59 宝物庫
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「原始の神々がその力を封じた純粋なる魔石――多くの伝承では、魔石十二宮その様な扱いを受けている。それはこの空中神殿を建造した、古代エルフ達の超文明でも同じだ」
宝物庫までの道すがら、先頭を行く小男の久遠は、聞いてもいないうんちくを語り始めた。
「彼らは無尽蔵とも言える【空のサファイヤ】の力を取り出すことに執心し、そして失敗した。【空のサファイヤ】から、その力を取り出すことが出来なかったのだ。それ故に、彼らは圧倒的な繁栄を見せた」
「なんだよ。言ってる事、矛盾してるじゃねーか」
久遠は俺の質問に対し、良くぞ聞いてくれましたといった様子で嬉しそうに答えた。
「くっくっく。話は最後まで聞きたまえ。【空のサファイヤ】から直接力を取り出す事を諦めた彼らは、【空のサファイヤ】を模す事にしたのだ」
「模す?」
「そうだ。彼らは【空のサファイヤ】の無尽蔵の容量に目をつけ、解析し、魔石加工の技術を格段に進歩させた。その結果――」
久遠は、無数にある通路を照らしていた、青く輝く小さな魔石の一つを手にとった。
「彼らはこの超高性能な魔石群を手に入れたのだ」
なにやらひどく楽しそうな久遠だった。俺はこういう話、嫌いではないのだが、女子陣はひどく退屈そうな顔をしている。唯一七峰だけが、まじめな顔で横から耳をそばだてていたが。
「なるほどねぇ。量産型の性能を上げたって事か」
「そうだ。【空のサファイヤ】の模造品ともいえる魔石が大量に生産されるようになり、古代文明の住人達は圧倒的な力を手にした。その結果、なにを血迷ったのか、自分達の住む街を空に浮かべる事にした」
「つまり、この"空中神殿"は"地下都市"の一部だった」
俺が久遠の言いたい事を先回りして言うと、久遠は首を横に振った。そして人差し指を床に向けて差し、口を尖らせながら言った。
「違う。"地下都市"が"空中神殿"の一部だったのだよ。つまり、いま俺達がいる空中神殿は、元々浮いていた街の極々一部分に過ぎない」
「……まじかよ」
地下都市は、ファーの街の地下全体に広がっている。俺は探索したわけでは無いので詳しくは知らないが、面積だけでなく深さも相当な物だ。それらがすべて、この空中神殿と同じく空に浮いてたって事か。なんというか、スケールが違うな古代文明は。
久遠は地下都市に残るそれらの情報を、古代エルフ語を読めるNPCに【変化】する事で収集した。その過程で地下都市を攻略するにいたり、最近この空中神殿に作業の場所を移していたそうだ。
久遠はこの異世界に来てからずっと、こんな事をしていたらしい。歴史オタクで変なしゃべりをする奴だとは思っていたが、ここまで行動力のある奴だったとは驚きである。
「ついたぞ」
そこはひどく無機質な場所だった。蜂の巣状に敷き詰められタイルと、区分けされた小部屋が整然と並んでいる。宝物庫というよりは、ただの格納庫だ。
「【空のサファイヤ】はどこだ?」
「それなら最奥だろう。なにせこの文明にとって【空のサファイヤ】は国宝だからな。神器といってもいい」
「ふーん。ま、何でもいいや。そういや久遠、【空のサファイヤ】は俺が持ってっちまうけど、止めないのか?」
「俺は"物"には興味無い。強いて言えば、【空のサファイヤ】がどのように保管されているのか興味あるだけだ」
要するに、保管されている状態を見る事ができれば、それで満足らしい。いまいち基準が良く分からない奴である。
その時、無言で付き従っていた七峰が声をかけてきた。
「一橋さん。私と美羽は牧原君に言われた用事がありますので、この宝物庫を探索しておきたいのですが」
「そうか。別に勝手に動いていいぞ。ここにはモンスター居ないみたいだし」
「それでは、この辺を探索しているので、帰る時は声をかけてください」
「あいあい」
七峰は律儀にも俺に承諾をとった後、比治山と共に宝物庫の探索を始めた。タクヤの用事っていうのが何かは知らないが、どうも探し物を頼まれているらしい。
「七峰氏。アイテムをあさるのは構わないが、書物やデータがあれば触れないで頂きたい。後で俺が調べたいのでな」
「了解しました」
神経質な久遠の要求にも、七峰は無表情で答えていた。
……
「これが【空のサファイヤ】か」
「へぇ……」
俺が呟くと、隣のさあきが感嘆したようにため息を吐いた。
タイル張りの宝物庫の最奥にあった【空のサファイヤ】の保管部屋は、他の部屋と比べ、格段に奇妙な場所だった。まず、直線と円を基調としたこの空中神殿にあって、この部屋だけはひどく不規則な、吐き気のするほど歪で凸凹した設計をしていた。そしてその中心では、不揃いな部屋のバランスを取る楔のように、水色の巨大な魔石――【空のサファイヤ】が光を放ちながら浮遊していた。
地面や壁には、天井に至るまで隙間無く意味不明な文字群が刻まれていた。おそらく、先ほど久遠が話していた古代エルフ文字だろう。雰囲気としては象形文字の様な、角ばった印象を受けた。
「素晴らしい。この文字量、一体どれだけの歴史刻まれているか……」
隣の久遠が、なにやら恍惚の声を上げる。これを見て喜べるなんて、まったく変態だな。もちろんいい意味で、だ。
「久遠。別に【空のサファイヤ】はもう、取って構わないんだろう?」
「あぁ。勝手にもって行きたまえ。もう状態は目に焼き付けたから」
そう言って久遠は、しばし目を閉じ押し黙った。
数秒間の沈黙の後、久遠は突然見たこともない金髪の碧眼の老エルフへと姿を変えていた。その余りの唐突な変化っぷりに、さあきが驚きの声を上げる。
「びっくりしたー。誰かと思った」
「それが【変化】か。全然エフェクトとか無いんだな」
魔法少女の変身よろしく、キラキラ光ったりするのかと思いきや、なんの動作も無く変身しやがった。隠密にも使えそうな、なかなか便利そうな性能だ。
それでも、目の前で惜しげもなく【変化】のスキルを使用してくれたのは助かった。少なくとも、一瞬で他人に成り変わる訳ではなく、数秒ほど予備動作が必要らしい。
もしも予備動作無しに使用できるのであれば、【変化】は恐ろしく有用なスキルだっただろう。例えば、先程俺と七峰が連携して使用した空間殺法――【空術】と【一撃死】のコンボですら、一人で使用できる事になる。だが予備動作に時間がかかるなら、そういう組み合わせは簡単には使えないはずだ。ま、それでも強力な事に変わりは無いが。
「クー。早くー」
「わかってる」
さあきは随分と【空のサファイヤ】の輝きを気に入ったようだ。浮遊しているそれの駆け寄り、空色に輝く魔石をまじまじとその眺めていた。
とにかく、今回もなかなかハードだったが、なんとか目的の【空のサファイヤ】は目の前だ。
中央に鎮座する台座の上で、回転する【空のサファイヤ】に手をかける。一切の抵抗も、感じる重さもなく、それは簡単に手のひらに収まった。
その時、背後から大きな声が聞こえた。
「一橋氏! 待ちたまえ!」
「あん?」
俺は右手に掴んだ【空のサファイヤ】を握り締め、台座から引きずり落とす。そしてさあきと共に、久遠の方を振り向いた。
「くそっ! 遅かったか」
「……?」
久遠の変化した老エルフが、ひどく狼狽している。なにを言っているのかと思ったその時、部屋中に刻まれた文字が青く輝き始め、視界が青く染まった。
眩しさに目を伏せる。すると足元に有ったはずの床が、消えていた――そしてそのまま、本日二度目の自由落下に突入した。
「うわぁーーー!」
同じ部屋に居たさあきも同様に落下しているらしい。声が聞こえる。しかし建物の内部に落ちた為か、真っ暗で周囲の様子が見渡せない――
「さあき!」
とりあえず、さあきの声がする方向に手を伸ばす。するとあちらも手を伸ばしていたらしく、真っ暗な視界の中で奇跡的に手を取り合えた。勢いよく引き寄せて、肩を抱く。
次は久遠だ。さあきがいるって事は、あいつも落ちてるだろう。
「久遠! どこだ」
「ここだ」
その声は、先ほどまでのしわがれた老エルフの声ではなかった。若く、張りのある少女の声だった。そう、この声は――
突然、グイっと首筋を掴まれる。空中にもかかわらず、その力はどんどんと力を増し、やがて俺とさあき二人分の落下の勢いを打ち消してしまった。
そして水平飛行に移った後、上を見上げると、そこには【飛行】持ち少女――比治山の姿があった。
一瞬、比治山が助けに来てくれたのかと思ったが、それは【変化】した久遠だった。
「助かったぜ久遠。さっさと戻ろう」
落とし穴の下に針山とかいう、古典的なトラップって訳じゃなさそうだが、落ち続けるのもあまり気持ちのいいものでは無い。さっさと部屋に戻ろう。
「戻るだと? 一橋氏。お前は状況が分かってないのか」
「状況?」
「周りを良く見ろ」
言われて周囲に目をやり、目を凝らす。どうやら暗さに目が慣れてきたらしく、徐々に周囲の景色が見えてきた。
「なっ……」
「クー、何が起きたの……?」
肩に掴まっていた、さあきの手に力がこもる。それもそのはず。俺達の目の前には、赤黒い空間が上下左右に延々と彼方まで続くという、異様な光景が広がっていたのだから。