57 合流
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空中神殿――その上に乱立する高層建築物の内部を、俺たちは戦闘を繰り返しながら進んでいた。
道中の部屋で見かける埃やガレキの様子から、この場所が長年放置されている事がうかがえる。しかし、どの部屋も様々な装置や機器が散乱しているだけで、食料や家具などの生活感を感じる類の物が一切無い。ひたすらに無機質な、実験室の様な部屋ばかり続いている事が、少し奇妙だった。
もしかしたら、ここは都市ではなく研究施設に類する物だったのかもしれない。しかしまあ、今はこの場所の過去など検証しても仕方が無い。さっさと"あの野郎"と合流しないとな。
……
「いっくぜー!」
元気のいい掛け声と共に、【飛行】の突進力を最大限利用して放つ比治山の【チャージ】。通路に整然と整列した小型の機械人形――ノーム達に向かい、比治山は手にした鋼鉄製の槍を突き出しながら滑空した。そして一直線に敵陣を蹴散らすと、比治山はそのまま敵群の向こうまで飛び去ってしまった。
本来駆ける事で威力を上げる槍スキルの【チャージ】。比治山は駆ける代わりに【飛行】を利用していた。滑空する事によりスピードを増した【チャージ】の威力は絶大で、どれだけの数の敵が現れようと、一様に敵を踏み潰してしまっていた。
【火術】【フレイムウォール】
続けて比治山の通り過ぎた後、風穴の開いた敵陣ど真ん中に、空間を切り裂いて七峰が現れた。いつもの澄まし顔のまま、周囲を巻き込んで巨大な炎陣を巻き起こす。
機械人形達はその熱量によって、自身を形作る軽金属が歪ませている。近くでまともに喰らってしまった連中は、カタカタと不協な音をさせながらHPを無くしていた。
【火術】【フレイムウォール】――自身の周囲限定で、高火力な火柱を作り出す魔術だ。この魔術は自身を中心とする為、本来は防御・カウンター用の魔術なのだが、あいつは敵陣のど真ん中で唱える事で攻撃的な魔術として運用していた。
七峰は魔術を多用する魔術師タイプにもかかわらず、不適なほど敵に接近して戦う事が多い。その理由は、【空術】による短距離の瞬間移動を使用する事で、間合いという物を一切無視してしまえるからである。この【空術】――直接攻撃する魔術ではないようだが、その神出鬼没な瞬間移動は他の魔術に真似できない代物である。その特性を最大限利用し、敵陣に一気入り込んで範囲攻撃で敵を滅するというのが、七峰の定番戦略だった。
二人共、レベルの割に戦闘能力は高いようだ。まったく、派手な奴らである。
そんな二人によってざっくりと敵の数が減った所に、俺とさあきが残党狩りに繰り出す。さあきは魔術攻撃で残った小グループを、俺は短剣でさらに孤立した単体を、それぞれしらみつぶしに刈り取っていった。
……
戦闘終了後、機械人形のカラクリ部品や動力源であろう魔石など、大量の戦利品が散らかっていた。
今回の旅ではタクヤとの約束により、戦利品は七峰達が持ち帰る事になっている。その為七峰と比治山は、せっせとそれらの回収を急いでいた。
「やっぱし4人も居ると楽々だねー。美羽も奈々もすっごい強い」
さあきがトコトコと隣にやってくる。次に進む道を俺に相談する為だ。コイツも、最近は自分のスキル【解析】の性質と役割がわかってきたようで、言われる前に行動する事が多くなっていた。
「確かにな。戦闘じゃ、お前が一番役に立ってないだろ、さあき」
「む。クーのほうが何もして無いじゃん」
むっとして言い返してくるさあき。何もして無いとは失礼な。七峰と比治山が食べ残した奴らを、丁寧に一匹一匹刈り取ってやってるのに。こいつら、大雑把に敵を殲滅しすぎなんだよ。脇が甘いっていうかね。
「でもそれって、クーが一匹ずつしか相手出来ないからでしょ」
「……まあな」
さあきの言うとおり。俺の戦闘スタイルの弱点は多量の敵をまとめて戦う事が苦手な点――要するに、単体攻撃しか出来ない点だ。
そもそも短剣という武器は、多数を相手にする類の武器ではない。そして俺のユニークスキル『死』も暗殺、または強敵相手の一撃技だ。
範囲攻撃が可能な魔術スキルも鍛えてはいるが、俺の場合さあきや七峰のようにINTが高くないから、あまり威力がない。仕方が無いで唯一高いAGIを活用し、一匹一匹回って倒して回るのが一番効率がいいのだが、残念ながら今回は比治山というチート女に完全に株を奪われていた。この女、地上戦でもおれより動きが早かったのだ。
なんか最近、こんなんばっかりだな。まあ俺としては楽できるからいいのだが。
「っは。そんな事はどうでもいいから、さっさと次の道を示せ。そろそろ光宙に追いつきそうなんだろ?」
「はーい」
そう言ってさあきは【解析】でマップを確認する作業に戻った。
この空中神殿――建物間の移動には備え付けのワープ装置を用いる。試しに幾つか使ってみた所、全然別の建物に移動してしまい、いまいち繋がりの法則はわからなかった。
そこでここまで道のりは、ほぼさあきの示す方向に七峰の【空術】【コネクト】でショートカットしながら進んでいる。これならワープ装置を使用する事無く、目的地へ真っ直ぐ向かう事が出来る。
【解析】スキルでマッピングが可能なさあきと、【空術】で瞬間移動できる七峰が居なければ、かなり面倒な探索を強いられていただろう。
「クー! 大変!」
突然、さあきが大声を上げた。隣に居るので、そんなに声を張り上げなくても聞こえてるんだが。
「なんか山本君、すっごい量の敵に囲まれてる」
「なんだと?」
さあきによると、レーダー上で光宙を表す青マーカーに、敵を表す赤マーカーが寄り集まっているらしい。敵を呼び寄せる罠にでも引っかかったか?
「まったくあの野郎、大人しくしとけよ。七峰! 比治山! 先を急ぐぞ」
戦利品回収もそこそこに、俺達は再び中枢へ向かって駆け出した。
……
到着した部屋は、他の部屋よりもかなり広い大部屋だった。例のクラスメイトは、舞台のように競り上がった部屋の中央で、機械人形達に囲まれていた。数百はくだらない機械人形の群れ。さらにその奥には、一際巨大な機械類が仁王立ちしていた。
名称はアークガーディアン。ここに駆けつけるまでの間にさあきの【解析】によって、レベル、能力、急所に到るまで把握済みだ。要約すれば、最初に出会ったガーディアンドラゴンを一回り強くしたステータスに加え、さらに機械人形を生成する能力を持ち合わせているといった所。
今もその体内から、何匹もの機械人形を次々と生み出している。それは続々と光宙が居るであろう場所に向けて殺到していた。その数はもう、山本の姿を多い尽くすほどだ。
ここまで押されているのに光宙の奴がいまだ耐え忍んでいるのは、あいつのユニークスキルによるものだろう。
はぐれ魔術【雷術】――名称からして、雷を操る魔術だろうが、ここのモンスター達にとってその効果は絶大のようだ。今も自身の周囲に青紫色の領域を展開し、飛び掛るノーム共のことごとくを稲妻によって打ち落としている。
しかし、それもすでに限界だ。生み出される機械人形の量が半端無いからだ。さっさと機械人形たちの生成源――あのデカブツをどうにかして救出してやらないとな。
「さあき、お前はノームを塞き止めろ。邪魔を入れさせるなよ。比治山はデカブツに一発ぶちかまして、急所のコアを露出させてくれ。その後に七峰、例の連携行くぞ。一発で決める」
「はーい」
「おっけー」
「了解しました」
三人がそれぞれ返事をよこす。恐らく強さと配置から考えて、こいつはこの空中神殿のボス敵に当たる存在だろう。出し惜しみは不要だ。
「はぁぁ!」
比治山の全身を使った高速突きが、デカ物の腹部に突き刺さる。ガーディアンは突然の攻撃に大きくバランスを崩したが、そのHPにはまだまだ余裕があった。
しかし、残念ながらバランスを崩すだけで十分だ。よろめいた事によって、アークガーディアンの急所が一瞬、露出したのだ。
「七峰! あそこだ」
「……」
呼びかけに無言で応じた七峰を確認すると、俺はその場で逆手に持った死神の短剣を突き出した。アークガーディアンの遥か手前で――だ。
本来ならばただ空を切るだけの無意味な行為。だが今回は事情が違う。空間を自由に接続する【空術】使い、七峰奈々が居るから。
刺突を放つ直前――俺の目の前に無機質な平面現れていた。俺はその平面に向かって短剣を突き出していたのだ。その平面はガーディアンのコアの目の前へと繋がっており、短剣は空間を越え、よろめくアークガーディアンの急所に直撃した。
【空術】【コネクト】は離れた場所をつなげてしまう、近距離限定のワープ魔術だ。本来は移動用だが、このように遠距離から近接攻撃を当てるためにも使用できる。
そして俺の【一撃死】は敵に攻撃を気づかれずに短剣を急所に叩き込めば発動する。あのデカブツもまさかこんな遠くから急所を短剣で突かれるとは思わなかっただろう。
耳に障る機械的な不協和音を上げながら、ガーディアンは余力のほとんどを残したまま、その機能を停止した。それは狙い通り【一撃死】が発動した事を意味していた。