67 王都
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ノルン王国は、エスタブルグ帝国と同じ大陸の東側に点在する小国家群の宗主国である。大きさは東西の大国、ヴァナヘイム神国やエスタブルグ帝国には負けるが、周囲一体の小国家の中では最大級の国であり、賢王と名高い国王の下で繁栄を見せていた。
首都である王都ノルンも、かなりの広さと優美さを誇る。海へと注ぎ込む巨大な川に沿って造られた街は、堅牢な城壁で何重にも取り囲まれており、その城壁の内部には石造りの城下町が広がり、さらに断崖を背にした丘の上には美しい塔を持った王城がそびえ立っていた。
俺達の目的の人物はそのきらびやかな王城に住む。いまや国の英雄とまでいわれている、生徒会長様である。
……
「クーさん! お久しぶりです」
「あぁ、王子。えーと、ウルドの街で別れて以来だから……一ヶ月ぶりくらいか」
「本当に。牧原君から別行動していると聞いた時は、びっくりしました」
「元々、俺は団体行動が嫌いなんだよ」
「あはは! そうでしたね。どうぞ、中で話しましょう」
王子の所には、もっとも多くのクラスメイトが集まっている。今も何人かのクラスメイトが一緒に出迎えていた。さすがに、各地の迷宮をガンガン攻略しているだけはあり、皆かなりの高レベルだった。
王子が城に連結された尖塔の一つに俺達を案内する。そこには出迎えに来た奴らもあわせて、10人近くのクラスメイトが集まっていた。どいつもこいつも久しぶりに見た顔ばかりだが、なぜかそのすべてが女子だった。
王子によると、今いるクラスメイトは全員居るらしいのだが、見た感じ人数が少ない。全員揃っていれるならば、15人くらいはいるはずだ。そもそも女子しか居ないし。
「なんか、人が少ないな。黄金とか五龍とかはどうした?」
王子の所に居るはずの男子の名前を出してみる。学校では良く話していた連中だ。王子が案内を続けながら答える。
「今は三つの班に分かれて、それぞれ独立して活動しています。ここに居るのはその内二班で、黄金君と五龍君は残りの班で、北のクレタ島の迷宮を攻略中です」
どうやら全員がここに居るわけではないらしい。まあ数十人で動くのは大変だろうしな。パーティ単位の方が動きやすいのだろう。役割分担もあるんだろうし。
「僕も先ほどまで、王国内の最後に残った迷宮を攻略していた所です」
「さすがだな」
「そんな事は無いです。ようやく――という所でしょう」
この世界に来て一ヶ月ちょっとで、ノルン王国に点在する迷宮を全て攻略してしまったらしい。アスモデウスの迷宮一つに二週間近くかかってしまった俺達とは大違いだな。
「っは。それじゃあ次は周辺国に出向くのか?」
「はい。そのつもりです。ただ、ちょっと気になる噂を聞きまして……」
「噂?」
「東のヴァナヘイム教国の教皇が急死して、国内が荒れ始めたとか」
あぁ……王子、それ俺のせいだわ。正確に言うと、教皇を殺したのは十だけど……
「えーと……じゃあ次はヴァナヘイムに向うのか?」
「いえ。先に周辺国の迷宮から攻略するつもりです。ヴァナヘイム教国は距離的にも遠いですし、そもそもノルン王国で立場のある僕が救援に行くのは外交上の準備が必要でして」
「ああ、なるほど」
どうやら、色々と政治的な問題があるがあるようだ。こいつも偉くなったものである。
「それに、あちらの大陸には十さんが居ますからね。僕が手を出すまでも無いでしょう」
「……そうだな」
王子はそう言って、屈託の無く笑った。なんか、良心が痛むが、まあ実際、十に任せておけば何とかなるだろう。穏やかに――とはいかないかもしれないが、あの女はなんだかんだで面倒見は良い奴だ。
俺はタクヤに塔の中腹に位置する作戦会議室に案内にされた。ちなみに久遠の奴は街に着いた直後、『後で城に行く』と言い残してどこかへ消えてしまい、さあきはテンション高めにクラスの連中とおしゃべりし始めたので、部屋の円卓には俺と王子、そして王子に付き従うクラスメイトの女子が二人の、合わせて四人しかいなかった。
王子側の女子の一人は、茶髪セミロングの綺麗系女子である霞立夏。もう一人は前髪を切りそろえ、長い黒髪を後ろで結った撫子系女子の御手杵御幸である。
どちらもなかなかの器量だが、どうもこいつらは王子にべったりらしい。距離が近かった。それはもう、腹立つくらいに。
「どうしたのですか?」
「っは。なんでも。それより王子。まずは魔石十二宮を確認したい。【光のダイヤモンド】と【土のオパール】の二つなんだが」
「はい。ちゃんと保管しています。霞さん、ちょっと取ってきてください」
「はーい」
間の抜ける返事をし、霞は部屋を出て行った。そしてしばらく待っていると、光り輝く透明な魔石と鈍く土色に輝く魔石を両手に携えて戻ってきた。
【光のダイヤモンド】と【土のオパール】――これで10個目の魔石十二宮だ。
王子は霞から二つの魔石十二宮を受け取ると、椅子から立ち上がり、わざわざ俺の前にやって来てそれらを丁寧に机に置いた。
「どうぞ。クーさん」
「まじで助かる。ありがとう王子」
「いえいえ。これで後、何個になるのでしょうか?」
「あぁ。これで後は【雷電のアメジスト】一つだけだ」
「おぉ! それは凄い。もうほとんど集めきっているのですね」
王子は本当に屈託無く、心の底から感心しているといった表情だった。こいつと話していると、ついつい毒気を抜かれてしまう。この感覚も久しぶりだった。
「それでは、今回クーさん来たのはこの二つの魔石十二宮を受け取り来た事と、最後の一つの情報を探しに来た、という所ですか」
「そうだな……」
おざなりに返事をしながら、王子の隣にいる二人を眺める。王子の横に付き従っていた、霞と御手杵が俺と王子のやり取りを見つめていた。この二人、王子にべったりな点は同じなのだが、それぞれその理由というか、性格はかなり異なる。
霞の奴は王子の信奉者だ。現実世界のときから王子にべったりで、王子のいう事なら何でも聞く。なので、こいつ自身はあまり問題にしなくても、王子だけどうにかすればどうにでもなる。
問題はもう一人の方で、御手杵は王子の狂信者なのだ。
御手杵御幸。女。出席番号は6。この女はやばい。基本的に正義感に溢れる女ではあるのだが、王子よりも行動が遥かに苛烈で、大和撫子の様な落ち着いた容姿からは想像できないほどに激しい気性の持ち主である。
行き過ぎた正義を実行する女、それが御手杵という女子だ。あの十うらなとは仲が良く、ドキュンネ三兄弟とは犬猿の仲である。
コイツの前で『大結界を解除する』とかの話をするのは危険な気がする。色々と追及されてしまいそうだ。
この女と争うのも面倒だし、とにかく魔石十二宮が手に入らなければ話は進まない。ここは先に【雷電のアメジスト】の事から聞くか。
「【雷電のアメジスト】について何か知らないか? 何も情報が無くて困ってるんだ」
「うーん。聞いたこと無いですね……二人とも、知ってます?」
「知らなーい」
「知りません」
異口同音の言葉を並べる二人。まあ、王子が知らないんじゃ知らないだろうな。
「タクヤから聞いたが、なんか色々な客人が居るそうじゃないか」
「そうですね。確かに彼女たちに話を聞くのは良いかもしれません。皆さん、こちらの世界の方々なので」
彼ら――じゃなくて彼女たち、か。
「はい。色んな人が協力してくれています。今は本城のほうにいますから、紹介しましょう」
王子はそう言って席を立つ。王子の後ろを、霞はすこし不満そうな表情で、御手杵は凛とした表情を崩さずに、それぞれ付き従っていた。
なんというか、俺は王子のパーティだけは絶対にごめんだな。空気がピリピリとひりついてる事に、耐えられそうにない。当の本人は何処吹く風のだがな。
……
結果だけいえば、惨敗である。王子が紹介したのは、エルフの王女や人魚姫や獣人王の孫娘などなど、げんなりするくらいに美人美少女ばかりだった。
彼女らからは、いくつか魔石十二宮に関する伝説を聞く事はできた。しかし、それらの話はすべて既に手に入れている魔石十二宮の話ばかりで、役に立たない情報だったのである。久遠が聞いたら喜びそうな話の数々ではあったが、肝心の【雷電のアメジスト】については皆無だった。
「やれやれ。さっぱりだな」
「最後にあの方の所に行きましょう。あの方で知らなければ、もう僕には当てがありません」
「誰だ?」
「語り部の方です」
語り部……どっかで聞いたことあるな。まあ語り部というくらいなら、伝説伝承にも詳しいだろう。ていうかそんな本命がいるなら、最初っからそいつの所に案内して欲しかったな。
俺は、王子とさあき、そしてお供のように付き従う霞、御手杵と共に城下に出ていた。しばらく街を歩いて、ある建物の前までやってくる。
「ここは王立図書館です。あの方はいつもここにいらっしゃる」
「ふーん」
そう紹介され門をくぐり、建物内部に入ると、古本独特の黴臭い匂いが建物中を漂っていた。さらに奥に進むと、大量の本棚に囲まれた中心にその人物はいた。
そこにはなぜか、先ほどエスケープしたはずの久遠まで一緒にいた。
「つまり、古代エルフ文明は神の怒りに触れ、崩壊したと……」
「その通りです。雷神トールは、人間の驕りを許さない男ですからね」
銀の髭を蓄えたその男と久遠は、なにやら楽しげに意味不明な会話をしていた。どうやら、あいつの言っていた先生ってのはこの男らしい。久遠に紹介してもらう手間が省けたな。
「先生。こんにちは。それに久遠君もお久しぶりです。戻ってきてたのですね」
二人は王子に気がつき、話を中断して立ち上がる。
「これは天王寺様。よくこられました」
「久しぶりだな。天王寺氏」
「はい。すこし先生に質問があるという友人を連れて参りました、こちら、クーカイと言います。クー、こちらは語り部のディオン先生です」
その男は銀の長髪とあごひげを蓄えた、壮年の男だった。とりあえず紹介されたので頭を下げる。
「はじめまして……?」
そう言いながら、俺は不思議な感覚に襲われた。なにか違和感を感じる――そう思って男の顔を再びよく見ると、その男とはあった事があるのを思い出した。
「久方ぶり、という事になりますかな。クーカイ殿」
「……あぁ」
いつか――たしかスクルドの街でタクヤと歩いている時に話しかけてきた、あの銀髪の男だ。そういえば、語り部とか言っていたな。
「おい。久遠、この人がお前の言っていた先生か?」
「うむ。知り合いだったのか。なれば、俺は要らなかったではないのか?」
「っは。先生なんて言わずに、名前を教えてくれれば分かったんだがな」
そういえばこのディオンは俺と会った後、王子のいる街に行くとか言っていたな。その時に王子や久遠と知り合ったのだろう。なるほどね。
俺達はいくらか雑談をした後、目的の【雷電のアメジスト】についてディオンに聞いた。
「【雷電のアメジスト】について、何か知らないか?」
「魔石十二宮が一つ――【雷電のアメジスト】ですか……」
「何でもいい。なにか手がかりになる事があれば教えてほしいんだ」
皇子の紹介でここまで来たが、久遠の当ても同じだったので、ここで何も得られないと当てが全てなくなってしまう。このディオンが最後の頼みだ。
ディオンは俺の質問に対して、瞑想するように目をつむり、やがて一言だけ呟いた。
「雷湿原」
それは、聞いた事の無い地名だった。詳しい事を言うと、ディオンは流れるように答えた。
「雷湿原は、魔術都市の北にあるクリミナル半島、その先端に広がる大湿地です。その地には神を模して作った人形【泥人間】が眠る神殿が、広大な沼地のどこかに埋まっているという伝説があります」
「その【泥人間】が眠る神殿に、【雷電のアメジスト】があるって事か?」
「そこまでは分かりません。ただ【泥人間】は神の模造品。その力は神に匹敵する物だったと言われています。そして【泥人間】を作ったといわれる神が、雷神トールです」
雷神トールは【雷電のアメジスト】の元々の持ち主だったと聞く。【雷電のアメジスト】の在り処が雷神トール由来の場所というのは、なかなかありそうな話だ。これは期待できる。
「ディオン。ありがたい。さっそく雷湿原に行ってみるよ」
「お気をつけください。彼の地は常に雷鳴が降り注ぐ、世界で最も危険な地の一つ。並の人間が雷湿原に足を踏み入れれば、一瞬で黒焦げになってしまうような場所です」