、成功したという話は聞かない。まあなんというか、かわいそうと言えばかわいそうな奴だな。
「なんだよ。久しぶりだな! なんでここにいるんだ?」
「王子に用があってきたんだよ。お前も相変わらず暑苦しいな」
「ぎゃははは! うるせぇ!」
人の多い街中でも、騎士の声は大きく響いていた。通行人が何事かと視線を向けてくる。だが騎士は、お構い無しに通りの向こうに手を振った。
「おい! やっぱりクーだったぜ!」
その呼びかけに残りの二人も近づいてきた。それは、残りのドキュンネ三兄弟だった。
「……クー……久しぶり」
小柄な、前髪で目元の隠れた男が、不明瞭かつ聞き取りづらい声で挨拶をしてきた。旭宇宙である。
宇宙は見た目通り、とにかく陰湿で暗い。いつも何事かブツブツと独り言を呟いており、何を考えているのか全く分からない。あまり話した事は無いが、時折聞こえてくる呟きのフレーズが『リア充』とか『爆発』とかって事ぐらいは知っている。
「久しぶりだ、クー。どうやらお困りのようだな」
そして、久遠のせいで最近会ったような気がしてならない、我らがドキュンネ三兄弟の長兄――山本光宙が、二人の間から一歩前に出て挨拶をしてきた。どうやら今度こそ、本物の光宙のようだ。
前にも言ったとおり、こいつはとにかく人を煽る、揚げ足を取る、神経を逆立てる天才だ。簡単に言うと、とてもとてもうざいのである。
うざい特徴の一つとして、喋るときの距離が以上に近いというのがある。いまも光宙は俺の目の前、数十センチという距離で話していた。
「困ってない。寄るな。きもちわるい」
「そうか。それよりいい所であった。頼みたい事があるから、ちょっと付き合いたまえ」
俺の発言を一切無視し、一方的に用件を切り出す光宙。
「いや、遠慮しとく」
「ぎゃはは! まあ、いいから来いよ。美味い店を紹介してやるからさ」
三人は俺を無理矢理に、行きつけだという食堂へと連れ込んでしまった。
……
「ここの卵あんかけ丼はまじで美味いぞ。食うか?」
「そうだな……他にないのか? 軽いのがいいや」
「じゃあ、じゃがバターだな。ジャガイモじゃないらしいが、あれは完全にじゃがバターだ。おい親父! バター大皿で!」
騎士の大声が店内に響く。よくわらからないが、バターでわかるらしい。
すぐにその料理が大皿に乗せられて運ばれてきた。ほかほかに茹でられた芋っぽいなにかにバターがかけられたそれは、確かに俺の知っているじゃがバターではなかったが、勧めるだけあってかなり美味かった。
出てきたそれをつまみつつ、俺は目の前に座る光宙に話しかける。
「で、なんだよ。頼み事って」
「ああ。君にしかできない事だ。聞いてくれ」
「たぶん断るだろうがな」
まあ暇だし、じゃがバターを奢ってくれたんだ。聞くだけ聞いてやろう。
「ノルンにはすばらしい施設がある。クーカイ。それがなにか、知っているか?」
「知らん。城壁とかか?」
「城壁!? ちがう何を言っているんだ。頭、大丈夫か?」
なんで俺が頭を心配されないといけないんだよ。この街で目立つ建物と言えば、ノルン王城か、そうでないなら街を囲む堅牢な城壁だろうが。
「まあ、お前の趣味はどうでもいい。興味無いし。仕方が無い、ヒントをやろう。ヒントその一。王城には美女が多い」
「なんなんだよ……あの城に居た連中か? たしかにあいつらは美人ばっかりだったな。全員漏れなく、王子ラブだったが」
「言うなぁぁ! 死ね!」
隣の騎士が突然大声を上げながらテーブルに突っ伏した。どうやら振れてはいけない話題だったようだ。惚れやすい騎士の事だ。どうせすでに玉砕した後なのだろう。
「ヒントその二。その施設はノルンの各地にあるが、王城のそれは最高級だ」
なんなんだよこの茶番は。さっさと用件を言えってんだよ。
「まだわからんのか? クー? 君は本当にバカだな」
「あぁ。ちょっとよくわからんな。三つ目のヒントをくれよ」
「なればしょうがない。三つ目のヒントだ。王都ノルンでは温泉が沸くのだ!」
答えじゃねーか。バーカ。
「ここまで言えばもう分かるだろう」
「はいはい。温泉ね」
「正解!」
騎士が大声で叫ぶ。ニヤニヤと嬉しそうにこちらを見つめていた。激しく暑苦しい顔だった。
「で、それがどうかしたのか?」
「どうかしたのか!? どうかしたのかと言ったかこの男は。聞いたか光宙!?」
「聞いたよ騎士。全く、この男は、何故生きているのか。信じられないな」
「……むっつりめ」
三人が足並みを揃えて俺を責める。うーん。こいつらの煽りは現実世界にいた頃に散々聞いて慣れていたつもりだったが、久しぶりに会うと本当にめんどくさい奴らだな。
「お前らの言いたい事は大体分かった。要するに――」
「そうだ。覗きにいくぞ!!」
「……お前ら、本当にバカだな」
異世界に召喚されて約一ヶ月。ドキュンネ三兄弟は今日も平常運転だった。清々しいまでのバカ共だ。
「まてまてクーカイ。俺達の完璧な作戦を聞け。今回俺達の考えた侵入経路は完璧なのだ。あの城の大浴場は城の北端、切り立った断崖のそばにある。今まではその好立地を生かして崖側から侵入を試みていたのだが、そのルートはすでに何度も防衛されてしまっている。警戒されているのだ。故に我らはあえて城側から行く。しかし城は人の目が多いので、ここは城の壁内部を掘り進め、壁中を進む事にしたのだ。どうだ。完璧な作戦だろ!」
「壁の中を進む? どうやって」
「……俺のスキル【溶解】を使う……すでにある程度……掘削済み……」
宇宙が消え入るような声で呟いた。そういえばコイツのユニークスキルはそんな名前だったな。名前から推測するに、対象を溶かすとかどろどろにするとか、そんな感じのスキルなのだろう。
ちなみに光宙のユニークスキルは【雷術】で、騎士のそれは【再生】である。はぐれ魔術の一つである【雷術】以外の詳しい仕様は知らないが、【溶解】も【再生】も、大体は名前通りの効果があるはずだ。
要するに、壁を掘って覗きに行くという事だ。そして今までは人の少ない方から行って警戒されていたの反省し、今度は裏をかいて人が多い場所から向かおうという作戦らしい。
「完璧すぎて涙が出るな。ただ、一つだけ聞かせてくれ……覗きに挑むのは何回目だ?」
「8回目だ」
光宙はきざっぽく手を開きながら言い放った。それと同時に俺は席を立ち、店から出よう入り口へと向かう。やってられるか。
しかしすぐに屈強な肉体を持つ騎士に押し戻されてしまった。
「まーてまて。クーカイ。今度こそ成功する。七転八倒という言葉を知らないのか」
それを言うなら七転び八起きだ。七転八倒って、完全に失敗フラグじゃねーか。
「……で? 俺に何をしろと?」
「君、王子と仲良いだろ? 女子が風呂に入る時間、てきとーに王子を外に連れ出してくれ。その間に、俺達が作戦を実行する。王子さえいなければ我らの勝利は間違いないからな」
こいつらドキュンネ三兄弟は、札付きの問題児だ。だがこの世界にきてから、こいつらが悪さをしているという話はあまり聞かなかった。どうやらそれは、この世界に来てからずっと、王子とその周辺に絡んでいたから、というのが真相だったようだ。
こんな奴らに四六時中付きまとわれている王子には、同情を禁じえんな。
「あのなーお前ら……」
一息に断ってやろうと思った。だが、目の前でキラキラと不純に輝く三人分の瞳を見ていると、何となく簡単に断ってしまうのは可哀想な気分になってしまった。
まちがえた。簡単に断っては、勿体無い気分――だな。