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放課後RPG  作者: グゴム
7章
64/100

64 交渉

          挿絵(By みてみん)            

64


「……喰わないのか?」

「は?」


 ユミールはしばらくうつむき熟考していた。俺達が回答を待っていると、突然小さな声で呟いたのだった。


「喰わないのか、と聞いておる」


 喰わない? 何をだ。コイツ、何言っていやがる。


「まったく。異世界人という人種は礼儀を知らないようだ」

「……?」

「クー。たぶんこれの事だよ」


 隣のさあきが、テーブルの上を指差した。白いテーブルクロスの上にはパンや肉、スープなどの食事が並んでいた。それらはこの場所に来た時から用意されていた物だった。


 あぁ。なるほど。そういう事が。


「この食事は頂いてもいいのか?」


 その言葉に、ユミールは自慢げに胸を張った。


「うむ。たんと味わうがよい」



……



 目の前の食事は、どうやら俺達をもてなす為だったらしい。そういえば、死神ヘル魔王アンラの時も、色々出てきた気がする。客人が来たら食事を出すのが、こいつらの流儀のようだ。


 食事を開始してからは、さっきまで石像のように硬かったユミールの表情が少しだけ弛緩していた。会話は無かったが、威圧するような表情は鳴りを潜め、ただ黙ってなにかを考えている様子を見せていた。


 俺達が食事を始めてしばらくすると、ユミールは先ほどの話に対する回答を口にした。


「よかろう。【境界のトパーズ】をくれてやる」

「本当か」

「ただし、条件がある」


 そう言ってユミールはこちらの顔を覗き込む。交換条件か、面倒じゃなけりゃいいが。


「……どんな条件だ?」

「ふむ。貴様らはヨルムンガンドを知っているか」


 ヨルムンガンド――太古の地(ドラゴンズホール)に居る、魔界ニブルヘイムの三柱神だ。


「知っているも何も、一橋氏はヨルムンガンドと知り合いだ」


 どう答えようかと一瞬悩んでいると、久遠が隣から口を挟んできた。なんだよ、知り合いって。


「そうなのか?」


 ユミールは奇異なものを見る目で聞いてくる。「まあ、一応な」と適当に答えておいた。一回会ったことあるだけだが……まあ、別に否定することでも無いが。


「条件はあの世界蛇をどうにかする事だ」

「……どうにかって、それって、あのデカ蛇を倒せって事?」


 さあきが困ったように言う。先ほど【次元の狭間】で見かけた、無限に続くヨルムンガンドの胴体を思い出しているようだ。たしかに、あんなのどうやって倒せって言うんだろうな。


大結界ワールドエンチャントを解除したとしても、すぐには天界アースガルズ魔界ニブルヘイム両連中が、地上ミズガルズに来るわけでは無い。奴らにとって大結界ワールドエンチャントが消えるなど、青天の霹靂だろうからな。貴様らが天界アースガルズでの用事に時間をかけなければ、再び大結界ワールドエンチャントを張りなおせるはずだ」


 どうやらユミールは、出来る限り現状を維持したいようだ。大結界ワールドエンチャントは解くが、すぐに張りなおせば問題ない――


「……ただ、その為にはヨルムンガンドが邪魔だと」

「うむ。あやつはすでに地上ミズガルズに居る。強大なヨルムンガンドがあんな場所で無為に留まっているのは、大結界ワールドエンチャントがあるからだ。今もし大結界ワールドエンチャントが解除されれば、ヨルムンガンドは地上ミズガルズに解き放たれる。あの伝説のドラゴンと名高いヨルムンガンドに対抗できる者など、地上ミズガルズにいないはずだ。一昼夜もあれば、地上ミズガルズは焼き尽くされてしまうだろう」


 死神ヘルから大結界ワールドエンチャントの話を聞いた時、予想していた事と大筋で一致していた。やはりあのデカ蛇は、大結界ワールドエンチャントのせいで身動きが取れなかったらしい。


「別に殺す必要は無い。ヨルムンガンドを無力化さえしてしまえば、一時的に大結界ワールドエンチャントを解き【境界のトパーズ】を貴様らに貸し出そう」

「なるほどねぇ……」


 要するにヨルムンガンドさえどうにかすれば、少しの間俺達に【境界のトパーズ】を貸しても大丈夫だろうというのが、ユミールの読みのようだ。


 しかし残念ながら、その読みには穴がある。


 俺がもうすぐ魔石十二宮ジェムストーンを集めきり、大結界ワールドエンチャントを外して三界を繋げてしまう事が、すでに魔界ニブルヘイムのは連中に知られている。つまり魔王アンラ傲慢の君(ルシファ)は俺が行動を起こす時を、てぐすね引いて待っているはずだ。


 大結界ワールドエンチャントが無くなった時点で、あいつらは間髪いれずに地上にやってくる。つまり、ヨルムンガンドだけ無力化してもしょうがないと思われる。



 さて、どうするか。


 一つはこのままユミールの条件を受ける事だ。別に、ユミールの読みが外れても俺には関係ないし。ただその場合、ヨルムンガンドを何とかするという無理難題に挑む必要がある。これが問題だ。あの化物をどうやって倒すのか……。さっぱり見当がつかないな。


 もう少し交渉してみるか。


「ユミール。ヨルムンガンドを倒すのは無理だ」

「それは残念だ。なれば、貴様らには手ぶらでお帰り願うしか無い」 

「待て待て。話は最後まで聞け。要するにお前は大結界ワールドエンチャントが消えた後、魔界ニブルヘイムの連中が地上ミズガルズに侵略してくる事を心配しているんだろ?」

「いかにも」

「だったら良い考えがある。俺の知り合いに、最強に強くて人望もある、絶対に悪を許さない正義の勇者様がいる。そいつに頼めばヨルムンガンドだけじゃなくて魔界ニブルヘイムの連中からも、地上ミズガルズを守ってくれるはずだ。」

「誰だ、そいつは」

天王寺てんのうじじゅん。俺達の異世界人のリーダーだ」



 あの完全無欠の王子様に、面倒な人類防衛任務なんか丸投げしてしまえばいい。今だって、ノルン閃光騎士ライトニングとか言う二つ名で呼ばれるほど、各地のモンスター討伐にいそしんでるんだ。もし魔界ニブルヘイムの連中があふれ出してくる事を知れば、あいつは必ず世界を救う戦いに身を投じるだろう。


「くっくっく。あの生徒会長様か。それは良いな」


 愉快そうに笑う久遠。こいつも王子の性質を良く知っていた。人々を見捨ててはおけない、底抜けにお人好しな性格を。


 三界を繋げるに際して、この後王子を『これから起きるであろう世界の混乱を伝え、それを収拾する仕事を任せる』という方向で説得しようと考えていた。要するに、あいつの勇者体質を利用するのだ。ユミールの条件とやらも、ついでに王子に押し付けてしまおう。


「ノルン閃光騎士ライトニングか。噂は聞いておる。聞けば魔王の迷宮もすでに攻略してしまったとか」


 それは知らないが。魔王の迷宮なら前、よこたてのバカが一個ぶっ壊したが、それの事じゃないのか? まあ今は関係ないが。


「天王寺とその周りにいるのは、人々を助ける為にモンスターと戦っている異世界人だ。強さはおそらく、地上ミズガルズ最強だろう。あいつらに地上ミズガルズを防衛をさせるように依頼してやる。そうすればヨルムンガンドを含め、魔界ニブルヘイムの連中の足止めくらいにはなるはずだ」


 実際、王子達なら連中を返り討ちにしてしまう可能性だってある。少なくとも、遅れを取る事はないだろう。だってあいつら、勇者パーティだし。


 ただ唯一気がかりがあるとすれば、魔界ニブルヘイムにいるはずの六道りくどうだな。あの不思議系女子の存在がどう作用するか、ちょっと予想できない。あいつ自身は、王子と戦いたいと思っているようだが、王子がそれに応じるとは思えないし。


 まあ、それは今すぐには関係無い。保留しておこう。



「さらに【境界のトパーズ】は他のに魔石十二宮ジェムストーンが集まった後、最後の12個目として受け取る。これでどうだ?」


 二つ目の条件として【境界のトパーズ】は後から渡してくれれば良いと提案する。俺としては最終的に手に入るのなら、別に今すぐでなくても構わないからな。



「フフフ……」


 俺の逆提案を、ユミールは笑みを浮かべて聞いていた。表情からは何を考えているのか読み取れない。


 しかしユミールの決断は早かった。右手に持った【境界のトパーズ】を納め、変わりに小さな黄土色の魔石を取り出す。そしてその魔石を無造作に放り投げた。


「よかろう。天王寺とやらに任せてみよう。機が熟したら、それを地上ミズガルズで使え。【境界のトパーズ】を持たせた使者を出向かせる」

「どこで使ってもいいのか?」

「ああ。地上ミズガルズならばな」


 どうやら契約は為ったようだ。これで十個目の魔石十二宮ジェムストーン。残るは【時のラピスラズリ】と【雷電のアメジスト】の二つ。そして在り処が分からないのは、【雷電のアメジスト】一つだけとなった。



……



 その後、食事をあらかた食べ終え、今度はさあきがお礼にと、茶と保存していたクッキーをふるまっていた。そして一通りユミールがそれらの菓子について感想を述べた後、俺はユミールに質問した。


「ユミール。聞きたい事があるのだが」

「ふむ。申せ」

「一つは魔石十二宮ジェムストーン【雷電のアメジスト】についてだ。どこに在るか知らないか?」

「知らぬ」


 即答だった。さっきからこいつ、ちゃんと考えて答えているのか怪しいものだ。


「何でもいいんだ。残る魔石十二宮ジェムストーンで在り処が分からないのは【雷電のアメジスト】だけなんだよ」


 そう言うとユミールは、記憶をたどるように目線を上げた。そして「我が知っているのは」と前置きして続けた。


「太古の昔――それこそまだ魔界ニブルヘイム天界アースガルズも無い時代、魔石十二宮ジェムストーンは神々が分担して保有していた。その中で【雷電のアメジスト】は神族一のつわもの、雷神トールの持ち物だった」



 その話は初めて聞く話だったが、どこにでもありそうな神話の一つだった。確かにそれだけでは在り処はわからない。仕方が無いな。


「質問はそれだけか?」

「あ。いや、もう一つ。さっき『俺の技が効かない』って言っただろ」

「言った」

「あれって、どういう意味なんだ?」

「言葉の通りだ。我――むしろ我々には貴様の"死を操る能力"は効かない」


 俺の事を『死を司る異世界人』と言っているくらいだから、こいつは俺のスキルが敵を即死させる効果を持つ【死】である事を知っているはずだ。そうするとこいつが言っている事は、『自分には即死攻撃は効かない』と言っているのと同じだ。


 しかも、我々だと――?


「我々とは、誰を指している?」

「神々の事だ。魔界では呼び方が違うだろうがな」

「……なぜ、そんな事がわかる」

「そうだな。貴様は死神ヘルを知っているか?」


 知っているも何も、ついこの前まで一緒にいた。


「あぁ。よく知っている。あの骨少女だろ」


 ユミールはこくりと頷く。


「そうだ。我と死神ヘルは昔良く一緒にいたのだが、やつの【死の左手(レフトハンドデス)】――生命を根こそぎにするあの力は、我ら神々に効かぬ事はよく知られた事実だ」


 なるほど。あの【死の左手(レフトハンドデス)】は俺の【死】と良く似た性質を持っている。名前からして似てるし。それが効かないのであれば、確かに俺の【死】も効かない可能性が高いか。実際にはやってみないとわからないが。



「ユミール氏。次は俺が質問してもいいか?」

「構わぬ。申せ」

「まず、この大結界ワールドエンチャントの成り立ちについてなのだが……」


 続けて、久遠がなにやらユミールに対して聞き込んでいたが、あまり意味の有るような話ではなかったので聞き流す。それよりも、俺にはさっきの話の方が問題だった。


 即死耐性――恐れていたものが存在した。ユミールは確かに境界“神”だ。同じく三柱“神”を名乗っている死神ヘルも、間違いなく即死耐性があるのだろう。


 また神の名は無くともヘルより格上な魔王アンラ、同格の三柱神ヨルムンガンドには、同様に即死耐性があるのは間違いない。微妙なのは七悪魔セブンスデーモンのルシファあたりだが、そこら辺も効かないと考えたほうが良いだろう。


 しかしまあ、【死】が効かない相手がいるのは残念だが、先にその情報が聞けたのは運が良い。【死】――特に【一撃死】の攻撃は、失敗した時のリスクが高い。いきなり効かない相手に出会って自爆するはめにならなくて良かった。


……



「では、神話の時代にも純人間は文明を形成していた、と……」


 一時間ほど経っても、久遠のユミールに対する質問は終わらなかった。むしろ加速している。恐るべし久遠といった所だが、さすがにユミールも少し呆れた様子を見せ初めたので、ここは無理矢理に止めておく事にした。


「久遠。帰るぞ」

「むっ。待ちたまえ一橋氏。もうちょっとユミール氏に話を聞きたいのだが」


 久遠はやはりまだ聞き足りないらしい。不満の声を挙げるが、却下である。


「ユミール。ここから地上ミズガルズに行くにはどうすれば良い?」

「我が送ってやろう。また来るがよい。サアキとやら、美味いお茶だったぞ」

「お粗末さまでした」

「待てお前達。話を聞きたまえ」


 なにやら喚いている久遠を無視し、俺とさあきはユミールに別れの挨拶をした。


「じゃあユミール。【境界のトパーズ】の件、よろしくな」

「あいわかった。ではさらばだ」

「おい、待て――」


 ユミールが両の掌をあわせると、バクンという大きな音と共に空間が裂ける。俺達三人は、一瞬にしてその巨大な隙間に取りこまれてしまった。






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