50 クラスメイト
50
「次の旅に、私をですか」
先ほど見せた驚きの顔は一瞬で姿を消し、七峰はいつもの涼しげな表情に戻っていた。
「正確には、お前と比治山に――だな。グラング砂海って知っているか?」
ヴァレンシス城にてルシファから聞いたばかりの地名を挙げる。七峰は至極当然といった澄まし顔で答えた。
「この前の旅で立ち寄りました。西にある大砂漠です。砂漠の国――グラング国の首都ファーには【マーク】をしてありますので、今すぐにでも【シフト】で送れますが」
「さすが。行った事があるなら話は早い。次の目的地――空中神殿がそこにあるらしくてね」
「空中神殿ですか……確かにファーの上空に、空に浮いている建物がありましたね。美羽が行きたがっていました」
結局は行きませんでしたが――七峰はそう結んだ。
傲慢の君ルシファの示した残りの魔石十二宮は、どれもこれも一筋縄では手に入れられそうになかったが、その中で俺がまず狙いをつけたのが【空のサファイア】である。
理由は【空のサファイア】があるというグラング砂海の空中神殿というのが、他と比べて遥かにわかりやすい場所にあるから。というのも今七峰が言った通り、空中神殿はグラング国の首都ファーの上空にあるのだ。
問題はその名の通り、空に浮かんでいる点をどうするか――つまり空中神殿への進入方法だけだった。
『空中神殿は遥か上空に浮遊しているがゆえ、人間が訪れるには転送装置を用いるしかなかろう。転送装置は地下に広がる古代都市にあると聞くが、詳しくは知らぬ』
ルシファはそんな事を言っていた。要するに地下ダンジョンに潜って転送装置を見つけなければ、空中神殿に行く事は出来ない――そういう事らしい。
地道に探索を行えば、街の地下に広がるという古代都市の攻略くらい、訳は無いだろう。ただそれには数日――下手をすると数週間という時間が取られてしまう可能性がある。それにそもそも、空中神殿への転送装置など本当に存在するのか――という疑念もぬぐえない。
そこで俺は、七峰と比治山を使って近道をする事を思いついたのだ。
「空中神殿ってのがどんなのかは知らないが、要するにラピュタみたいなもんだろ」
「空中建造物という点では、同じなのかもしれません」
「なら何らかの手段で飛んでいけばいい。仮に外部からの進入口が無かったとしても、お前の【空術】の……なんだっけ、【コネクト】だっけ? 離れた空間を繋ぎ合わせる奴――あれを通り抜けフープみたいに使えば何とかなるだろ?」
「例えが少し気に入りませんが……」
自身のスキルをマンガの登場アイテムに例えられ、微妙そうな顔をする七峰だったが、すぐに俺の言いたい事を理解してくれた。
「つまり、美羽の【飛行】で空中神殿に飛んで行き、私の【空術】で内部に侵入しようという事ですか」
「そういう事。真面目に地下から正規ルートで行ってもいいが、楽できるなら楽したいからな」
そこまで話すと、七峰は黙って目線を宙へと泳がせた。
七峰は基本的に、いつも無表情で物静かな女子だ。同じようなクール女子に、魔界の六道がいるが、あの女は何を考えているのかわからない不思議系女子なのに対して、七峰はいつも何かを考えている知的系女子だった。
この沈黙中は、おそらく色々と思考中なのだろう。俺は思考を邪魔しないように、静かに茶をティーポッドから注ぎ足し、それを飲みながら七峰の回答を待った。
やがて七峰はゆっくりと言った。
「話は分かりました。なかなか良い方法だと思います。ここでの仕事は数日なら空けても問題ないでしょうが、その前に牧原君の承諾は得なければならないでしょう」
「あぁ。タクヤには今日の夜にでも話すから、とりあえずお前は比治山の奴に話を通しておいてくれるか」
「わかりました」
話がひと段落した所で、ティーポッドの残りを空になっていた七峰のカップに注ぐ。七峰は礼を言い、ゆっくりとそれを飲み干した。
話はまとまった。後はタクヤに了承を取るだけだな。
……
夜。一階のラウンジで、ブルゲール商会に所属する女子達によって豪勢な食事が振舞われた。見るとアスモデウスの迷宮攻略時に出会ったサラとエレンの姉妹、それと例の盗賊の所から救出した奴隷であるノエルも給仕をしていた。どうやら商会で働いているそうだ。
商会に参加しているクラスメイトが勢揃いしており、別働隊として魔石稼ぎにいそしんでいる門倉風も駆けつけていた。
久しぶりに会ったフーは、トレードマークの坊主頭から短髪へと髪型が変化していた。というか――たぶんこれ、単に伸ばし放題にしているだけだな。
「クー! よく無事だったな。魔界に行ってたんだって?」
「あぁ。六道のせいで死に掛けたよ。まったく超展開だった」
「ははは。六道さんは一緒じゃなかったんだな」
「あいつは単独行動だ。噂じゃ、かなり好き勝手やってるみたいだがな。それよりお前、奴隷ハーレム計画はどうなんだよ。今何人だ」
俺が何気なく聞くと、フーは最高に爽やかな笑顔で言った。
「結局サラ姉妹もノエルもタクヤに取られちまったから、帝都に来て一からやり直してんだけど、一昨日やっと四人目――猫耳娘を買った所だよ。毎日やりまくりだぜ!」
「……」
近くでサラダを選り分けていた七峰が固まり、こちらを白眼視していた。心無しか、殺意も感じる。いや、俺まで睨むなよ七峰。
まったく、聞かなきゃよかった。ここまでオープンすぎると一周回ってカッコいいわ。
「フーはちょっとは自重したほうがいいよ。女子の引きっぷりが見ててつらい」
「うるせえ大川。お前こそ、比治山さんとどこまで進んだんだよ」
「ぜーんぜん。やっぱ脈が無いみたい」
そう言ってヘラヘラと笑う男子は、クラスメイトの大川大河だ。出席番号は4。【波術】を使う。垂れた目以外にこれと言った特徴の無い奴だが、割とムッツリである。これマメな。
ちなみに【波術】というのははぐれ魔術の一つで、かなり特殊な効果を持つ魔術が揃っている。平たく言えば『自然現象や他の魔術に対して意図的に干渉する』という魔術らしい。特に【アンプリフィ】と【スキャッター】の二つは国家間など大規模戦闘においてかなり有用で、ブルゲール商会での人気商品の一つだそうだ。
「大川もこっちに来ていたんだな」
「うん。帝都の方が楽しそうだったからねー。俺の【波術】も役立つみたいだし」
「お前、昼間どこ行ってたんだよ。お前もタクヤも居なかったからこの商会、女子しかいなくてマジで居辛かったぞ」
「アハハ! ちょっとした小遣い稼ぎだよ。比治山さんと一緒にね」
聞けば、この帝都には闘技場なるものがあるらしく、大川は暇な時に比治山とペアで出場しているそうだ。目的は、暇つぶしと金稼ぎを兼ねているのだろうが、どうやらさきほどの会話からは下心もあるようだ。まあ、大川が誰を狙おうが、俺には関係ないが。
「まあ楽勝だよねー。比治山さん強すぎ。後ろでちくちく魔術打ってれば、勝手に終らしてくれるもん」
「なっさけねーな。そんなんだから振り向いてくれないんだろうが」
「えぇ! そうなのかな……」
手厳しいフーの言葉に、大川が頭を抱えた。仕方が無いのでおれが助け舟を出す。
「関係ないだろ。むしろ自由にさせておいて、ピンチに陥ったときに助けてやる事によってだな……」
俺達がそんなどうでも言い事を語りあっていると、商会のリーダーであるタクヤもやって来た。
「なになに。何の話?」
「うるせぇタクヤ。イケメンは爆発でもしとけ」
「いきなり酷いな……」
その後は、男子四人による割とカオスな男子トークが続いた。そういえば、最近こういう会話をしていなかった。どうでもいい話で盛りあがるのも、たまには良いものである。
……
「……つまり、必要なのは絶対領域であってだな」
「それにはまずパンツをはいているかという問題が……」
やがて男子サミットの議題は、順調に明後日の方向へと逸れ始めた。俺は頃合を見計らい、こそこそと三人の会話から抜け出した。
もう一人話を聞いておきたい奴が、他の女子と離れて一人になったのが見えたからだ。その女子に近づき、声をかける。
「戸松。ちょっといいか」
「え……うん」
戸松左右。出席番号21。いつも三つ編みをしている、小柄で線の細い女子だ。おずおずとした態度と俯いた顔からは、人見知りな性格がみてとれる。
ほとんど話したことは無いし、印象にもほとんど残ってない。長く伸ばした三つ編みだけは、なんとなく見覚えがあると言った感じだ。
「いきなり悪いな。お前に聞いておきたい事があるんだ」
「な……なにかな?」
「【界術】について、詳しく教えてほしい」
戸松のユニークスキルは【界術】である。はぐれ魔術の一つであり、境界や結界を操る魔術らしい。
大結界を作り出したという境界神ユミール。そいつが持つ能力も【界術】である――まあ"境界神"だしな。
おそらく今後、魔石十二宮を集める過程で境界神ユミールとの接触は避けられない。ルシファによれば、境界神ユミールは堅物ではあるが危険なタイプではないそうだから、戦闘にはならないと思っている。だが、その能力【界術】について知っておく事は、おそらく何かの役に立つだろう。
「え……っと。そこまでたいした事は出来ないよ。でもなんで?」
「ちょっとな。今度の旅で【界術】を使う神と対峙するかもしれないんだよ」
「カミ? 神様? それは凄いね……」
結局、戸松はおずおずと戸惑いながらも、何とか頼みを受け入れてくれた。それからの時間は、戸松から【界術】とその性質について詳しく説明を受ける事に費やされた。
【波術】【アンプリフィ】
HP消費・小。範囲内の魔術を増幅させる。
【波術】【スキャッター】
HP消費・小。範囲内の魔術を散乱させる。




