5 方針
5
商業都市スクルドは、高い市壁と水の貼られた堀に囲まれた都市だった。石造りの家々に、活気あふれる市場。三方には巨大な門が設置されており、残りの一方は川に面していた。城はなかったが、中心部には立派な屋敷が軒を連ねており、経済的にはこの国の中心地であるそうだ。
エギルのおっさんと別れ、戦士ギルドで今回の護衛の報酬を貰った時には、すでに空が暗くなり始めていた。俺たちは急いで寝床を確保するために宿へ向かった。
……
「これからの事なんだけど」
部屋を確保し、荷を下ろして一息入れていると、タクヤがあらたまって言い出した。今後の方針について相談があるそうだ。
今ここにいるのは俺とフーとタクヤの男子陣だけ。女子陣は、長旅と野宿がかなり不快だったらしく、揃って水浴びに出かけている。まあすぐに戻ってくるだろう。
「大きく分けて、三つほど考えてる。一つ目は今回みたいに戦士ギルドで依頼を請け負う事をメインに行動すること。この場合のメリットは情報と人脈」
「それってどういう事だ?」
と、フーが質問する。
「うん。今回の依頼でもエギルさんという商人と知りあえて、色々と話も聞けた。モンスターやアイテムの情報とか、噂話とかね。戦士ギルドの依頼で護衛や運搬をしていれば、もっとたくさんの人とも知り合えるだろうし、情報も手に入れやすいと思う。これは結構大きいよ」
「ふーん。なるほど」
「デメリットは、そんなに金が稼げない点と、あまりモンスターと戦えない所かな」
モンスターと戦闘をしないと強くなれない。検証した結果、ステータスを上げるためにはスキルを上げるか、モンスターと戦闘してレベルを上げなければならない事が分かっている。スキルを上げるにしても、非戦闘スキルならまだいいが、戦闘用スキルはやはりモンスターと戦闘しないとなかなか上がらないようだ。
このRPG色の強いの世界で、戦闘が強い事に越したことはない。レベルとスキルは出来うる限り、上げておいたほうがいいだろう。
『俺は金が稼げたほうがいい。はやくハーレムを作りたいから』などとフーがほざいていたが、とりあえず無視な方向で。
「二つ目は冒険者ギルドでモンスター退治をメインにすること。これのメリットは戦闘が結構出来るのはもちろん、金もなかなか稼げる。強めの賞金首を倒せば、一匹金貨10枚とかになるみたいだからね」
この世界の金貨1枚は現実世界での10万円くらいの価値である。貨幣にはあと銀貨と銅貨があって、それぞれ100枚づつで銀は金と、銅は銀と交換できる。この部屋を借りるのに銀貨10枚で、パンがひと切れ銅貨2,3枚。装備品はピンきりだが、まあ銀貨50枚あればだいたい買える。金貨10枚あれば6人で一ヶ月は宿を借りながら生活できる計算だ。ちなみに今回の護衛報酬は銀貨50枚。
「一匹金貨10枚か、それなら……」
フーが視線を浮かせてぶつぶつと独り言をつぶやいている。そういえばこいつもエギルのおっさんに色々聞いているようだったから、夢に向けて行動を開始しているのかもしれんな。
「後、自由に動けるってのも魅力だね。早い段階で他の国にも行けそうだし。戦士ギルドの依頼生活じゃ、どうしてもこの街か、王都での仕事が多そうだからね」
「リスクは高いかもしれんな。賞金首ってのは、やっぱし強いんだろうし」
「たしかにね」
「ねぇねぇ。なんの話してるの?」
その時、水浴びを終えて女子組が帰ってきた。水に濡れた髪を横にくくったラフなワンピース姿のさあきが、とことこ近寄ってきて俺の横に座る。他の二人もさっぱりした様子で、布切れを使って髪を吹いていた。
ちなみに俺たちの格好は、結構前から現地の裁縫屋で買った洋服になっている。さすがに、現実世界から着ていた学校の制服は、この世界では浮いてしまって恥ずかしいからな。
「これからどうするかっていう話し合いだよ。今話してるのは、各地の冒険者ギルドを巡って、モンスター退治の旅をするのはどうかって話」
「えー旅は嫌だなぁ。野宿とかするんでしょ? 今回も結構つらかったし」
いきなり文句を言い始めるさあき。仁保姫もうんうんと頷いているところを見ると、女子には野宿はきつかったらしい。まあ、わからないでも無いが。
「まあいいや。タクヤ、三つ目はなんなんだ?」
「ああ。これはさっきのエギルさんからの依頼になるんだけど、『迷宮探索』って言えばいいのかな」
「迷宮? 探索? なにそれ?」
さあきが首をかしげる。それを受け、タクヤが皆に『迷宮探索』なる物を説明をした。
この世界には迷宮と呼ばれる地下ダンジョンが各地にあり、それは特に珍しいものでもない。迷宮内には大量のモンスターが跋扈しており、放置しておくと迷宮の周りでも強力なモンスターが出現しやすくなる。この世界の人はその現象を、迷宮からモンスターが"染み出してくる"と表現するそうだ。
この世界では、この"染み出し"対策と、モンスターからの資源(魔石やドロップ品)を得るために迷宮を管理している。つまり、迷宮のそばで住み込みながら『迷宮探索』を行い、モンスター退治をして"染み出し"を防ぐ。そしてその際出るドロップ品で生計を立てる人たちを探索者と呼び、基本的には迷宮ギルドがこれを管理しているそうだ。
「エギルさんが最近買い取った土地で迷宮が発生して、探索者を探してたんだって。それで良かったら俺たちに頼みたいと言ってくれたんだ」
「よくわかんないですけど、それって得な話なんですか」
ベッドの上にちょこんとすわった仁保姫からの質問だった。さあきと同じくワンピース姿だが、いつもしているツインテールではなく、後ろで一つに括っているだけの髪形になっているので、違和感を感じる。
「んー。レベル上げと金稼ぎという点では他の二つよりはダントツで効率が良いだろうね。なにせ狩場と目と鼻の先で生活するから、基本的にずっとモンスターを狩れるわけだし」
「ざっと考えて、一日100匹倒せば、確実に魔石が100個とれる。ウルドの街で俺が周辺のモンスターから拾った魔石がだいたい、一個銅貨50枚だったから、最低でも銀貨50枚、つまり今回の護衛依頼並みには稼げる。しかもこれは最低品質の魔石計算だから、実際にはもっと品質の良い魔石も取れるだろうし、他のドロップ品もあるからもっと稼げるはずだ」
俺の説明にいまいちピンと来ない女子陣だったが、唯一窓際で話を見守っていた六道が反応した。
「デメリットは迷宮のある場所に縛られてしまうって所かしら?」
その質問に、タクヤが頷く。
「そうそう。ほかの二つに比べて、この世界の情報を集めるという目的には、都合がよくない。人里からも離れて、圧倒的に引き篭ることになるからね」
話をまとめると
戦士ギルドメイン 情報〇 人脈◎ 戦闘× 収入△
冒険者ギルドメイン 情報〇 人脈△ 戦闘〇 収入〇
迷宮管理 情報× 人脈× 戦闘◎ 収入◎
といった感じ。
「俺は金がほしいから迷宮がいい」フーの意見
「私は旅がしたいわ。探したいモノがあるから」六道の意見
「わたしはできれば、街に滞在できたほうがいいですけど……」仁保姫の意見
「お前はどうなんだよ」
俺は隣の幼なじみの頭を叩く。さあきはむっとした顔をしながら俺の手を払うと、少し考えてタクヤに質問した。
「『迷宮探索』って、住み込みって言ってたけど、それってずっと野宿するってこと?」
「いや、違うよ。エギルさんの話だと、簡単な小屋が目の前にあるから、それを使えばいいって言ってた。どんな物なのかは知らないけどね」
「え、住む家があるんだ。じゃあそれがいい!」
こいつ、どんだけ野宿が嫌なんだよ。ホームシックか? まったく。
「俺は冒険者ギルドがいいな。俺のスキル【死】【一撃死】も、賞金首をしとめるのに向いてるし、現実世界に戻る方法も探さないといけないから、世界も見て回りたい」
これで冒険者ギルド2人、迷宮探索2人。二択には減ったが、結局はタクヤが決めることになった。
タクヤは少し考えた後、話し始めた。
「んー。俺はこういう自由度の高いRPGでは、最初期に金策とレベリングに励むのが得策だと思う。元の世界に戻る方法を探すにしても、俺達の持っているスキルを使って荒稼ぎするにしても、まずは元手と強さが必要だからね。話はそれから進めても遅くない。だから、迷宮探索の話を受けようと思うんだけど、クーと六道さん、それに仁保姫さんは、それでもいいかな?」
「わたしは、みなさんについていきます!」
仁保姫が慌てて答える。六道も無言で頷いた。あいかわらず考えの読めない表情だったが。
迷宮探索か。タクヤの主張する、とりあえず集中して金と経験地を稼ぐって方向は、まあ間違っちゃいない――か。このパーティのリーダーはタクヤだ。
「俺も問題ないよ」
「決まりだね。じゃあ俺は明日すぐエギルさんの所に行って、話を通してくる。ついでに必要な物があるか聞いてくるから、昼からはみんなで準備を整えるってことで。出発は明後日の朝にしよう」