56 空中神殿
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「クー、クー!」
「…………」
気が付くと、寝かされた状態でゆさゆさと肩を揺らされていた。体は鉛のように重たく、なんというか、全身がひどく痛い……
「本当に大丈夫なのかな……。やっぱり街に戻ったほうが」
「息もしていますし、HPも通常通り回復していました。問題無いでしょう」
「実は気が付いているんじゃない? さあき、人工呼吸でもしてみなよ。飛び起きるから」
「えっ!」
「今がチャンスだって。既成事実、作っちゃえよ」
「致し方ないと思います。私達が証人になります」
「えーっと……うん。わかった!」
「……意味がわからん」
もうちょっと倒れておきたかったのだが、耳元で繰り広げられた意味不明な女子達の会話に危険を感じたので、無理矢理に体を起こす事にした。なにが致し方ないんだよ、まったく。
しかし、体を起こしただけでビキビキと音が聞こえるほど、骨が軋む感覚に襲われる。落下の影響で全身をひどく痛めたようだ。確かにHPはMaxまで回復しているが、とても今すぐ戦闘できるような体調では無いな。
「クー! 大丈夫!?」
心配そうにこちらを見つめるさあき。その横では七峰と比治山がすこし残念そうな顔で立っていた。
「お疲れ様でした、一橋さん。危うい所でしたね」
「いやーごめんごめん。急いだんだけどねー。戻ってみたら一橋、オアシス目掛けて落っこちてるんだもん。慌てて追っかけたけどダメだったよ。まあでも、すっげー派手な水柱だったよ」
そう言って、比治山はケラケラと笑った。こっちは死にかけたって言うのに、デリカシーの無い女だ。
しかし、上空数百メートルからの水面ダイブだったのに、色々な小細工と異世界仕様の頑丈な体のお陰か、全身を痛める程度で済んだようである。死ななかっただけでも拾い物だ。
比治山はオアシスに落下した俺を引き上げると、そのままガーディアンドラゴンを避け、俺を空中神殿まで運び上げたそうだ。つまりここは空中神殿の一画。そこまで説明され、俺は周囲を見渡した。そこには、地上からは見えなかった空中神殿の全容があった。
「なんだここ……」
「ねっ。私達もびっくりしてるんだけど、ここってなんか他の所と雰囲気違うよね」
さあきの言う通り、空中神殿は神殿というにはかなり異質な雰囲気だった。無機質な材質の地面。直線を基調とした人工的な区画。そしてあちこちに埋め込まれ、掲げられた、人の頭ほどはある魔石が様々な色に発光して周囲を明るく照らしていた。
その中でも最も目に付くのは、地上とは全く異質な建物群だった。それは直線的で人工的な高層ビル――見た目にはまさに、鉄筋コンクリート製のビルディングスだったのだ。
不気味にそびえ立つそれらの隙間からは、何処からともなく大量の水が流れ出ていた。
その光景は、確かに神秘的と言えるかもしれない。しかしこの近代的な雰囲気は、この世界ではかなり異質に見えた――少なくとも、今までの街のような中世ヨーロッパ的なファンタジー調の世界観ではなかった。
「神殿って割には全然ありがたい雰囲気じゃないな。これじゃ空中"都市"だろ」
「超古代文明の遺跡――廃棄された都市の成れの果てといった所でしょうか」
「ファーの街の地下にある地下都市も、こういう造りだったのかもしれないねー」
七峰の考察の後、何の気無しにさあきがそんな事を言った。確かにそうかもしれない。
もしそうだとしたら、地下都市にも行ってみる価値があったな。この場所の雰囲気はあまりにも現代的すぎる。もしかしたら、元の世界に関する情報が見つかる可能性があったかもしれない。
しかし、とりあえず今は【空のサファイヤ】が優先だ。少々問題はあったが、首尾よく目的の空中神殿に到着したわけだし、とっとと【空のサファイヤ】を頂こう。
「まあいいや。さあき、マッピングは済んでるんだろうな」
「ぇ……へっへー、まだだよーだ」
ばつの悪さを誤魔化すように、舌を出してふざけるさあき。まったく、今まで何してたんだよ。
「でもでも、ここ広すぎるよ。なんか、すっごい入り組んでるし」
「いいから、さっさと【空のサファイヤ】を探せ。見つけたらそこまでのルートと、敵の情報も書き出せよ」
「はーい……」
さあきは不満げに口を尖らせたが、結局言われた通り【解析】スキルを使用してマッピングを始めた。
しかしまあ、たしかに広いな。見渡す限り背の高い高層ビルの様な建造物で覆われている。面積だけじゃなく、内部構造もかなり複雑そうだ。まともに攻略するとなれば相当大変だろう。
「面倒そうな場所だ」
俺の独り言に近いその質問に、七峰が律儀に返答した。
「美羽がガーディアンドラゴンを倒している間、少し散策していましたが、内部はワープ装置を駆使して移動する造りでした。その繋がりがどうなっているのかにもよりますが、複雑に入り組んでいる事に間違いは無いでしょう」
「えっ。あのドラゴン、倒しちまったのか?」
七峰の返答よりも、比治山の奴がガーディアンドラゴンを倒したという事のほうが驚いてしまった。よく倒せたな。
「なかなか強かったけど、あんなトロいやつには負けないよ」
余裕たっぷりに胸を張る比治山。俺はあんなに苦労したっていうのに……
俺と比治山にはレベル差が10以上あるのに、この有様である。少々物悲しいが、比治山【飛行】があるのだから、空中戦で勝てないという事にしておこう。
とにかく、ここからは普通の迷宮探索だ。空中神殿のどこかにあるという【空のサファイヤ】――それを守るために、先程のドラゴンガーディアンの様な機械達が大量に居る事は間違いない。地上戦なら後れを取るわけにはいかないからな。気を引き締めて行くか。
……
さあきがマッピングを開始して、小一時間ほどが経過した。その間にだいぶ体の調子は良くなり、動ける状態にまで回復していた。相変わらず、異世界仕様の体は怪我がすぐに完治するから便利が良い。
「えっ!」
突然、さあきが声を上げた。
「なんだよ。問題があったのか?」
「うーん……」
すでに【空のサファイヤ】を見つけ、そこに至るルートを書き出す作業をしていたさあき。レーダーが視えているのであろう空中を見つめたまま、苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
「あのね、中に山本君が居る」
さあきが口にしたその名前を聞いて比治山も、あの七峰さえも少し顔をしかめた。それもそのはず、その名前は俺達のクラスで最も嫌われている男子の一人だったからだ。
山本光宙。出席番号35。うちのクラスが誇る迷惑トリオ――ドキュンネ三兄弟の一人だ。性格は絵に描いたお調子者であり、息を吸うように人をからかい、息を吐くように人の揚げ足を取る。人の神経を逆撫でる事にかけては右に出る者は居ないという、そんな男だ。
そんな危険人物がすでに空中神殿に侵入している。先日、冒険者ギルドで聞いたクラスメイトらしき人物の情報は、どうやらの光宙の事だったようだ。俺達と同じ【空のサファイヤ】が目的かどうかまではわからないが、少々面倒な事になる予感がした。
「なーんでドキュンネ三兄弟が居るの? あいつらは王子にちょっかい出してるはずでしょ」
「何かの間違いでは無いでしょうか」
比治山と七峰が同時にさあきにつめよる。何かの間違いだと思いたいようだ。
「でも、確かにレーダーに居るんだもん。山本光宙って」
そんな奇天烈な名前、まああいつ以外に考えられない。間違いないだろう。しかし少々腑に落ちないな。
「……おいさあき。それは光宙一人か?」
「え? そうみたいだけど」
「……光宙のステータスを教えろ。スキルも含めてな」
「えーっと……」
山本光宙
Lv46
HP 1621
STR 157
DEX 180
VIT 201
AGI 140
INT 230
CHR 101
スキル/雷術21, 刺突剣21, 風術21, 水術21, 聞き耳18, 開錠21, 隠密19
……なるほど。
「おーけー。んじゃ合流しに向かうぞ」
「ぇえ! 山本君のところに行くの?」
「おいー。一橋、勘弁してくれよ。お前だって、あいつのうざさは知ってるだろうが」
「……彼と会わなくても、目的は達成されると思われます」
示し合わせたように異音同意な発言をする三人。まあ気持ちはわからない事も無いが。
「いいから行くぞ。さあき、光宙の場所と方向と教えろ。七峰はさあきの示した方向に【コネクト】で抜け道を作ってくれ。最短距離で突っ切るぞ」
「……了解しました」
「うぇーい。わかりましたよー」